第5話 泣き出す人

司書さんの訴えにトーヤー隊長が答えている。


「分かった。

 痛めてしまった本は弁償しよう。

 使い物にならなくなってしまった本は護衛団で買い取る。

 請求書を回してくれ」


確かにファッティマさんは本を友達と言った割には乱暴に扱っていて。

開いたまま転がして置いたり、適当に積み上げたりしてしまっている。

貴重な書物が混じっていたらタイヘンな事だ。


「……大丈夫。

 ここにあるのは写本や、写本の写本。

 本当に貴重な物には手を出してないわ」


私の顔を見てファッティマさんは小さな声で言う。

本当かしら。

なら良いのかも…………

違った。

いくら写本でも……書物を粗末にしちゃダメよね。


「さっ、行くぞファッティマ。

 護衛団の中に女子寮が出来るかも、と言っていただろう。

 現実に出来たんだ。

 今日からはそこで寝ればいい」

「女子寮……

 イヤ、だって私嫌われてるもの。

 パルミュスも他の団員もみんな私の事嫌いだもの」


「ファッティマ、そんな事は無い。

 私はオマエのコトも好きだぞ」

「トーヤー隊長……

 そうよね、トーヤー隊長はキレイな女の人ならみんな好きですものね。

 私もこう見えて着飾れば美人だし……

 それだけよね」


一瞬トーヤーさんの言葉に嬉しそうになったファッティマさん。

だけど、又顔を横にして寝てしまった。


うーん、何だか難しい人だ。

ネガティブなようで自分で自分を美人とか言い出すし。

司書さんに文句を言われても、まったく気にしない図々しさもある。


「ファッティマ……

 うーん、どうしたものかな」


トーヤー隊長が困った顔をしている。

ついついわたしは口を挟んでしまった。


「ファッティマさん、そう言う自己憐憫ってナルシズムの裏返しなんですって。

 自己中心的に考えがちな人が陥る罠なんです。

 自分が可哀そう、とか自分だけ嫌われてるみたいな考えは誰でも少しは持ちます。

 だけど、本当は周りの人も同じ事考えてますし、みんな努力してます。

 ファッティマさんもネガティブ思考から抜け出してください」


わたしは話の順番を考えながら理論的に話したつもりだった。

だけど……


ガッビ~~~ン!!!!!

半身を起こしたファッティマさんはありありとそんな感情を浮かべていて。

泣き出してしまった。


「シクシク……シクシク……

 言われた、自分より年下の子にキツイ事言われた~。

 わたしもう立ち直れない~」


トーヤー隊長がさっきまでより更に困った顔で言う。


「エステルくん、キミの言った事は正しいかもしれないが、

 自分より年下の人間に正論を言われるのは結構傷つくモノなんだ」


「言われた、トーヤーにも言われた。

 この子の言う事正しい、って言われた~。

 もうわたし表に出ないわ。

 一生この図書館で本に囲まれて暮らすの~」

 

ファッティマさんが更に泣き出す。

わたし……余計な事言ってしまったかしら。

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