第96話 つぶやく少年

「キミ……キミは」


エステルちゃんが力強く言って。

その顔にアズダハーグ少年は見惚れてるの。


「猫に逢いたくなるのも分かります。

 わたしもみゃーが側にいると安心します」


エステルちゃんが黒い猫の頭をにゃでにゃがら言う。

アズダハーグ少年に顔を覗き込まれた時は、ぷいっと横を向いてたわたしだけど。

エステルちゃんの優しい手まで無視は出来にゃいの。

その手の動きに合わせて、目を細めて喉をにゃらすわたしにゃの。


「皇子、フツーの猫ですよ」

「オマエ、皇子と言うな!

 アズダハーグ坊ちゃんだ」


そんにゃ風に護衛の兵士が言ってる。

アズダハーグくんの方はもう黒猫のわたしの方を見ていにゃい。

むしろ、その猫を連れた少女の顔に見入ってるのよ。


「エステル、もう行きましょう。

 船の出港準備するんでしょ」

「ああ、そうだった!」


ステュティラちゃんに言われて、エステルちゃんは我に返るの。


「あの、私もう行きます。

 ゴメンなさい」

「あ……ああ。

 こちらこそ引き留めちゃってすまない。

 あの……僕はアズダハーグというんだけど……」


「わたし、エステルです」

「エステル……さん」


ポーーっと少女をにゃがめる少年を置き去りに。

エステルちゃんとステュティラちゃんは砂の海の小型船ニャビールジャーエヒへと。


「おーい、エステル準備はどうだ?」

「お父さん、やけに早かったね。

 まだ船を受け取ったばかりだよ」


「うん。

 エラティーくんは……実は力持ちなんだな。

 彼が手伝った途端、くっそ重かった荷箱がやたら軽く感じられたんだ」


槍を持たされて、運んでくるのに時間がかかりそうだったライールさんが追い付いてくるの。


荷箱に手を付けたエラティー隊長が余裕の笑みを浮かべてる。

わたしに向かって軽いウインク。

ああ、そうにゃのね。

護衛団一番隊隊長のエラティーさん。

その特技はアシャー神の加護で、重力を操れる。

重い荷箱の重量を操ったのね。



「アズダハーグ皇子じゃなくて、坊ちゃん。

 もう帰りませんか」

「そうです。

 皇子の暗殺騒ぎで街は厳戒態勢。

 そんな時に皇子と護衛の自分がオシノビで街に出てるなんて知られたら……」


「そうだね……

 うん、少し落ち着いた、帰ろうか」


そううにゃずいた少年。

だけど、少年は護衛たちを見ていにゃいわ。

その視線はまだ少女を追っかけてるの。

唇が開いて小さく言葉がつむがれるわ。


「エステルさん……」

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