第10話 ゴールは見えない
あれから半年。メイズにやってくる客たちもいつもの常連や家族連れにプラスアルファくらいに落ち着いてきた。
やはり流行りというものだったか、しみじみと思いながら鉄平は業務を終わらせて施錠する。男鹿も一緒であった。
事務室に戻るとしっかりと日誌を書く御影がいた。
「おかえりなさい。お疲れ様です。明日からまたイベント始まるから早く帰って寝ないと」
御影の笑顔に鉄平も男鹿も癒される。そこに会計作業を終えた松島が微笑みながら男鹿の脇腹をこづいた。
「いたぁあああ」
「お二人ともお疲れ様。明日からのクリスマススタンプラリー、楽しみね。今回は前の教く……おっと、ご意見をもとにかわいいクリスマススタンプを作成して中の内装もクリスマス仕様にしたし、また忙しくなるわよ」
御影は今回かわいいクリスマススタンプを発注した。それに他の三人はホッとしていた。
「クリスマス終わったら次はお正月、バレンタイン、ホワイトデー、卒業入学……ってイベントできたんだけどねぇ」
御影がそういうと残り三人も落胆する。実はメイズを始め、他の施設も順次メンテナンスのためそれぞれ半年以上休館することになった。メイズは年内をもって一旦閉鎖。たくさんの人が入ってそろそろガタが来る頃である。こんな長期間で休むのはなかなか無い。
つまり四人が一緒に働くのも年末まで。社員の男鹿は他の施設のスタッフでしばらく働くが、松島はパートを退職。
学生アルバイトの御影と鉄平は一旦解雇になる。それを機に御影はメイズをやめることになった。来年から就職活動も始まる。
そしてこれはまた別の平日。御影と鉄平だけしかいない事務所。
「僕がこのメイズに戻ってきた頃には男鹿さんしか残ってないのかぁ」
「そうねぇ。あの松島さんが辞めるだなんて思わなかったわ……」
「なんでですか? きいてます?」
御影はンッ? と言い、さらっと答えた。
「ケジメ、だってさ」
「ケジメ?!」
鉄平はケジメという3文字と松島の顔を照らすがなんのケジメかわからないようだが、御影は何か知ってそうであった。
「結婚して産休取ってもパートになっても続けていた人が。まぁ経理の腕前もすごかったし、人間観察も。他のところでも活躍できそうだし」
鉄平はそう答えると御影はヤレヤレという顔をした。
「まだまだ鉄平くんはお子ちゃまだなぁ。幽霊みえても、見えないこともあるのね」
「見えない?」
「まぁいいわ。男鹿さんはメイズに取り憑かれた人だからきっと定年退職しても孫、曾孫と一緒に……じゃなくて自分一人でもあそこにいそうだわ」
鉄平は確かに、と笑った。
「わたしは数年後ここの社員として戻ってくるからそれまで頼んだわよ! あ、すれ違いで就職活動になっちゃうかしらね」
「……はい」
御影がいないと少し心許ない鉄平は俯くと、彼の手がグイッと引っ張られた。
「先輩っ……」
御影が鉄平の手をギュギュッと握る。彼は戸惑う。
「もう、頼りないぞっ!」
「はいいいっ!」
声が裏返る鉄平。
「そういえば、鉄平くんはなんでこのメイズのバイトをしようと思ったの?」
「えっ、その……」
「だってあの中で幽霊にコテンパンにされて……しんどいけどやめなかったじゃない」
「たしかに、嫌でした。何度もやめようかと考えました」
……鉄平は御影に握られた手の温度の温もりがさらに暖かくなっていくのに気付く。
二人手を重ねているから体温が温かくなるのだ。
一年前、御影に大学の構内で声を掛けられたときを思い出した。確かメイズの宣伝で立っていた彼女を見てなんで素敵な人なんだろう、そして彼女の周りにはたくさんの人……周りからするとみえない守護霊たちがたくさんいた。
あれだけの人が彼女の周りにいるなんて、だったらとても彼女は素晴らしい人なんだ、いや、もう彼女そのものが美しい! と御影を見ていた。
そこで目があい、誘われたのだ。
御影でなかったらバイトを始めなかった、そうだ、それだっ……と思い出すと御影の顔は赤く、微笑んでいた。
鉄平も微笑み、手を握り返した。自分の顔が真っ赤に染まり、熱くなっていくのがわかる。
『うぇーい!! おめでとっさーん!!!』
「しまった! ここはメイズの中!」
「ああああっ……」
二人始め点検作業中、迷路の中腹での出来事であった。
メイズに残っているまだ彷徨う幽霊たちが大騒ぎし、照明をパカパカと照らし、騒ぎを聞いたのか他のところからもメイズに入ってくる幽霊たち。
騒がしく大荒れのメイズの中。しかし御影と鉄平は見つめあって笑い合う。祝福される中、一人の幽霊に鉄平が耳元で囁かれる。
『よぉ、鉄平。チューしろよ』
「えええっ」
オドオドする鉄平、また繋がれた手。幽霊たちは騒ぎ出す。消極者の彼は今しかないのか? と思ったが……。
「みんな、祝福ありがとう……」
御影がシュッと人差し指と中指を立ててナイフで切るかのように動かすと幽霊たちは消え、電気も元通りになった。
鉄平は呆気に取られる。
「もぉ、いい加減コントロールできるようにならないとねっ」
と手を離されて御影は先にゴールに向かう。
「待ってくださいよぉ〜先輩!!」
せっかくの機会を失った鉄平であった。
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