道場主の子供の日々

第1話 テトラとステラ

アタシ? アタシの名前はステュティラ。

ちょっと舌を噛みそうな名前よね。

だからって、略してステラとか気軽に呼んだらグーパン喰らわすわよ。

ぐーでぱんちね。



「ステラ」


とゆー訳でアタシは兄の頬にグーパンかましてやったわ。

アタシの兄ちゃんのティトラウステス。


「イキナリ何をするんだ。

 痛いじゃないか」


まったく痛くなさそうな顔でテトラが言う。

それもそのはず、この男はパンチをほとんど避けて衝撃を殺した。

だけどホンの少し指の皮一枚だけ当たってみせたんだ。

完全に躱されるのもムカツクけど。

こんな風にナメたマネされるのもイラつく。


「妹よ、頼みがあるのだが……」

「お断りよ」


「……まだ頼みの内容も言っていないのだが」

「イヤ」


「だから、ファオランさんにだな」

「聞かないつってんでしょが」


「違うんだ。

 ファオランさんに戻って来て欲しいと言う話ではない」

「……んじゃ何なのよ」


この男は……アタシの兄貴は……

なんか知らんがたまーにだけ色ボケする。

色恋沙汰にはなんの興味もない武道一筋の男だと、昔のアタシは思い込んでいた。

それが違うと分かったのはいつだったかしら。


ハッキリ覚えてるのは4年前の話。

アタシは8歳で……だから兄貴は13歳だったハズ。

いきなり街の女性に夢中になり、人目も気にせず女性に猛アタックを続けた。

朝顔を見に行って、僕は君の事が好きだ、と言って。

昼間逢いに行って、いつも一緒にいたい、と手紙を渡して。

夜彼女の家に押しかけて、一生共に暮らそう、と絶叫する。

ハタ迷惑な男だ。


普段はそんなことは無い。

むしろ寡黙で、アタシに比べてマジメな男と評価されてる。

父の道場でもその時分からもう師範代になっていて、自分より年上の弟子に稽古をつけたりもしていた。


その時に思い出したモノよ。

そー言えば昔も……

そこから更に4年前、だからアタシが4歳で兄が9歳の頃。

父の道場に稽古に来ていた女の子にずっとついて回った事があった。

どうしたんだろう、とみんな思っていたけど、アレも多分似たような現象。


そして今回がファオラン。

アタシは街の護衛団に所属していて、その仕事絡みで知り合った年上の女の人。

足技なんかを得意とする格闘技女。

剣が得意なアタシとはそれなりに気が合う。


彼女がホルムスの街にやってきて、宿を探してると聞いて。

アタシの家に誘ったのだ。

アタシん家は武術道場で住み込みの弟子も結構いる。

男どもは道場や厩で、女はアタシと一緒の家の空き部屋に住んでる。

ファオラン一人しばらく住んでもOK。


そう思ったんだけど。

少しだけ道場の格闘訓練に参加したファオラン。

その相手をしたテトラはイキナリ態度を変えた。

ファオランにベッタリついて回り好き好き光線を発しだした。


テトラってのはティトラウステスの略ね。

えっ、アタシは省略していーのか?、って。

トーゼン良いのよ。

だって言いにくいじゃないの。

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