第26話巨大記憶食い

 大人数を動員した子供の喧嘩が終わったところで、私たちは改めてワイデルマイド伯爵に手伝いを乞うた。

 まず事情を説明する。

 夢見る森という場所のこと、その元凶となっていた魔物の記憶食いのこと、そしてそいつが今、遺跡から飛び立って街に向かっているということ。



「そんな危険な遺跡だったのかここは!」



 伯爵が爪を噛んだ。「秘密兵器の遺跡ではなかったのかレイモンド」と、レイモンドに詰め寄った。



「秘密兵器というか、研究途中の遺跡だよ。今の時点では大した使い道はない。今後はわからぬがね」


「な、なんと……。それではこの研究資料は」


「主に推論の束だな。実現すれば素晴らしいだろうが」



 伯爵が目に見えて肩を落とした。

 案外本気でここのチカラを頼りに権力の座を狙っていたのかもしれない。



「それで、わしにどうしろと言うのだキサマら」



 ぶすっとした顔で、グレイグの方へ向き直る伯爵。グレイグは頷いた。



「こちらの隊は記憶食いの睡眠攻撃を受けてしまい、身動きが取れません。至急、橋の関所に戻り様子を見て貰いたいのです。もしまだ無事なようなら警備兵に警告を、なにかあったならば復旧の手助けを」


「まあよかろう、戻りついでだ」


「ルナリアたちは、移動魔法で先に向かってくれ。できればアイソンにも警鐘を。何人飛べる?」


「私含めて、四人までです」


「ならばエリン、フィーネ、ストレングを連れていくといい」



 グレイグが人員を見繕った。

 私が頷いたところに、レイモンド司祭が待ったを入れてくる。



「勇者君を連れていきたまえ、君のチカラは勇者君あってのものだ」


「確かに私としても、勇者ちゃんは一度アイソンに戻したいところですが……」


「んじゃあれだな、ストレングが居残りだな」



 エリンが両手を頭の後ろに回しながら意地悪く笑った。



「なんで俺が!」


「空中飛んでる相手に、なにか出来ることあるのか、ストレングって?」


「そ、それはおめえだって同じだろエリン!」


「あたしゃほら? 身軽だしいざとなりゃ弓だって使えるし?」


「お、俺さまだって、弓の一つや二つ!」


「そういえば」「親分が弓使ってるの見たことないでやんすね」「確かに」



 ストレングの子分たちがそれぞれに頷いていた。ストレングは、「ぬがあっ!」と両腕振り上げて子分たちを追いかける。



「わ、わたくしストレングさんに席を譲っても……」


「フィーネは回復とあたしのフォロー!」



 エリンがまとめに入った。

 こうして私、エリン、フィーネ君、勇者ちゃんが飛ぶことになった。



☆☆☆



 移動魔法で着いた橋の関所は、すでに半壊していた。

 バザーの商人が眠り旅人が眠り、衛兵が怪我をしている。混乱の最中に泥棒が多発しているらしく、秩序が崩壊していた。

 警備隊らしき者に話を聞くと、記憶食いは関所を荒らした後にすぐ立ち去ったという。



「どこに去ったのでしょう?」



 フィーネ君は首を傾げたが、レイモンド司祭の言が正しいのならば次の目的地は明確だ。より人が多いところ、餌が多いところ。つまりアイソンの街だ。

 すぐにアイソンに飛びたいところだったが、移動魔法は連続使用が出来ない。とりあえず昼食を摂ることにした。


 肉饅頭と粥の屋台が営業していたので、そこに寄る。



「勇者ちゃんはどれを食べたい?」



 勇者ちゃんは肉饅頭を選んだ。とりあえず私も肉饅頭だ。

 粥は椀を自前で用意するタイプの屋台だったので私は遠慮したが、フィーネ君は粥も注文していた。肉の煮物が添えてあり、肉の出汁で食べる粥のようだった。



「ほら勇者ちゃん、熱いから気を付けて」



 勇者ちゃんに肉饅頭を渡し、一緒にかぶりつく。

 肉饅頭も、蒸したてで美味しい。

 柔らかい饅頭の中から、ジュワっと肉の汁がほとばしってくる。



「フィーネ、その粥ひと口」



 エリンが干したイチジクを摘まみながらフィーネ君の粥を眺めた。フィーネ君が後ろを向く。



「イチジクやるから」



 フィーネ君がエリンの方を向いた。イチジクと引き換えに、木の匙を渡す。喋らなくても立派に会話が成り立っている二人だった。



「あ、そんなに! エリンさん酷いですわ!」


「ひと口はひと口だから!」



 あれ? あまり成り立ってなかった。

 ずるいずるい、と詰られたエリンは、結局フィーネ君の椀に粥のおかわりを注がされることになった。「そのかわりもうちょっと食わせろー」と熱々の粥に食らいついて「あひぃ!」と、舌を出すところまでがエリンらしさだ。

 私たちは笑いながら、騒がしく食事を楽しんだ。

 もうしばらく休んだらアイソンに飛ぶ。夕方までには着くだろう。

 記憶食いともう一度戦う前に、景気よく騒いでおきたかったのだ。



「エリン、フィーネ君。アイソンについたら、勇者ちゃんを家に送っていってくれないか?」


「いいけど……なんで?」


「アイソンには既に早馬が向かってるらしい。もしアイソンで戦うことになったなら、私たちは警備隊と一緒になって戦うことになるだろう。勇者ちゃんは子供すぎるから、居ても警備隊に邪魔者扱いされてしまいそうだ」


「それもそうですわね」


「いいかい? 勇者ちゃんは母君を守るんだ、やれるね?」



 勇者ちゃんは、こくん、と頷いた。



「じゃあ、そろそろ行くか」



 青い空に白い雲。

 移動魔法で空に落ちていく。雲を突き抜け更に上、空の底についた私たちは、弾むように上昇をとめた。

 やがて水平に移動する。移動速度は馬より早い。空には障害物も曲がりくねった道もなく、アイソンまで一直線だ。

 どれだけ無言で過ごしただろうか。

 そろそろアイソンに着いてもよい頃合いになってきた。陽が西に傾き始めている。不意に、勇者ちゃんが私の腕をクイクイと引っ張った。どうしたのかと勇者ちゃんの方を見てみると、前方の大地を指差している。



「あれは……」



 アイソンの街の前に、樹木で出来たウニのような塊があった。記憶食いだ。しかし。



「……なんか前よりでかくなってねーか?」


「大きい、ですわね。かなり」



 エリンとフィーネ君が言うように、大きい。

 なにせこの高度から、街と比較できる程度の大きさで視認出来てしまうほどだ。とてつもなく大きくなっている。まるで城を思わせるような大きさ、それは巨大と言っていい。

 巨大になった記憶食いは飛べなくなったのか、本体から伸びた根を下に伸ばし、まるでアシタカグモのように地上を歩いていた。



「もう始まってるな」



 街の前に陣取った一団が、記憶食い本体に向かって火矢を放っている。馬に乗った一団は、下に伸びている根と根の間を走りながら足となっている根を攻撃しているようだった。

 本体を根の足で支える、樹木で出来た巨大なアシタカグモ。そんな形状となった記憶食いに、豆粒のような兵士たちが群がっている。



「あ、馬が一頭崩れましたわ」


「根にやられたのか、寝かされたのか、ここからじゃわからんな」


「今度は大きく後ろから回ってくるみたいだぜ?」


「いかん、記憶食いが触手で待ち構えている」


「現場では見えてねーんだろうな」



 馬が枝で薙ぎ払われた。先頭を走っていた騎兵が大きく吹き飛ぶ。あれではひとたまりもあるまい。

 西日がいくさばを照らしている。いくさの声も聞こえてこない上空から見る戦闘は、やや現実感に欠けていた。人も馬も、盤上の駒のように見えてしまう。

 不思議な光景だ。

 そして我々も、あの駒になるために急いでいるのだった。



☆☆☆



 アイソンに到着した私は、エリンたちと別れて一人先に街の外の戦場へと向かった。エリンたちには勇者ちゃんを送って貰っている。

 西の街門を出て、真っ直ぐ。

 弓兵たちが矢をつがえて整列している。その列を横目に、さらに先へと向かう。やがて魔法使いたちの列に合流した。



「ニド先生!」



 最前列に恩師の姿を見つけて駆けつける。



「ルナリア君! 来てくれたか!」


「ずいぶん魔法使いが多いみたいですが、まさか魔法学校の生徒まで動員ですか?」


「王が戒厳令を発した。盟約により成人以上の者は今、軍の指揮下に入っている」


「それで、状況はどうなのでしょう」


「騎兵と弓の第一陣が突破されたらしい。まもなく魔物はこちらにくる」



 そう言って先生が示した先には、遠目にも巨大な記憶食いの姿があった。長い根を足のように動かし、西日の中をゆっくり、ゆっくりと動いている。ゆっくり、ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。



「傾注ーっ!」



 馬に乗った騎士が剣を掲げ、魔法使い隊に向かって声を上げた。



「これより我々は、魔物の側面より魔法の射程距離まで近づき攻撃を敢行する! 君たちの前面は、私たちが守る。安心して貰いたい!」



 魔法使い隊の前に歩兵がずらりと並んだ。

 彼らは、我々魔法部隊が安全に攻撃する為の盾となる。



「それでは移動開始!」



☆☆☆



「ごめんくださーい」



 どことなく場違いで間の抜けた声を出しながら、エリンが勇者ちゃんの家の戸を叩いた。



「返事ありませんわね」


「勇者ちゃんちって、ここだよな?」



 エリンの問いに、勇者ちゃんは(こくこく)と頷いた。そのまま二人の前に歩き、戸を開ける。どうぞ、とばかりにエリンたちを家に招き入れた。



「わっ!」



 中に居た婦人がビックリしたように声を上げる。

 勇者ちゃんの母だった。着替え中の勇者ちゃんの母が、エリンたちの方を向いた。



「こ、こりゃ失礼!」


「申し訳ありません!」



 慌てて外に出るエリンとフィーネ。戸を閉めて謝罪する。

 しばらくすると勇者ちゃんと勇者ちゃんの母が外に出てきた。



「すまないね、変なもの見せちゃって」



 そう言って出てきた勇者ちゃんの母は、正装をしていた。



「うちの子を連れてきてくれたんだってね。巨大な魔物が街に襲来してるんだろ? そんなときなのに手間掛けさせちゃって悪いね」


「いえいえほほほ」


「じゃな、勇者ちゃん。母ちゃんしっかり守れよ?」


「あ、待ってくれ」



 去ろうとする二人を、勇者ちゃんの母が止めた。



「ついでで悪いが、あたしとこの子を城まで連れていってくれないか? あたしゃ身体が不自由な身だが、まだ多少は魔物退治の役に立てるかもしれない」


「どういうことですか?」



 フィーネが尋ねると勇者ちゃんの母は眉を潜めながらも飄々とした顔で笑った。



「起動させるのさ」



 と。


 

「勇者の『武具』をな」

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