第5-2話フィーネという女の子

「こらおまえら、そんなところで何をしている!」



 カン高い声の怒声が響いた。

 発せられた声の方へと目を向けると、太った貴族にエリンを始めとした見物人が怒鳴られていた。



「え? ああいや、コレでっかいな~って……」



 ひょうけた顔でエリンが答える。私は眉をひそめた、あれは悪気のない顔だ、そして禄でもないことになる前兆の顔だった。



「ええい、寄るな寄るな! 見世物ではないわ。お前らみたいのに近寄られるだけでサビが浮く!」


「ムカ。それならこんなデカイもん街道沿いに置いとくなよ。見るなってのが無理ってもんだ」


「冒険者風情が聞いた口を。いいか、お前らが何年掛けてもこのゴーレムのパーツ一つ買えることはないんだ。触ってなにかあったらお前が奴隷になったところで弁償できないん

だぞ! もう一度言う、近寄るな貧乏人、散れっ散れっ!」



 人垣を散らすようにぶんぶんと杓を振る太った貴族。子供が倒れるのもお構いなしに唾を飛ばしている。

 エリン以外にもちょこちょこ群がっていた見物人が、鼻白んだ顔でその場を離れていく。

 エリンは、と言うと、



「ふーん」



 と目を細めて、トコトコとゴーレムの足元に近づいていった。



「おい、こら。だから近づくな、と。衛兵! こいつを捕ら――」



 太った貴族のことなど目にも入らないといった風情で、エリンはゴーレムを見上げる。そして、



「とりゃ」



 勢いつけてゴーレムを蹴っ飛ばした。

 ざわっ、と周囲が息を呑む。



「とりゃああああっ!」



 大声で気合を入れて、もう一度。

 今度はゴィィィン、と鈍い金属音が響き渡る。ずんぐりむっくりなゴーレムの巨体がゆらぎ、足をもつれさせた。ズズゥン、という地鳴りが響き、倒れてしまうゴーレム。



「どーだルナリア、あたしの勝ちぃっ!」



 楽しげな顔でこちらに向けて手を振るエリン。私は顔面を手で押さえて頭を振った。フィーネ君はというと、……あれ? いない? と周囲を見回してみると、隣に居たはずのフィーネ君がいつの間にか姿をくらませていた。

 どこにいったんだ、と探してみれば勇者ちゃんの手を取ってさっさと大橋を渡っていた。



「先に検問抜けて買い物済ましておきますわー。ごゆっくりー」



 と、フィーネ君が手を振ってきた。

 面食らうとはこのことだ、おいおい確かに先に買い物しておいて貰った方がいいかもだが!



「衛兵! 衛兵ぃぃぃぃいっ!」



 太った貴族がひと際甲高い声を上げると、街道横でくつろいでいた兵士たちが、エリンの方へと走ってきた。なめし革の鎧や鉄鎧、着ているものが様々だ。混成の私兵団といったところだった。

 ぐきゅっ、ぐきゅっ、と草を踏みしめながら一斉にエリンを取り囲もうとするので――、



「スネアッ!」



 兵士集団のトップを走る何人かに、魔法で足元に即席のトラップを仕掛けた。兵士の足元で、土がへこみ草が足首に絡みつく。



「おわっ」「なんだっ?」「うわわっ!」



 先頭が転ぶと、勢いのついた後ろもそれに倣ってしまう。



「ナイスだ、ルナリア!」



 と、エリンが袖をまくり上げて舌なめずりをしたので、私は急いで走り込みエリンの二の腕を掴んだ。



「おいエリン、逃げるぞ!」


「えー?」


「今無駄に諍い事を起こしてどうするんだ、検問前だぞ?」


「だってあいつがー」


「いいからこいっ!」



 エリンを引っ張って、川沿いへと走りこむ。

 河原の石が走っている足の裏に、デコボコと痛い。

 揉め事を起こしてしまった以上、すぐには検問も通れまい、ちょっと時間を潰すしかない。

 

 後ろでは太った貴族がなにやら大声をあげているが、兵士たちは逃げたこちらを本気で追うまでの気がないようだ。まばらにやる気のない速度で走ってくるだけなので、これならすぐに逃げ切れるだろう。


 予想通り、五分もゆっくり走ったら、追っ手の兵士は完全に振り切れた。兵士だって金にもならないイレギュラーな仕事はご免なのだ、貴族にはこの辺をわかっていない奴がいる。金を払っているのだから働け、という態度じゃ、やる気も出ないというものだ。



「はー疲れた」



 とエリンが息をつく。



「はあ、ひい。私は……もっと、疲れた」



 持久力にはちょっと自信がない。こちらはしがない魔法使い、冒険者とはいえしょせん肉体職とは違うのだ。杖をついて、その場にしゃがみ込む。



「はー、まあいいか。ゴーレム蹴飛ばしたときのあいつの顔ったらなかったぜ」


「勘弁してくれよ、まったく」



 私は苦笑した。

 終わってしまえば、太った貴族の滑稽な声だけが思い出される。私もまあ、ああいう類の居丈高な貴族は好きじゃないのだ。

 だが、その代償としてだいぶ時間を失うこととなったわけで。



「反省はすること」


「へへー!」



 平謝りに謝るエリン。私たちは仕方なく、ゴーレムが大橋を去るまで時間を潰すことにした。

 エリンの腹がグゥと鳴ったので、魚を取って飯を作ることにする。川の岩に向けて爆発の魔法を使うと、岩に隠れていた魚が気絶して浮かび上がってきた。エリンはそれに塩をたっぷりまぶして焼いた。

 むしゃり。口にすると止まらない。ホロホロと崩れていく柔らかい身を追いかけるように、口の中へと追い込む。



「ん、その額、どうしたんだ?」



 食事中にエリンが言った。なにがだい? と返事をすると、「なんかアザになっちゃってるぞ?」とエリンが言う。



「ああ、昨日大男と戦ったとき出来ちゃったんじゃないか?」


「ふーん、なんか変な形のアザだな。まるでどっかの紋章みたいだ」


「は?」



 私は川べりにしゃがみ込んで、自分の額をみなもに映し出した。



「ホントだ、なんだこりゃ……」


「てかおいルナリア、そのアザ、なんか光ってないか?」


「なにを馬鹿言って……、アザが光るわけ」


 ないだろう、と言いさしたところで私は動きを止めた。

 突然脳裏に、勇者ちゃんの姿が映った。なんだこれは? と私は自問する。この映像はなんなんだ?

 それはフィーネと一緒にいる勇者ちゃんが衛兵に絡まれている姿だった。

 橋を渡った向こうで二人が詰問を受けている。「おまえたち、あいつらの仲間だろう?」

と、騒ぎを起こした私らのせいで衛兵に囲まれていた。

 オロオロしているフィーネ君に向かって、衛兵の一人が剣を抜いた。



「勇者ちゃんたちが、ピンチだ」



 思わず口から、ポロリと零れた言葉。エリンが聞きなおしてくる。「なんでそんなことがわかる?」私は目を見開いて答えた。「わかるんだ」

 私はエリンの腕を掴んだ。



「ウインドリープ!」



 跳躍と呼ばれる大ジャンプの魔法を唱え、エリンを引っ張ったまま大きな川を一気に飛

び越えようとする。



「ば、ばっか! 届くわけないだろーっ!」


「大丈夫!」



 川の半ばまで大きくジャンプしたのち空中でそこから、



「エアグライディング!」



 と魔法を切り替えた。これは高所から緩やかに滑空する為の魔法だ、川の向うべりが二人に近づいてくる。エリンがやや呆けた顔で私の横顔を見つめてきた。



「すごい。……おまえ、こんな器用だったっけ?」



 川の対岸に渡り終えた私は即座に走った。エリンも後ろに続いてくる。

 橋のある方へ。そこでは市が立っていて、街道の両脇に行商人や簡易屋台がひしめいていた。わいわいと人が行き交う街道の中心で、フィーネ君と勇者ちゃんが衛兵たちに囲まれている。



「おい相手は衛兵だぞ? あとが面倒だから手荒なことはしてくれるなよ!?」


「キミがそれ言うか!? だがわかっているスリープクラウドだ!」



 私の詠唱が完成すると、勇者ちゃんたちを囲っていた衛兵の数人がパタパタパタと眠りに倒れた。これは強制的に生物を眠らせる魔法だ。囲いの一角が崩れた。



「フィーネくん! 勇者ちゃんを抱えて走れ!」



 私の言葉が届くのを待つまでもなく、フィーネ君は行動を起こしていた。フラッシュライトという目くらましの魔法を使い、その隙に勇者ちゃんを抱えて走り出している。その行動は、ぴゅーん、と素早い。

 私たちは合流し、街道を逃げ走った。

 追っ手を殺傷性の低い細かい魔法で妨害しつつ、ひたすらに逃げる。ここまでやってしまった以上、捕まるわけにはいかない。息が切れてきたら、フィーネ君が大ヒールの魔法を使ってくれた。ヒールはスタミナの回復にも役立つのだった。ヒール! ヒール! ヒール! と。フィーネ君が目を回しかけた頃に、やっと追っ手も諦めたようだった。



「も、もう無理! 動けませんわー!」



 そう言って、昼下がりの平原に倒れ込むフィーネ君。のどかに蝶も舞っている。



「珍しくよく働いたなーフィーネ君」


「め、珍しくだなんて失敬な! わたくしいつでも全力疾走、労力を惜しむなんてことは一辺たりとも……げほげほげほ!」


「悪かった悪かった、確かに今日の殊勲はフィーネ君だ。ヒールのお陰でどうにか逃げ切ることができたよ」



 ぜはーぜはーと草の上に大の字で寝転んでいるフィーネ君に向かって、私は笑顔で告げた。



「いえいえ。そういった意味ではルナリアさんたちも、よく追い付いてくださいました。よくこちらがピンチとわかりましたですわね」


「そうだよルナリア、なんでわかったんだ?」



 脳裏にピンチになった勇者ちゃんの姿が浮かんだんだ、と私は答えたが、二人には「なにを言ってるのかわからない」という顔をされてしまった。



「ルナリアは心配性だからなー」



 わはは、とエリンが笑う。私もこの話をしつこく続ける気はなかった。自分でもなぜあんなビジョンが見えたのか、理解できていないのだ。

 私は前髪を弄った。毛で額のアザを隠したのだった。なんでもないなんでもない、と気にしないようにして、フィーネ君の隣に座り込む。

 ふうとひと息。キョロキョロと周囲を見ると、勇者ちゃんが少し高い丘の上で南西を見ていた。



「どうしたんだい勇者ちゃん?」



 私の声に、勇者ちゃんは無言で遠くを指差した。そこには森が見えていた。



「ああ――」



 と私も目を細めた。



「あれか。あれが夢見る森」



 目的地が見えてきたのであった。

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