第29-1話ルナリア
西の空が朱色から藍色に変わりかけている。
馬に乗ったエリンが、巨大な記憶食いの足元を勢いよく駆け抜けていった。馬の抜けぎわ、エリンの後ろに乗っている勇者ちゃんが、光の剣で記憶食いの足を切り裂く。切れ味の良い光の剣が、溶けかけのバターをナイフで切るよりスムーズに次々と足を切っていった。
木の枝で出来たその足を一本切ると、本体から新しく一本足が伸びてくるのだが、伸びる速度よりも勇者ちゃんが足を切る方が早い。すぐに記憶食いは大きくバランスを崩して、地面に倒れ伏した。
このときとばかりに馬から降り、記憶食いの巨大な本体に剣を振るうエリン。勇者ちゃんも続く。記憶食いが体制を立て直しそうになると、それを察したエリンが私に声を掛けてくる。
「ルナリア、頼む!」
遠間から記憶食いの動きを見ている私には、どの足を攻撃すればまた記憶食いがバランスを崩すのかがわかった。私は爆発を連発して、記憶食いが再度立ち上がるのを防いだ。
どりゃりゃりゃりゃー、と、気合の声を上げながらエリンは剣を振るう。枝を切り崩し、木々や葉を巻き上げた。
プレイジディアムと記憶食いの戦いを見ていてわかった。
巨大な本体の枝を崩して散らせれば、記憶食いは少しづつだが小さくなっていく。プレイジディアムの質量パンチに比べれば微々たる量だが、エリンの攻撃は確実に敵にダメージを与えているはずだった。
勇者ちゃんもエリンの横で光の剣を振っていた。勇者ちゃんが剣を振れば振るほど、記憶食いの巨体から枝が散らされていく。とにかく切れる。倒れて身動きの取れない大きな敵なら剣を外しようもないので、勇者ちゃんもスパスパ斬りつけていた。
「いけるじゃないか……」
身体の内から聞こえる声は続いている。
『敵性個体に攻撃』 その声に呼応するように、魔力が涌き上がってくるのが分かる。なるほど、この感触ならば大爆発を連発出来てしまうのも、わからなくはない。
手始めに、ちゃんと自分の意思で大爆発を使ってみた。
「大爆発」
大爆発初動の火柱を確認したエリンと勇者ちゃんが、一旦記憶食いから離れる。二人は馬に乗りなおし、大きく距離を取った。
それならば、ともう一発。
「大爆発」
そう考えた瞬間、唱えるまでもなく身体の中から魔法が発現する。瞬間詠唱というものだ、そんなことまで私は出来るのか、と驚いた。
このチカラはなんなのだろう。
レイモンド司祭が言っていた、「勇者の従者たるチカラだ」と。
従者とはなんなのか。私はいつそんなものになったのか。
まったくわからない。
燃えさかる炎の中で記憶食いが悶えている。
枝がバキバキと音を立てながら、四方八方に伸びていく。
それらの枝は触手となって馬に乗ったエリンと勇者ちゃんを追った。追いながら追いつかず、蛇のようにのたくった挙句に二人が乗った馬の通り過ぎた地面に、次々と突き刺さっていく。
クク、と。
意識せず、喉の奥から笑いが漏れていた。
遅い、遅すぎる。記憶食いの動きが、ゆっくりに見えるのだ。ほらいま、左の足を立て直して姿勢を戻そうとしている。
「大爆発」
今度は右だ。そうはいかない、おまえはそこに転がったままでいろ。
「大爆発」
なぜこんなチカラが湧いてくるのか、全くわからない。
だが別に、よくわからないままで良いんじゃないか。
このまま気持ちよく、全てを見渡しながら魔法を撃っていれば、事態は収束する。それでいいじゃないか。
ナニモ考えなくてイイ。スベテ忘れて魔法をウツ。
それだけで、ラクになれル。
内からなにかが、そう囁いた。
そうだやめよう。考えるのをやめれば忘れられる。
なにもかも忘れられる。そう、お婆さまのことも、忘れられるのだ。
☆☆☆
「勇者ちゃんのおかーさまー?」
無線機で勇者ちゃんの母に指示を貰ったフィーネが、外からプレイジディアムの胸部コックピットカバーを開けた。中では血まみれな勇者ちゃんの母が椅子に座ったままぐったりしている。
「大丈夫ですか?」
「……そう見えるかい?」
「ええ」
とフィーネは笑う。
「なぜならわたくしが今すぐ大回復を唱えますからー♪」
足場の悪いコックピットカバーの上に立ったまま、フィーネがくるりん、と回る。そして、えい、と大回復を唱えた。コックピット内の明かりに照らされた勇者ちゃんの母の顔に、みるみると赤みがさしていく。
「がはっ! がはっ!」
「長年掛けて悪くなった身体自体はどうにもなりませんけどネ。それでも、この程度で諦めて貰っちゃ困ります。おかあさまは、まだまだ元気にやってけますよ」
勇者ちゃんの母はしばらくぼーっとコックピットの天井を眺めていたが、やがてある程度回復したのか、頭を掻いた。
「まったく……、魔法って奴は」
フィーネが伸ばしてきた手を取り、起き上がる。
「こんな怪我したら、あたしの居た世界ならきっともう助からないってのに。この世界は簡単に死なせてくれないねぇ」
苦笑しながら、勇者ちゃんの母はフィーネに礼を言う。
「今、どうなってるんだい?」
フィーネに肩を借りながら、勇者ちゃんの母がコックピットの外に出た。外は空が朱色から藍色に変わりつつある。風が頬に、少し冷たい。
「ルナリアさんが活躍してます。あんなに大爆発を連発できる人、わたくし見たことありませんわ」
「大爆発? ……それって、普通の人はとても連続で使えないっていう大魔法だっけか?」
「ですです」
勇者ちゃんの母が眉を潜めた。
薄闇が濃くなっていく大地の中、また大爆発の火柱が立った。記憶食いが悶えて触手を振り回すが、ルナリアはその触手を身軽に避けてまた魔法を使う。
「そうか、うちの子の『従者』になっちまってたのか、ルナリアくん」
勇者ちゃんの母は口をへの字に結んで、どこか溜息交じりの声を出す。
「従者? それはいったい……」
「どこかであたしの子がルナリア君の額に杖をかざしてしまったんだろう。そしてルナリア君は、偶然にもキ族の血を強く受け継いでいた……」
そのとき、プレイジディアムの足元にエリンと勇者ちゃんが乗った馬が駆けてきた。
「おいフィーネ!」
コックピットの外に立っているフィーネたちを見上げて、エリンが馬を止める。
「どうしましたー? エリンさーん」
「ルナリアの様子が変だ! あたしらの声が耳に入ってないし、とっくに記憶食いは消し炭になってるのに魔法を止めようとしない!」
「あらま」
ルナリアを一旦退かせようとエリンがルナリアに声を掛けたが、無反応のまま魔法を使い続けているという。
「どうなっちまってんだルナリアの奴! あれじゃ自分がぶっ倒れちまう!」
「……暴走状態だな」
勇者ちゃんの母が苦々しげに口を押えた。フィーネが聞き返す。
「暴走状態?」
フィーネが肩を貸しながら、二人はプレイジディアムの身体から地面へと下りていった。エリンと勇者ちゃんを交えたところで、勇者ちゃんの母は口を開いた。
「ルナリアくんは今、『従者』として暴走状態にある。勇者の従者とは、ある種の兵器を作り出す契約なんだ。人の姿のまま、その能力を増大して勇者の身を守るためだけに存在する人形。それが『従者』の究極の形だ」
「なんだそりゃ?」
「戦うために心が邪魔になることはよくあるだろう? だからあの契約は、人の心を殺して、意識の奥底に封じ込めようとする。トラウマを刺激する夢を見せ心を弱らせ、意識の中に忍び込む」
そう言えば、とエリンが考え込む。
「最近ずっと夢見が悪いって言ってたなあいつ。昔の夢ばかり見るって」
と、顎に手を添えた。
エリンの言葉に、フィーネが首を捻る。
「それは、夢見る森で寝てたからじゃありませんこと?」
「そうかもしれないけど、少なくともあたしゃ、起きてイヤになる夢ばかりじゃなく、幸せな気持ちになる夢もたくさん見てんだよ。フィーネだってそうだろ? よく夢見て笑ってたじゃん」
「……そう言われれば」
「昔、あたしもタカハシも、儀式を行い従者を作ってしまった。まさかそんな、最後は人形みたいになってしまうと思いもせずにね。従者になった皆は、もう一人として残っていない」
「おい、そんな! どうにかならねーのかよ!」
エリンが馬から降りて、勇者ちゃんの母に食いついた。勇者ちゃんの母は目を逸らす。
「わからない。だが、どうにか出来るとしたら……」
勇者ちゃんの母は、勇者ちゃんを見る。エリンとフィーネもまた、勇者ちゃんを見た。
皆の視線を受け、勇者ちゃんは自分を指差してきょとんとした。
「そう。どうにか出来るとしたら、主人であるおまえだけさね」
勇者ちゃんを見つめる勇者ちゃんの母。
勇者ちゃんは、その目をまっすぐ見返した。
(こくり)
と頷く。
勇者ちゃんは馬から降りて、自分の荷物をゴソゴソしてから走り出した。ルナリアの元に向かって走り出した。
エリンとフィーネも後を追った。
勇者ちゃんにしか出来ないこととしても、そのフォローをすることはできると走り出す。
「おー、行動早いね」
肩を借りる相手を失った勇者ちゃんの母は、プレイジディアムの足に背を預け、もたれかかった。どことなく羨ましそうに三人を見送ると、目を細めて笑った。
「みんな、いい子じゃん」
と。
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