第40話 気合負け

途方も無い力。

トンでもないパワーがアタシの腕にブチ当たって。


アタシの身体はズギュンと空に飛んだ。

そのままアタシの意識はふっ飛びそうになる。


アタシの飛んでいく先には鉄の棒がある。

試合場を囲むロープとロープを固定する鉄の棒。

このままだと鉄の棒にアタシの身体はぶち当たる。


大勢の観客たちもその光景を見ていた。

危ないっ! 

とみんな思った。

あの娘は当たり所が悪ければ重傷。

背骨や後頭部を強く打ち付ければ、死んでもおかしくない。


その瞬間、黒いナニかが駆け抜けた。


アタシの身体をふんわりと受け止めるナニか。


アタシはやわらかくロープの着いた棒に体を預けていて。

そのままズルズルと地面に崩れる。


「……今、ナニが有った?」

「……あの娘が鉄棒に勢いよく当たったような気がしたけど……」


「ステュティラちゃん、無事なのか?」

「そんなハズは無い。

 あの勢いで鉄の棒に当たったらタダじゃすまねぇ」

「……でも平気そうだぜ」

「なんか今おかしかった。

 ステュティラちゃんの身体が棒に当たる寸前。

 なんか黒いものが飛び込んで彼女の勢いがゆっくりになった気がする」


「なんだそりゃ?!」

「いや、俺もくろいの見た気がする」


ザワザワとする会場。

アタシはぼんやりしながらその声を聴いていた。


近くに誰か寄ってきて。


「大丈夫、ステュティラちゃん?

 まだ戦える?」


と尋ねるけど、ムリ。

なんだかアタシの体からは全てが飛んで行ってしまった。


やったるぜ、と言う気合も。

アタシこそが最強美少女剣士、自分に言い聞かせた言葉も。

父親に怒られるからいい試合しなきゃ、なんてツマンナイ思いも。


アタシが首を横に振ると宣言した。


「ステュティラちゃん、戦意喪失のため。

 勝者はアザムさんー!」


その声を上げたのは審判のエラちーだった。


そうか、アタシ負けたのか。

ナニが起きたんだか、自分ではよくわかんないや。


「ステュティラちゃん、気合負けしちゃったんだよ」


エラちーが言う。


「アタシ……これでも道場の娘よ。

 いっつも男たちと戦ってんの。

 怖いなんて思ったコト無いわ」


気合負け。

良く武術の試合なんかではエイヤァッ! とか ドリャッ!みたいな掛け声を出す人がいる。

アレは自分に気合を入れてるだけじゃ無くて、相手への威嚇も含まれてる。

大声に怯えちゃうと、それだけでもう体が自由に動かない。

戦う前から負けちゃうんだ。

そんなのにアタシが引っかかるモンですか。


エラちーが微笑みながら言葉を返す。


「うん、そうかもしれないけど……

 ステュティラちゃん、まだ本当に強い相手と真剣勝負した事は無いでしょ。

 ホントーに強い人が真剣になるとさ。

 それだけで、怖いんだよ」

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