第31話 ターヒルとアザム

テトラのヤツは少し苛立ってるみたい。

観客の雰囲気は完全にテトラをワルモノにしてるんだ。


アタシと同じでテトラは子供の頃から武術道場で大人相手に修練したりしていて。

精神的には結構タフなハズ。

それでもこんな大人数の見物人の前で戦った経験は無いし、ワルモノ扱いされんのもハジメテ。


苛立ちのせいか、テトラの行動は少し荒かった。

いつもの様にアザ熊がつっかけるのを避けてから攻撃するけど。

相手を慎重に見定めていないんだ。


対して、アザ熊は試合が始まった時より動きが精緻になっていて。

鋭い右ストレートで切り込んで、テトラが避けるのも見定めていた。

脇から反撃して来ようとするテトラへ、左のショートフック。

アザ熊のパンチ力である。

テトラは一発でロープまで吹っ飛んだ。


「キター! アザムさんの反撃」

「あの若いの、もう立て無いんじゃね」

「いや、そこまでモロには当たって無いよ」


観客にはウチの道場の人間も、護衛団の戦士も混ざってる。

さすがに観察眼は持ってんのね。


テトラはロープにもたれただけで、ダウンせず立ち上がる。

その視線が会場に向けられて、何か探してるみたい。


「ティトラウステスさん、もう止めといたらどうだ。

 相手はアザム団長だし…………」

「…………イヤだ」


テトラに話しかけてんのはウチ道場のベテラン。

彼が言ってるのはアザ熊とウチの父のハナシ。

実はアタシ父親ターヒルはアザム団長を尊敬している。

父が武術道場を始める時、フォローしてくれたのがアザ熊なんだって。

その後も、護衛団に居る人間はウチに修練に来る人間が多い。

団長がウチの道場を勧めてくれてんの。

なのでウチの父はアザム団長にはいつも借りがあると言っているんだ。


フツーだったら、父親だってこの大会に出場してるハズなんだけど。

そんな理由で、なにアザム団長が出場してくれる? なら私は出場しないでおこう、となった。


ベテランが言ってるのは会場を敵に回してまで、アザ熊と戦って勝っても、ウチの父親に怒られるかもしれない、ってコトかな。


そんなコトが分かってるハズなのに、テトラは諦めない。

拳を握りしめて宣言する。


「自分は負けない」


探していたナニカを会場に見つけたらしい、テトラはそれに向かって叫ぶ。


「ファオランさん、見ていてください。

 アナタの為にこの試合必ず勝ちます」


会場中の人間に思いっ切り聞こえる声。

その言われた先に居たファオラン。

屋台を出して、売り娘をやってたのね。

え、あたし?!

なんてタマゲタ顔をしているの。

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