第6話キ族の遺跡

 森の中をさまよった私たちは、やがて白い花に埋もれた古い祠を見つけることができた。なかなか見つからなかったのは認識阻害の魔法で守られていたからで、フィーネ君がその魔法を見破ってくれたのだった。

 苔むした祠の階段を下りていくと古い石扉があった。

 扉に掛かっている鍵を私の開錠魔法で解き、中に入っていく。


 扉の先にあった更なる階段を下りていくと、そこはホールのような空間だった。


 たぶん、かなり広い。

 憶測なのは、松明の明かりが奥まで届く気配すらないからである。

 見えるのは右手の炎に照らされた狭い範囲、左手を添えた壁と足元の床くらいだ。どちらも濡れているが滑りにくい石材を使っているらしい、その点だけは安心できた。


 水滴の落ちる音が聞こえる。

 帽子の鍔から雫が垂れた。歩いているだけでローブが濡れてゆく。

 階段上の湿気も十分酷かったが、ここはそれに輪をかけた湿度の高さだ。チロチロ揺れる炎が、水濡れた床と壁に反射する。



「……空気は思ったほど淀んでいないのだな」



 それはつまり、なにかがここで活動している証である。



「魔物の住処にでもなっているのでしょうか」


「たぶんな、これはダンジョン化してそうだ」



 ダンジョン化とは、古い遺跡が魔力や妖気に中てられて構造が変質してしまうことを言う。魔に属する魔物がどこからともなく涌き、人の訪れを拒む魔物の温床となってしまう現象なのだった。



「警戒しよう。エリン、先頭を頼む」



 こうして私たちは祠の地下に潜っていった。

 予想通り、少し進むと魔物が襲い掛かってきた。ケイブリスと呼ばれる洞窟リスだ。リスと言っても体長は五十センチを下らない、群れで襲ってくるところが厄介な相手だった。

 私たちは勇者ちゃんを中心に陣を組み、魔物を撃退する。勇者ちゃんも木剣を振るって魔物に立ち向かう。が。



「おいエリン、勇者ちゃんまだ実戦を戦うには早くないか!?」


「うーん確かに。筋は良さそうなんだけどなぁ」



 それでも街周辺の魔物に苦労していたとは思えない体捌きを見せる勇者ちゃん。エリンの言う「筋が良い」というのもあながちお世辞ではなさそうだった。エリンが剣の振り方を教えると、素直にその「型」を再現する。



「いいぞ勇者ちゃん、感じ感じ!」



 勇者ちゃんはエリンに言われたことを忠実に繰り返す。私は感心した、この素直さと実直さがあれば魔法も案外すぐに覚えられるかもしれないなと。



「はいはーい、集まってください皆さーん」



 結局一歩も動かなかったフィーネ君が、これまた一歩も動かずに魔法の準備をする。



「大、回、復、!」



 光がフィーネ君の杖集まって、一気に拡散する。

 小さい擦り傷、切り傷の後が、みるみるふさがっていく。弾んでいた息もすぐに穏やかになり、呼吸が楽になる。フィーネ君の能力自体はありがたい、勇者ちゃんも居ることだし、ついてきてくれたのは案外渡りに船だったのかもしれない。


 ダンジョン化した遺跡の中では淀んだ瘴気から魔物が生じるし、普通の動物も影響を受けて狂暴化する。遺跡としても構造もだんだん変わっていく為に、遺跡の地図などがあっても大方役に立たなくなってしまう。

 遺跡の中は、人工的な造りの壁や床と、天然の洞窟じみた岩肌剥き出しの通路が、半々くらいの比率で混ざり合っていた。もとからこうだったのか、ダンジョン化してこうなったのかはわからないが、私たちは今、鍵の壊れた小部屋の中を漁っている。



「これを見てくれフィーネ君」



 朽ちかけた木のテーブル上に、松明を近づける。そこにはダンジョンになる前の遺跡見取り図が置いてあった。



「下層があるようですわね」



 どうやらこの祠は、なにかの研究施設だったようで、資料のようなものが大量に置いてある部屋がいくつもあった。

 資料の内容は、残念ながらよくわからない。

 夢がどうの、と書いてあるのはわかったが、ちんぷんかんぷんだ。



「この森……、夢見る森についての研究なのだろうか」



 フィーネ君に話題を振ってみるが、フィーネ君はどこか上の空。どうもさっきから、なにかを探しているようだった。



「おーい、こっちの部屋にも色々あるぞー」



 他の部屋を探索していたエリンの声に引っ張られるように、フィーネ君がピャーッと走り出す。なにをそんなに一生懸命に探しているのだろう。挙動が不審すぎる。

 私のそんな視線を気に留めた風もなく、フィーネ君はあっちの部屋こっちの部屋へと、ピャーッと走り回る。



「フィーネの奴、やたら張り切ってんな」



 エリンが頭を掻き掻き、部屋に入ってきた。



「どうもなにか企んでるらしい。こちらの邪魔さえしなければ別に構わんが、さて」


「きゃあぁぁあーっ!」



 そんな矢先にフィーネ君の叫び声が響き渡った。

 トラップにでも引っかかったか魔物にでも出会ったか、あっちこっち慌てて動きすぎだ!


 急いでフィーネ君のもとに向かうと、そこにはミミックと呼ばれる宝箱に擬態する魔物に上半身を飲み込まれたフィーネ君がいた。「トラップに引っかかって魔物に出会った」が正解だった。

 両方か、と呆れかけたがそうも言ってられない。



「とりゃーっ!」



 エリンが、大きな宝箱ことミミックを蹴っ飛ばす。ペッと吐き出されたフィーネ君は、上半身が粘液まみれだ。



「爆発!」



 蹴っ飛ばされて転がったミミックに、爆発の魔法を使う。ドドォン! という轟音と共に、宝箱に擬したミミックが爆散した。



「エリンさぁん……」



 べとべとなフィーネ君がエリンの方にフラフラ近寄っていく。エリンが飛びのいた。



「ぎゃー! くるなバッチイ!」



 勇者ちゃんがフィーネにタオルを渡す。



「ううう、ありがとうございます勇者ちゃん」



 とりあえず顔を拭いたフィーネが、今度は足を拭こうとして壁に手をつくと、壁がクルリと回転した。シークレットドアだ。



「きゃあぁぁあーっ!」



 壁の向こうに消えるフィーネ君。消えた先で、ゴロゴロと何かが転がっていく音がする。大丈夫か!? とルナリアが壁を調べてみると、壁の向こうは斜めの急坂になっていた。どうやらフィーネ君は更なる下層に転げ落ちてしまったらしい。

 坂の下に向かって大きな声を掛けても下からは反応がない。仕方なく私たちは、この急坂を三人で降りることにした。

 狭くて危ないので松明は一旦消し、杖の先に魔法の明かりを灯す。勇者ちゃんを守るように挟んで三人で急坂を降りていくと、下から光が見えてきた。



「光? フィーネ君が灯してるのかな?」



 果たしてそうではなかった。坂を降りきったそこは、完全に人工的な構造物だったのだ。

 磨かれた大理石のようにつややかだが、決してツルツルではない床、淡く光る石で作られた壁にはいくつもの溝が走っており、そこを時折り光が通る。

 これまでの祠とは全く違う素材、質感。



「……キ族時代の超古代遺跡だ」


「久々だな、この感じ」



 私の言葉に、エリンがニヤリと笑った。

 キ族時代の遺跡には大抵ガーディアンゴーレムがいる。もし戦う必要があるならば、それは激しい戦闘になる。



「祠からキ族の遺跡に繋がっていたのが偶然とかあるまい。そうなると、上の祠はキ族遺跡の調査施設だったというところか」


「難しい話はルナリアに任せるよ。へへへ」



 エリンは嬉しそうな顔で床にしゃがみ込む。



「ネバネバがこぼれてるぜ。フィーネはたぶん、あっちだ」



 歩き出したエリンに私と勇者ちゃんが続く。勇者ちゃんはと言うと、相変わらずの無表情で、しかしキョロキョロとせわしなく首を動かして周囲を見ていた。



「そうか勇者ちゃんはこういうのを見るのは初めてか」



 こくこく、と頷く勇者ちゃん。



「これは何千年単位で昔の、『科学』と呼ばれる学問が今よりも発達していた時代の遺跡なんだ。我々の使う魔法の基礎は、その頃に創られたものだと聞く。ゴーレムや古代魔法といった現在では原理のわからないモノが幾つも生み出されていた黄金の時代さ」



 私は勇者ちゃんに語りながら、杖に灯していた光の魔法を消した。

 壁が光っているのだ、通路全体が明るい。

 フィーネ君が残したであろう床のぬるぬるに、光が反射している。

 緩やかにカーブを描く通路をぬるぬるに沿って進むと、やがて一つの扉があった。扉には取っ手も引き溝もついていない。素材は壁と同じものだが、色が違っていた。

 淡いクリーム色の扉にエリンが手をかざす。

 すると、シュン、と小さな音を立てて戸が横にスライドした。キ族時代の遺跡は大抵こうだ、特別な鍵が掛かっている部屋以外は取っ手もなにもないが、軽く手をかざすと自動的に開いてくれる。



「おいルナリア、これ……」


「すごいもんだな」



 扉の中は大きなホールになっており、幾体かゴーレムが並んで安置してあった。起動はしていないようで、我々に反応しない。これら全部を相手にするのは無理だ。動いていなかったことに、私は感謝した。



「ハインマン殿の言っていた国益とは、これのことか? 確かにこれだけのゴーレムを無事発掘できれば、多大な戦力になりそうだが」


「発掘し忘れたんかね? これ」


「夢見る森の事件で発掘が途中で止まっていたのかもしれん」



 そのとき、ホールのどこかで声がした。

 フィーネ君の声だ。



「あっちだ!」



 と、エリンがホール奥に向かって走り出した。私もそれに続く。



「眠りし者、未知鉄の空器よ」



 居た。フィーネ君だ。

 鎮座して頭を低くしたゴーレムの額に杖をかざし、なにやら呪文を唱えている。



「アブラル・セドラル・ロジヌ――」



 後半の詠唱は、言葉を成していない「唄」に近いものだった。高くなり低くなり、うねる音の詠唱。ゴーレムの額に当てた杖の先が淡く光っている。



「なにをしているんだフィーネ君!」



 私は走りながら声を上げた。

 


「あらルナリアさん。いえ大したことでは、おほほ」



 フィーネ君の足元に転がったバックサックの中から、大量の宝玉が散らばっている。そういえば、と私は思い出した。フィーネ君が関所で言っていた、ゴーレムを操る為の「コア」が今、闇市場にたくさん出回っているという。



「まさか、ゴーレムを使役するつもりなのか!?」



 うふふ? と、フィーネ君が笑った。



「その通りですわ。これは制御杖をゴーレムの額に当て主従を決める、誓いの儀式! ここに大量のゴーレムがあるから、と教えて頂き、コアを預かってまいりましたの!」


「誰に!」


「秘密ですが大丈夫! ルナリアさんたちにも、ちゃんと分け前は弾みますから!」


「そういう問題じゃあない、こっちの依頼はどうなる!」


「依頼はここの祠の封印を解くことだったはず、問題ないはずですの」


「なんの為に封印を解くのか、という話だ!」


「そんなことは知りません! さあ、最後にこのコアを嵌めた杖でゴーレムの額を小突けば……。我が求めに応じ、守護者たる使命に目覚めなさい、ゴーレム!」


「フィーネ君!」



 私は杖を構えた。

 最悪、フィーネ君と一戦交えることになっても止めるつもりだ。こちらの依頼者であるハインマンがゴーレムを望んでいる可能性がある限り、フィーネ君の話には乗れない。



「おほほほほほほほほっ!」



 フィーネ君がゴーレムの頭に乗っかった。

 ゴーレムの目が光り、駆動音が鳴りだした。チュイーン、チュイーン、と関節が動くたびそこから音が漏れる。

 ゴーレムは立ち上がり、頭の上に乗ったフィーネ君を――、



「あら?」



 投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたフィーネ君は壁に一直線、大の字でぶつかると「はぴっ!」判別不可能な声を出してその場にパタリコと倒れる。



「……使役、出来てんのかあれ?」


「いや、どうみても出来てないな」



 ルナリアとエリンが目を合わせる。



 フィーネを投げ飛ばしたゴーレムが、二人の方へと向かってくる。エリンが「ひひ」と目を細めて笑った。



「……上等!」



 と舌なめずりをして、剣を構える。



「ルナリア! 勇者ちゃんの守りは任せたぜっ!」


「エリン、身体を強化する! ――防御魔法!」



 杖の宝玉から文字の形をした光がこぼれ落ちる。光で出来たルーン文字を、私は杖を振ってエリンに飛ばす。エリンの周囲に魔法の障壁が漂い始めた。


 やどかりのようにずんぐりとした巨体を持ち上げて、ゴーレムが攻撃しようとする。エリンはそのパンチを、バックステップ――などしない。屈んでパンチの横をすり抜けながら、前に出る。蹴飛ばして、ゴーレムのバランスを崩してから、胴に向かって剣を一振り。だが。

 ギャリリン! と大きな金属音と共に、エリンの剣が弾かれた。



「ルナリア、こいつかったい!」


「わかってる、ちょっと待て!」



 私は再び魔力を練る。



「受け取れ、魔力付与!」



 輝くルーンを杖から飛ばすと、エリンがそれを剣で受けた。

 武器の硬度を上げ、切れ味や威力を増幅させる魔法だ。魔法受けを取った勢いのまま、剣を振りぬくエリン。装甲の薄そうな脇付近を斬りつけて、そのままゴーレムの背後に回る。



「勇者ちゃん、こっちへ!」



 私は勇者ちゃんを連れてゴーレムとエリンから離れた。



 私は二つの支援魔法を投げたのち、位置取りに腐心した。エリンの剣は縦横無尽、動きが激しいので攻撃魔法での支援は難しい。だがあと一つ、鈍化の魔法だけはゴーレムに掛けておきたかった。鈍化は相手の動きを遅くする魔法、それが掛かれば関節部を狙うのがたやすくなるだろう。



「おいルナリア!」


「ん?」


「鈍化は要らねーぞ!?」


「なんでだエリン?」



 ゴーレムのパンチを避け、パンチを避け、パンチを避け、タックルを避けて、エリンが笑った。



「たまにゃ、あたしにも遊ばせろ!」



 と、剣でゴーレムの指を砕く。肘を砕く。腕の付け根を砕く。

 エリンがノリだした。

 こうなると、私が手出ししたら却って怒られてしまう。 



「やれやれ」



 私が杖を下ろして棒立ちになると、勇者ちゃんが心配そうな顔で私の方を見た。



「大丈夫だ勇者ちゃん、あいつは強い」



 もちろんゴーレムも強いのだ。戦場では並の兵士を十人まとめてなぎ倒すと言うし、実際にフィーネ君などは吹き飛ばされて一瞬にしてバタンキューだ。

 だがそんな攻撃も、当たらなければ意味がない。ただ硬いだけの置物になってしまう。

 敵が複数いてエリンの行動を阻害するとかでなければ、エリンはそうそう負けない。それは相手がゴーレムであっても同じことなのである。



 エリンの援護をやめた私は、フィーネ君が床に落としたバックサックを拾いにいった。中には同じような宝珠がたくさん詰まっている。もしかしてこの数ぶんのゴーレムを起動させて持ち帰ろうとしていたのだろうか? 強欲すぎるだろう。



「よしルナリア、満足したっ!」



 見ればゴーレムが全ての関節を砕かれて横たわっていた。チュインチュインと駆動音こそするが、動力を四肢に伝えきれていない。



「とどめは任せるぜ」


「わかったわかった。――爆発!」



 ゴーレムの関節という関節から、ひと際大きな青い火花が散り、やがて動きを止めた。なにがあるかわからないから、魔物を含め敵性個体にはしっかりトドメを差す。

 これは冒険者の基本だ。



 と、そのとき。

 白く光っていた壁が、突然赤く明滅し始めた。

 ビー、ビー、と、けたたましい音が耳をつんざく。



「ありゃ?」



 と、エリンが頭を掻いた。



「しまったな」



 と、私も眉をひそめた。トドメを差したことがトリガーになったのだろうか、警報が鳴ってしまった。

 チュイン。チュイン。キュイーン!

 警報に混ざって、ホールの中で一斉にゴーレムの駆動音が鳴りだした。



「多すぎる! あんな数相手にできるか!」



 私は勇者ちゃんの手を引いた。



「いったん逃げるぞエリン!」


「あいよ」



 一匹倒して満足したのか、エリンは素直に頷いた。壁際でノビているフィーネ君を抱えるとホールに入ってきた扉の方へと向かう。私たちもそれに続いた。

 扉は人の大きさだからゴーレムは追ってこれない。扉を閉めてそう安堵したのも束の間、他に大きな扉があったのか別のゴーレムがやってきたのか、廊下の方でもゴーレムの歩く音が響いてきた。



「坂には戻れそうもないぜルナリア」


「仕方ない、いったん奥へ行こう」



 奥へ奥へ。

 私たちが奥に向かうほどその通路は暗くなっていった。足元が急にデコボコし始める。気がつけばそこは自然窟となっていた、先ほどまでのように壁が光っていたりはしない。

 けたたましい警報と赤い光が、背後に小さくなっていったのだった。

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