第28話プレイジディアム

 未知の金属で出来た巨大な人型。それはゴーレムではなく、中に人間が乗り込んで操縦する「ロボット」と言う。名はプレイジディアム。

 鎧のようで、鎧とは明確に違う鋭角なデザイン。流線と鋭角の混じり合った人型のシルエットが、西日を受け大きな影を大地に落としている。



「動けよぉ?」



 コックピットで操縦をしているのは、勇者ちゃんの母だった。軽く舌なめずりをして片目を瞑る。操縦レバーを倒した。

 地面に枝の触手を新たに這わせ始めていた記憶食いの巨体に、プレイジディアムが走り寄る。本体である大きな球体を両手で抱えて、地面に投げつけた。

 ずずぅん、と地鳴り。

 土煙で西日が陰った。パラパラと土塊が地面に降り注ぐ。


 最初の蹴りと今の投げで、戦場が大きく移動した。

 今は記憶食いとプレイジディアムの足元には、人が誰もいない状態だ。「これで思いっきりやれる」と勇者ちゃんの母は笑った。


 プレイジディアムの両腕から小さな光弾が連発して飛んだ。

 射出された弾が火の線となって大地に突き刺さり、土煙を上げる。その火線は腕の動きと共に移動し、巻き上げた土煙を切り裂きながら記憶食いの巨大な本体へと当たっていった。

 記憶食い本体を構成する枝がバキバキと折れ、飛散する。

 しかし記憶食いは怯んだ様子もなく、枝で出来た触手を鞭のように振るい、プレイジディアムに攻撃してきた。


 腕が触手に弾かれる。

 光弾の狙いが外れ、あらぬ方向に火線が向いた。



「これは、あまり効かないぽい……っと」



 それなら、と勇者ちゃんの母は思いっきりレバーを倒した。

 プレイジディアムが巨体を揺らして走り出し、記憶食いに接近する。



「これならどうだっ!」



 密着して、殴る。

 殴る。殴る。そして蹴る。

 巨体が巨大な質量で行うその行為は、どれも一発一発が必殺だ。当たるごとに記憶食いから枝が飛び散り、大きくひしゃげる。

 枝をまき散らしながらも記憶食いは枝触手でプレイジディアムの胴を押し返した。そのまま触手が腕に、足に、絡みつく。プレイジディアムを固定して逃げられないようにしたのちに、記憶食いが白い霧をブレスのように吐きつけた。が。



「そんなものが効くかーっ!」



 勇者ちゃんの母の叫びと共に、プレイジディアムが絡みつく触手を引き裂いた。

 白い霧などモノともした様子なく、そのまま大振りにパンチ。



「バンカーッ!」



 記憶食いにパンチをしつつ押し当てた手首から、巨大な杭が打ち込まれた。記憶食いの本体を突き破りながら、地面に杭が突き刺さる。

 記憶食いが、虫の標本のように地面へと固定された。



「これで動けないだろっ!」



 ところが記憶食いは、固定された部分を捨てて移動しようとする。パキパキと音を立てて新しく枝をつくりつつ、球体を伸ばすように変形しながら杭から抜けてしまった。固体なのに、まるで軟体のような動きだった。



「ありゃ」



 と、勇者ちゃんの母が困った顔をする。

 苦笑しつつ、ぜーっ、と荒い息を吐きだした。レバーを握りながら一瞬下を向く。



「楽は出来ないってか」



 上げた顔の色が悪い。額に汗が浮かんでいた。皺の寄った眉間から、汗が垂れる。勇者ちゃんの母はまるで己を鼓舞するように、わざとらしく歯を見せて笑った。



「上等……!」



 そこからは殴り合いだった。

 記憶食いは触手を鞭のように扱い、プレイジディアムは両拳を使い。互いに互いを殴りつける。

 記憶食いの方が大きいものの、重さはプレイジディアムが圧倒的なのだろう、単純な殴り合いでは分があるようだった。この際、重さはイコール攻撃力だ。

 ただ、殴るたびにプレイジディアムは関節が軋む。

 こぶしの指から火花が散る。

 機体へのダメージを蓄積しながらの攻撃なのだ、それでも勇者ちゃんの母は気にした様子を見せない。何故なら彼女は、自分がこの機体に長く乗っていられると思っていなかったからだ。


 彼女は内臓に病を抱えている。

 無理が効く身体ではなかった。

 だから出鼻から巨体で空中蹴りという大技を使ってみせた。今もまた機体ダメージを厭わず、即効性のありそうな「殴り」という質量攻撃に走っている。

 勇者ちゃんの母には、なにより時間がないのだった。



☆☆☆



「ルナリアー」



 私が記憶食いとプレイジディアムの殴り合いを遠目で見ていると、馬に乗ったエリンたちがやってきた。



「エリン! フィーネ君、それに勇者ちゃんも?」



 なんで勇者ちゃんを連れてきた? と問いただすと、勇者ちゃんの母君に頼まれたから、とエリンが答える。勇者ちゃんはエリンの背中に抱きつきながら、コクコク、と頷いた。



「フィーネ君も馬に乗れるとは知らなかった」


「これくらいたしなみです」



 と、言ってはいるが、そこまでうまく乗りこなせているわけではなさそうだ。馬がよたついている。



「頼まれた、ということは母君は?」



 エリンが沈みゆく夕日に向かい、クイと顎をしゃくった。

 夕日の中で、プレイジディアムと記憶食いが戦っている。鞭のようにしなる記憶食いの枝触手攻撃で、プレイジディアムがよろめいていた。よろめきながら触手を掴み、倒れるのを防ぐ。



「なるほど」



 勇者ちゃんの母君があの中に乗っているというのだ。私は改めて、巨体同士の戦いを見つめた。

 プレイジディアムはどうにか転ばぬよう踏みとどまりながら、記憶食いの伸ばしてきた触手を引っ張った。触手を引かれてバランスを崩したのか、今度は記憶食いが前につんのめる。本体を支えなおす為に、幾本もの触手が地面に伸びた。

 そのまま双方、態勢を取りなおすとまた殴り合いが始まる。

 プレイジディアムは拳で、記憶食いは枝の触手で。

 エリンが目を細めて閉口した。



「んー。巨体同士、ガチ殴り合いの掴み合いだ」


「あんな戦いじゃ、手を出しにいけませんねぇ……」



 確かに、今あの巨体同士に近づいていったら命がいくつあっても足りない。

 私たちは無言でその光景を見続けるだけだった。



「なぁルナリア。こっちの攻撃、効いてんのかな?」


「さっきから見てるけど、プレイジディアムの攻撃で記憶食いの枝が大きく剥がれる度に、奴が小さくなってる気がする。効いてるんじゃないか?」



 殴り合い自体は一方的だった。プレイジディアムの圧勝だ。

 ただ、あの機体がゴーレムと同じようなものならば、やはり関節部が弱いはずだ。そして先ほどから記憶食いによる触手攻撃が、関節に集中してきているような気がする。



「フィーネ君、後ろに乗せてくれ」


「あ、はい。構いませんけど……」


「せめてもうちょっと見やすい場所に移動しよう。エリン、先行してくれないか」



 あいよ、とエリンの馬が走り出す。

 フィーネ君の馬もそれに続いた。 



☆☆☆



「ぜはー、ぜはー」



 コックピットの中では勇者ちゃんの母が息を上げていた。

 操縦レバーに半分もたれ掛かりながら、プレイジディアムでパンチを繰り出す。パンチがインパクトする瞬間、重力制御されているはずのコックピットが、負荷で大きく揺れる。



「畜生、制御装置が馬鹿になってきやがった……!」



 連続のパンチやキックによる機体自身へのダメージだった。

 相手が巨体なら尚更それは大きい。

 勇者ちゃんの母が思っていたよりも、ガタがくるのが早かった。とはいえ飛び道具の効きが悪かった相手だ、他に選択肢がない。


 殴りつける度にコックピットが揺れる。

 揺れる度に、勇者ちゃんの母の顔色が悪くなる。

 殴るときだけではなかった。記憶食いの触手に鞭打たれたときの衝撃も、コックピットを大きく揺らすようになっていた。

 こうなると、ある意味で巨体対生身だ。勇者ちゃんの母の身体にもダイレクトにダメージが入っていく。



「動けるうちに……やるか」



 勇者ちゃんの母がコックピット上方のコンソールを弄り始めた。いくつかのボタンを押したのち、上から照準スコープを引っ張り出す。



「重力ジャンプの準備だプレイジディアム!」


「イエスマイパートナー、反ジュウリョクモード、アクティブ」



 プレイジディアムが下がり、距離を取った。

 


「標的、あのでっかい魔物!」



 勇者ちゃんの母はスコープを覗きながら、パチパチとコンソールでデータを入力した。



「モクヒョウセッテイ」


「ゴー! 重力ジャンプ!」



 プレイジディアムの腰が持ち上がり、そのまま空に向かって巨体が落ちていく。糸の切れたマリオネットさながら、手足もばらばらな動きで空中へと落ちる。

 高高空。

 巨大な質量は雲の中まで落ちたあと、今度は普通に地面へと落ち始めた。


 両足を揃える。

 両腕でバランスを取る。

 雲を切り裂きながら、巨体が落ちてくる。


 づどぉんっ! と轟音を上げて、記憶食いに蹴りが炸裂した。真上から圧し潰された記憶食いが、楕円系にひしゃげる。木という木が砕け散り、枝という枝をまき散らした。

 土が舞い、岩が飛ぶ。

 地面に大きな穴が開いていた。それほどの威力だ。

 そしてその威力は、重力システムに異常をきたしていたプレイジディアムにも深刻なダメージを与えた。

 土煙が退く。プレイジディアムの関節という関節から、火花が散っていた。

 がしゅぅん、と、煙を吐きながら膝をつくプレイジディアム。

 巨大な人型の動きが止まった。



「どうせもう、あたしが持たねぇ」



 コックピットで血を吐きながら、勇者ちゃんの母が笑っている。



「だけどおまえさんも、だいぶ小さくなったじゃねーか」



 モニタ越しに近づいてくる記憶食いへと話し掛ける。

 伸びた触手が、プレイジディアムの腕関節へと巻き付いた。

 バキン、バキンと金属の砕ける音がした。散っていた火花が、さらに激しく。

 関節を固定されながら、他の触手で殴りつけられる。

 その度にコックピットが大きく揺れ、勇者ちゃんの母の身体も大きく揺さぶられた。



「かはっ」



 勇者ちゃんの母は、また血を吐いた。

 コックピット内が赤く点滅している。

 アラートが鳴った。機体へのダメージが許容量を超えたと、ガイドボイスが入る。ガイドボイスは脱出を促した。

 そんな光景を、勇者ちゃんの母は他人事のように見つめている。ゼィゼィと、呼吸が浅い。



「……あとは任せた、ってね」



 目を瞑った。――が。



「諦めちゃいけませんっ!」



 突然声がした。

 コックピット内に、響き渡る。

 目を開くと、モニタ越しに小さな人影が見えた。



「あ」



 と、勇者ちゃんの母は思わず呟いた。



☆☆☆



「いけっ、勇者ちゃん!」



 勇者ちゃんを抱えて「跳躍」で跳んだ私は、勇者ちゃんを放りなげる。光の剣を抜いた勇者ちゃんが更に上へ上へと跳んでいった。空中に、光の剣の輝きが軌跡をつくる。

 その軌跡は、プレイジディアムを掴んでいた記憶食いの枝触手を切り裂いた。

 サクサクっと。

 光の剣に触れた触手が、少しの抵抗もなく千切れて落ちる。勇者ちゃんが剣を振り回せば振り回すほど、触手が細切れになっていく。



「いいぞっ、ルナリア! 勇者ちゃん!」



 下でエリンが声を上げた。

 私はプレイジディアムの腰を蹴り、また「跳躍」。勇者ちゃんを空中でキャッチし、抱え込んだ。



☆☆☆



「やるじゃん、あたしの子」



 にへら、と勇者ちゃんの母は笑った。ぜぃ、ぜぃ、と笑った。



「やるじゃん」



☆☆☆



「そうです、勇者ちゃんはやりますよ! だから諦めちゃダメです!」



 フィーネ君が、手にした四角い小さな物に向かって声を上げている。確か無線機と言ったか、プレイジディアムの中に居る勇者ちゃんの母君と会話が出来ると言っていた。



「こっからはあたしらの出番だ、ゆっくり観戦してな、かーちゃん!」



 馬に乗ったエリンが弓を構える。

 私はエリンの弓に、「ファイヤウェポン」の魔法を掛けた。

 エリンが弓を放つ。

 同時に私も爆発を唱えた。

 記憶食いの下から腹に向かって、二人で炎を飛ばす。さて。



 ――どうやら効果があったようだ。

 記憶食いの注意がこちらに逸れてきた。メキメキと音を立てて、枝が私たちの方へと伸びてくる。



「爆発!」



 と弾幕を張って、その枝を退ける。



「エリン、勇者ちゃんを馬に乗せて、足になってる触手という触手を刈りつくせ!」


「アイサー!」



 馬に乗ったエリンと勇者ちゃんの後ろ姿を見ながら、私はひと息ついた。

 さっきから頭が痛くなってきているのだ。だから、杖をギュっと握りしめた。聞こえる。いつものアレだ。『護衛対象、確認』と。

 冷静にいこう、今回は、波に飲まれないように。

 私は記憶食いを見上げた。

 プレイジディアムの攻撃で、大きさが大分小さくなっていた。本体の高さも、低い。

 これならやや離れていても、魔法を打ち込むことが出来る。十分やれる。



「こいつが、敵性個体だ。敵性個体、確認」



 わざと、口に出して言ってみた。



「こんどは逃がさないぞ、記憶食い」

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