第29話 一方的

テトラはアザ熊のパンチを避けるけど、後ろに逃げたりしない。

スルスルと横に躱してる。

そして、拳を避けられ体勢の崩れたアザ熊の脇腹へと拳を叩きこむ。


「げはぁっ」


アザ熊は喉から声を漏らす。

テトラが巧い。

レバー狙い、人間の急所の一つなんだ。

ガードの上からでも、息が詰まる。

まして体勢を崩してガードすらしてなかったアザ熊には大ダメージ。


観客は最初は快哉を叫んでた。


「おおっ、体格が明らかにアザムさんの方が大きいから試合になんのか、と思ったけど。

 あの青年やるじゃん」

「アレはティトラウステス。

 ターヒル道場の息子で、格闘が得意なんだってさ」


「へー、ちっこい方がデッカイのを倒すのって。

 なんか応援したくなるよな」

「アザム団長は前の試合での疲れも大きいだろうし。

 こりゃヒョッとヒョッとするかもな」


ほとんどの人はアザ熊の有利を疑ってなかった。

アザ熊は護衛団の団長で有名人。

テトラの方はウチの道場に通ってる人間なら格闘が得意って知ってるけど。

普通の町の人は知りはしない。

パッと見の体格は明らかに違う。

アザ熊はその名の通りクマみたいなデカイ身体に盛り上がった筋肉。

テトラは鍛えてるこそ分かるモノの細身でそこまで強そうじゃない。


エステルやヘレーナさんも一緒。


「テトラさんは知ってる人だし。

 アザム団長はお世話になってるし。

 どっちを応援したらいいんだろう。

 アザムさんがケガしてるとは言え、やっぱテトラさんの方が体格的に不利だし、テトラさんの応援しようかな」

「みゃーみゃーみゃ」


「そーね。

 オジサンよりは若い美形の方を応援したくなるのがオンナゴコロってモンよね」


ヘレーナさん、美形って誰のコトさ。

テトラ? アレは顔のバランスは確かにアタシに似て少し整ってるけど。

美形って程じゃ無いでしょ。

タダの無表情男だよ。



だけど。

試合は一方的だった。

一方的なテトラの優勢。


なんせ、アザ熊の攻撃は一発も当たらない。

大男がパンチを撃とうが、キックを放とうが、タックルかまそうが。

全部若い細身の男は避ける。


避けて、カウンター気味にフックを喰らわせる。

あるいは横から脇腹を狙う。

あるいは背中からヒザ蹴りを決める。


「おい、これ……」

「俺アザムさんが可哀そうになって来た」


「俺もだ。

 あれだけ一方的にカウンター喰らって、まだ必死で戦ってる」

「アザムさん、頑張れ。

 そんな逃げてばっかいるヒキョーモノに負けるな」


観客の観方は徐々に逆転して来ていた。


エステルたちも同じ。


「ひどい、テトラさん。

 なんであんなに無表情に人を殴れるの。

 許せない。

 団長が可哀そう」

「みゃみゃー、みゃんみゃみゃっみゃ」


「落ち着いて、エステル。

 これは試合だから。

 でもそうね、確かに無表情カッコ良くないよね。

 オジサンだけど。

 あっちの一生懸命な大男の方を応援したくなっちゃうな」


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