第26話 正気

「ステュティラちゃん、えいっ」


とエステルがアタシの口に何か放り込む。

んぐっ、と喉を詰まらすアタシに茉莉花茶ジャスミンティーを無理やり流し込む。


ゴクゴク、もぐもぐ。

口に入れられたモノを咀嚼するアタシ。

うん、うまい。


「良かった。

 さっきまで目がハートマークだけに埋め尽くされていて怖かったけど, 少し正気に戻ったみたい」


エステルがホッとした様に言う。

アタシのコト?


「アタシがどーかした?

 アレ?

 ナッシーと試合途中だったハズなのに……

 あれ、勝ったんだったっけ……」


「肉まん、口に放り込んだら正気に戻るとは。

 ステュティラちゃん、まだまだ色気より食い気ね」

「みゃー-みゃ」


ヘレーナさんや男爵が呆れた視線をアタシに投げる。

って言われても、アタシはさっきまで試合してたハズ。

それが意識が飛んで、気付いたら試合が終わってた……ってコトは。


「そっか。

 アタシ負けたのね。

 どうやってヤラれたのか、覚えてないけど。

 記憶にないくらい意識がブットんだってコトは、盛大に負けちゃったのね」


「違うよ。

 勝ったんだよ、ステュティラちゃん」

「フッ、ヘタな慰めはよしてちょうだい、エステル。

 アタシだって、武術道場の娘よ。

 真剣勝負で負ける経験くらいは積んでるの」


「ん-ー

 違うってば。

 ナシールさんがステュティラちゃんの大技を喰らって。

 それで大番狂わせ、ってみんな騒いでたけど。

 ナシールさんがアッサリ負けを認めちゃったから、ステュティラちゃんが決勝進出になったの」


エステルが良く分からない事を言ってるけど、そんなワケ無いじゃん。

ヘレーナさんと男爵がエステルを止めてる。


「エステル、しばらくは言ってもムリだと思うわ」

「お母さん……」


「試合は勝ったけど。

 この勝負は完全にステュティラちゃんの負けね」

「んみゃー」


「あのナシールって人も罪作りよね」

「みゃーみゃみゃみゃ」


「どういう事なの?

 ヘレーナ母さんはともかく、なんでみゃーまでうなづいてるの?

 なんだか母さんの言うことが全て分かってるって風情でビックリするよっ」


アタシが正気を取り戻して、自分が決勝に進んだ事を理解するまで。

まだしばらくは時間がかかったのだった。

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