第27話『武具』
高台から街の外を見ると、西日の中で蠢く巨大な記憶食いの姿が見える。
勇者ちゃんの母を背負ったエリンが、眩しそうに目を細めた。ここは魔法学校の塔付近だ。エリンとフィーネの二人は今、勇者ちゃんの母と勇者ちゃんを城まで連れていく途中だった。
「でっけぇよなぁ、やっぱ」
「初めて見たときの、倍どころじゃない大きさになってますわね」
「大丈夫かな、ルナリアのやつ」
緩い坂道を上りながら、二人は街の外に目を向ける。
周囲には魔法学校の生徒や、避難してきただろう一般市民がたくさんいた。ざわめく人垣の中、四人は先を急いでいた。
「ほんと、だいぶ大きいねぇ。高さだけでもこの塔くらいの高さがありそうじゃないか」
エリンの背で、勇者ちゃんの母も呟いた。見上げた魔法塔は、六階建てだ。
今の記憶食いはアシタカグモのように足が長くひょろりとしたシルエットだが、アンバランスに身体の部分が丸く大きいものになっていた。「頭でっかちな魔物だよ」と勇者ちゃんの母は評した。
坂を昇りきるとそこには城への門があった。
番兵に止められるが、勇者ちゃんの母がエリンの背から降りて口上を述べるとすぐに通ることを許された。「この正装は伊達じゃないんだよ」と、勇者ちゃんの母が笑う。
そこからはエリンが勇者ちゃんの母に肩を貸し、一同は城の敷地内へと進む。
城の中庭も慌ただしかった。
鎧を着た歩兵があちらこちらに動き回っている。
高台である門塔から見張り兵が下に声を立てると、兵士陣が一斉に門の外に歩き出した。出兵だ。
エリンたちはそれを避けながら、城の居館横を進んだ。そして城の中に入る。
兵に謁見の間まで案内されたエリンたちは王と面会した。
突然の展開に片膝でこうべを垂れるエリンやフィーネとは対照的に、勇者ちゃんとその母は立ったままアイソン王に対峙する。
「久しいな勇者」
老齢の王が出す声はまだまだ力強く、歳を感じさせぬものだった。彫りの深い目は眼光も鋭く、よく見れば服の上から筋肉の盛り上がりが分かるほど、その身体は若々しい。
「勇者はよしてくれアイソン王。なにやら不穏な魔物が近づいてきてるって聞いてね、『武具』を試しにきた」
「おお! だがそなたの身体では確かもう『武具』には……」
「こんなときだ。しゃーないだろぅ?」
と、勇者ちゃんの母は自信ありげに胸を張る。
「タカハシの代わりにゃなれないが、あたしでも街の盾替わりには使えるさ」
アイソン王と勇者ちゃんの母が、無言で見つめ合う。
やがて王は、ふう、と息を吐いた。
「そうだな。やって貰うとしようか」
勇者ちゃんの母が、勇者ちゃんたちの方を向く。
「と言うわけになった。あんたら悪いけど、うちの子を頼まぁ」
にっこりと、良い笑顔。
エリンとフィーネは呑まれたように固まっていた。勇者ちゃんの母には、有無を言わせぬ迫力があった。
王が玉座から立ち上がる。
「技術主任を呼べ、『武具』プレイジディアムを起動する!」
☆☆☆
「はえー、でっけぇ」
倉庫の中で、エリンがそれを見上げながら口をぽかんと開けた。
巨大な鎧のようなそれは、二つの足で薄暗い倉庫の中に立っている。曲線で出来たフォルムと鋭角なシルエットが混ざる、巨大な人型ゴーレムのようだった。
「いや、ゴーレムじゃないさ」
と勇者ちゃんの母が、エリンの感想を訂正する。
――ロボット。
勇者ちゃんの母の世界では、その巨大なゴーレムをそう呼んだのだと言う。よく見かける通常のゴーレムのおよそ三倍の背丈を持ち、二足歩行で移動する戦闘兵器。中には人間、――勇者が乗り込む。勇者以外には反応せず、勇者にしか乗れない巨大な人型ゴーレム、いやロボット。
それが『勇者の武具』、プレイジディアム。
「これを渡しとくよ」
そう言って勇者ちゃんの母は、手に持っていた小さなものをフィーネに渡してきた。
「……これは?」
「無線機って言うんだけど、これを使えば離れてても、プレイジディアムに乗ってる私と話ができる」
「まあ」
「こうやってアンテナを立てたら、ここのボタンを押しながら――」
使い方を説明する勇者ちゃんの母に、フィーネは目を丸くしていた。
「うん? どうした?」
「い、いえ。なんとなく使い方はわかりましたが……。知らない言葉が多いな、と。なにかの魔法言語ですか?」
「んー」
勇者ちゃんの母は苦笑いをして、頭を掻く。
「二十二世紀言語、かな?」
彼女の元いた世界の単語が、幾つも会話に混ざっているとのことだった。
「さーて、いっちょ行くか」
勇者ちゃんの母が胴体部分に乗り込んだ。
コックピットにはレバーがあり、ペダルがある。各種機体の状態を表す計器類もたくさんあった。
起動カードを機体に差し込む。
「トウジョウジンイン、カクニン」
コックピット内に、日本語音声のガイダンスが響き渡った。
「ヒューマンパラメータコウシン」
ブン、と音を立てて、各種の計器が立ち上がる。
「パイロットコンディション、レッド。ケイコク」
「んなこたわかってるさ、いいから動け!」
「パイロットコンディション、レッド。ケイコク」
パチパチパチ、と、いくつかのスイッチを切る勇者ちゃんの母。
「セーフティードライブ、オフ」
プレイジディアムの各関節が音を立てた。
「システムグリーン、キドウシマス」
☆☆☆
西日の色が濃くなってきた。
私たち魔法隊の射程は弓兵ほど長くないので、側面から記憶食いの足元近くまで接近する必要がある。前面を歩兵部隊に守られながら、私たちは位置取りの為に前進していた。
「近くなってくると、ホント大きな魔物だなルナリア君」
「そうですね。本体部は魔法塔くらいの高さになりますか」
先生と私は、記憶食いを見上げながら走っていた。近くで見上げてみれば、足のように動いていたものが木の枝の束であることがわかる。大きな頭のように見えていたものが、木の枝や根が球状に固まっただけのものだとわかる。
それでも動いている姿の印象は、やはり巨大なアシタカグモだ。一本一本の足がゆっくり動くたび、大きく土煙が舞い上がっていた。
やがて全体が丁度良い位置につくと、この隊を指揮する馬に乗った騎士が声を上げた。
「これより一斉に、魔法攻撃を敢行する! 用意!」
西日を背に、我々は魔法に集中する。
「目標、魔物本体! 撃てっ!」
二十人以上の大魔法部隊による魔法攻撃が始まった。火爆、爆発、雷光、氷結、各々が得意な魔法を使うため、攻撃を受けた記憶食いの本体が、一瞬カラフルに彩られた。
威力に押されたのか、記憶食いが横に大きくグラつく。
倒れるかに見えたが、本体から新しく伸びた枝がつっかえ棒のような支えになり、新しい足となってバランスを取りなおした。
「第二射、撃てっ!」
私は爆発を唱えた。
目標が大きいため外すことはないが、効き具合は未知数だった。ここまで大きくなってしまうと、前に戦ったときとは違うはずだ。人が小動物に引っ掛かれても大してダメージを受けないのと同じ。図体のデカさというのは、単純に戦力を左右する。
「前陣、ガード用意!」
騎士が声を上げた。なんのことかと思っていると、束になった枝が鞭のようにしなり、こちらを攻撃してきたのだった。
前衛部隊が盾を構えて、その枝を受ける。幾人かが盾ごと枝に吹き飛ばされたが、魔法使い隊からの回復魔法で事なきを得た。
「一旦退いて、体制を整えなおすぞ!」
私たちが退いている間、騎馬隊と弓兵が攻撃をしていた。弓兵は本体を、騎馬隊は足となっている枝を狙ってバランスを崩させ、本体の高度を下げさせる。そういった連携だ。しかし、それもどの程度効いているのか。
「前に戦ったときとは大違いだな……」
巨体を見上げながら溜息をついたそのとき、記憶食いが騎兵に向かって白い霧のようなものを勢いよく吐き出した。
ブレスに近い。騎兵達は広く散開したが、地面に当たった霧は細かく散りながら小さな塊となって、騎兵たちを追いかけていく。
霧に掴まった騎兵が、馬ごと倒れてしまう。きっと眠らせられたのだ。ああそうだ、先に戦ったときもこうだった、フィーネ君を始めとして、あの霧に掴まった者がことごとく眠らされてしまったのだった。
「退避! 退避!」
白い霧はこちらにも向かってきた。騎士が声を上げるまでもなく、私たちは隊列を崩して逃げ出していた。
「なんだねこの霧は!」
先生が私の横を走りながら魔法帽を押さえた。姿勢を低くしたその上を、ひゅんと白い霧の塊が通り過ぎる。
「触ると睡眠状態になります! 簡単には起きられません!」
「詳しいなルナリアくん!」
「ええまあ!」
私もトンガリ帽子を押さえながら姿勢を低くした。いま頭を上げると危ない。
うわあーっ、と後ろの方で悲鳴が上がった。見れば触手のように蠢く枝に、盾を持った歩兵が何人か吹き飛ばされていた。
無事に立っている人間が一気に減っていく。睡眠の霧と、この大きさの鞭のような触手枝との波状攻撃は、とてもじゃないが対処しきれない。
いつの間にか、私たちに指示を与えてくれていた騎士殿の声も聞こえなくなっていた。枝にやられたのか、霧で寝かされたのか。
部隊としては壊滅状態だ。
――と。
空の上で、西日になにかが輝いた。
高度的に、一瞬、鳥か? と思った。だが違う。目で追うと、金属のような反射光が眩しい。
小さいが、人のようなシルエット。いや。
小さい? ――とんでもない、それは大きかった。遠く高い空に居るから小さく思えただけだ。何か大きな人型が、空から落ちてくる。蹴りのポーズで落ちてくる。
落ちた。
ずがぁぁあんっ! と、大きな地響き。大地が揺れた。
その巨大な人型は記憶食いに高高度からの蹴りを加え、そのままの勢いで記憶食いの本体を地面に擦り付けた。
ずどどどど、と、土煙を上げながら地面に摺りつぶされる記憶食い。本体の樹木が削り落とされていく。
バキバキバキっと、木々の折れる音が大地に響き渡った。
「巨大、ゴーレム……?」
私は思わず魅入った。見たこともないものだ、あんな大きくて、人型をしたゴーレムがあったなんて、聞いたこともない。
「いや違う、あれはゴーレムじゃない」
先生が私の呟きを訂正した。私は思わず先生の顔を見る。
「あれは、ロボットと言うらしい。勇者が中に乗り込み、勇者だけが使える、『勇者の武具』。二十年前のハボエリム戦争に参加した者なら知っている」
「ロボット……」
「名は、確か――そう、プレイジディアムだ。そう呼ばれていた」
西日を受けて、その「プレイジディアム」が立ち上がる。
流線形と鋭角なシルエットが混ざり込んだ、巨大な人型。その大きさは普通のゴーレムの三倍はあるだろう。
記憶食い対プレイジディアムの戦いが、始まった。
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