第7話夢の話

「ほらルナリア、おかわりはどうだ?」


「私はもういいよエリン、勇者ちゃんが食べ盛りだ、彼女にあげてくれ」


「あいよっ! ほれ勇者ちゃん、たくさん食べろよー?」



 私たちは今、地底湖の岸辺でキャンプを張っている。

 別にテントを張ったりしているわけでなく、松明を使った焚き木を囲んでいるだけだがエリンが肉のスープを作ってくれたので身体が温まる。



「この肉ってここで倒したケイブリスのものか?」


「そそ。ちょっと取っておいて塩振っといた」



 ところどころ焦げがあるのは、私が使った爆発魔法の為だそうだ。剣だけで倒したものを選べばいいのに、というと、爆発で微塵になった肉の方が解体の手間がなくて拾いやすかったのだとエリンは答える。なるほど。



「フィーネも食べろよ、まだまだあるぞー?」



 頭まで毛布を被って隅で寝転がっているフィーネ君に、エリンが声を掛けた。



「しくしく、しくしく」



 と、先ほどからわざとらしいまでに声を上げて、フィーネ君は毛布にくるまっているのだ。



「わたくしの、わたくしの野望が。ゴーレムを大量に売りさばいてハッピー計画が。しくしく、しくしく」


「放っておきたまえよエリン。食べたくない者に無理をさせる必要はないさ」



 フィーネ君の声が、ピタリと止まる。

 焚火の燃える音が、暗い洞窟の中に沁みて消えていく。

 ぴちょん、とどこかで水の雫が落ちる音がした。

 グゥゥ、と虫の声。

 これはフィーネ君の腹の虫が鳴く声だ。



「しくしく、しくしく」



 目を細めたエリンが仏頂面で立ち上がる。



「あーもう、鬱陶しい! 食べろ食べろ!」



 と、フィーネ君の毛布をひっぺがす。

 引っぺがされた勢いで、くるくるくる。フィーネ君が回転する。

「ふえぇぇえん!」と泣きながら、フィーネ君は木の器とスプーンを握った。パクパク肉を食べ始める。



「で、誰に渡されたんだあのゴーレムコアの『ニセモノ』」


「……わかりません」



 ぐすっ、ぐすっと鼻水をすすりながらジュルルとスープを飲み干すと、フィーネ君はおかわりをした。



「ちゃんと触ってみればすぐわかっただろうに。あれらのコアは魔力波動が新しすぎる、とてもキ族時代のシロモノとは思えない。欲に目が眩むから眼が曇るんだ」


「しくしく、しくしく」



 食べ終えたフィーネ君は、体操座りの姿で横にコロンと転がった。とりあえず毛布の中に戻りはしないようで私は安心した。

 残ったスープを木の器に移し、鉄鍋を火からおろすエリン。片手で器用にスープをすすりながらフィーネ君の方を向いた。



「コア渡してきた奴の顔すらわかんねーの? なんで?」


「……宿に帰ったら、部屋の中に置いてありましたの。手紙と一緒に」



 その手紙には、私とエリンについていって、この遺跡のゴーレムを起動してきて欲しいと書いてあったという。起動したゴーレムを好きにしていいとのことだったので、大乗り気で出向いてきた、とのことだった。



「キミがこの祠を見つけることが出来たのは……」


「それも手紙に書いてありました。だいたいの位置と、認識を阻害する魔法でカモフラージュされているから気をつけろ、と」


「なるほどね」


「……怒ってます?」



 フィーネ君が、背を向けたまま聞いてきた。



「まあね」


「……ごめんなさい」



 私は苦笑した。

 フィーネ君はとても苦手だが、不思議と嫌いにはなれないのはこういうところだ。悪いことや迷惑なことをした後には、こうやってペラペラ喋って謝ってくる。どこまでそのごめんなさいが本当なのかは正直疑問なのだが、なんとなくほだされてしまう。



「んで、このあとはどうする? 地底湖まで出てきちゃったけど、先に進んでみるかキ族の遺跡に戻るか。ゴーレムたちはもう追ってきてないだろ」


「とりあえず、今日のところはもう寝よう。地下だから日はわからないが、もう落ちて随分経ったはずだ」



 横を見ると、さっきまでスープを啜っていた勇者ちゃんがウトウトしていた。

 ああそうだ、と私は思い出したので背負い袋の中をゴソゴソと漁り、一冊の本を取り出した。



「勇者ちゃん……、こんなタイミングになってしまったが」



 背負い袋の中をルナリアはごそごそ。一冊の本を取り出した。



「これは私が魔法を勉強した教本だ。これをキミに貸してあげよう」


「お。やっと勇者ちゃんに魔法を教える気になったか」



 エリンがニマニマ笑う。勇者ちゃんは私の手から本を受け取った。勇者ちゃんの小さな身体を比較すると、その本は抱え込むくらいに大きなものに見えた。



「いいかい勇者ちゃん、魔法はまずイメージだ。呪文や儀式も大事だけど、それらは自分の中にあるイメージを膨らまして現実に投影する道具にすぎない。だからもし勇者ちゃんが『移動の魔法』を使えるようになりたいならば、まず空を飛んで街から街へと渡る自分の姿を強くイメージできないといけない」



 私は勇者ちゃんの目を見ながら微笑んだ。



「とまあ、こういうそれっぽいことがアレコレとその本には書いてある。勉強するんだ勇者ちゃん」



 こくこく、と目を輝かせて頷く勇者ちゃん。



「まあ、今日のところはしっかり寝ることが大事だがね」



 と言って笑い、私たちは寝入りの準備をした。焚き火を囲って輪になる。ゴツゴツとした岩場で背が痛いが、仕方ない。

 それでも目をつぶると、闇があっという間に自分の周囲を包んできた。

 ゆっくり落ちていくような感覚は、身体の疲れが岩の中に沁みだしているからかもしれない。身体が岩に溶けちゃったら嫌だな、なんて馬鹿みたいなことが頭の中をぐるぐる回ってる。



「ふぁー、あ」



 と欠伸を一つ。

 私は夢の中に落ちていった。



☆☆☆



 初めて発火の呪文が成功した。

 服に飛び火させてしまった私は、びっくりして泥の水溜りに飛び込む。


 全身ぐしょぐしょの、どろどろ。

 でもそんなことより、発火の呪文が成功したことが嬉しくて、そのまま近所を歩き回った。

 誰かに訊いてきて欲しかった。どうしたの、そこ焦げてるよ? って。

 そうしたらこう答えるつもり、――発火で焦がしちゃったの!


 みんながこっちを見てる。

 でも話しかけてくれる人はいなかった。なんだかみんな、笑ってばかり。あれれ? と私が笑い声の方をを向くと、顔を逸らされる。なんでだろ、おかしいな。


 首を傾げてると、誰かが私を指さした『やーい泥だらけ! きったねー!』


 私は家に帰った。

 泥だらけなので、服を着たまま一人で湯浴みしたら、お婆さまに見つかって怒られた。

 服を着たままお湯を浴びるなんて、なんとはしたない! そう言ってお婆さまが私の服に手をかける。

 そしてジロリ、とお婆さま。『この焦げあとはどうしたんだい?』


 私は誇らしげに。

『ごめんなさいお婆さま!』

 焦げた袖とスカートの裾をひるがえしながら、両手を広げてその場でクルリ。――違うのお婆さま、これは火遊びの痕じゃない。

『発火で焦がしちゃったの!』

 謝ってるのに頭を下げない。

 えっへんと胸を張る。だって私は魔法使い! お婆さま、すごいでしょ!?


 ばしゃあ、と頭にお湯が降ってきた。『はしたない、そういう風に笑うものじゃありません』と、咎めてくるお婆さま。

 だけど目を丸くした、驚いた顔。


 えへへ、と笑いが止まらない。

 私、魔法が使えるんだよ! そう言って、びちゃびちゃな身体のまま、お婆さまの服に抱きつく。


 私はまた怒られた。

 不思議。怒られてるのが嬉しくて仕方ない。こら、とおでこを叩かれる。まったくもう、と髪の毛をゆすがれる。流れるお湯で身体中がポカポカだ。あったかいのが好き。髪の毛触ってもらうの、大好き。 

『お前には、才能があるんだねぇ……』

 お婆さまの笑顔、大好き。



☆☆☆



 ぼんやりとした頭を抱えながら、私は毛布の中から上半身を起こす。

 夢を見た。

 初めて発火の魔法を使えるようになったときの夢。

 夢というよりは、記憶をそのままなぞった映像のようだった。妙にはっきりしていた。



「……やな夢を見た」



 なんともふわふわした苦い気分が心地悪くて、私は立ち上がった。地底湖のみぎわまで歩き、しゃがんで顔を洗う。冷たい水が胸元まで滴り落ち、一気に目が覚めた。


 消えかけた焚き火に揺れる湖面は、静かなものだ。奥はどこまで続いているのだろう、光が届かずまったくわからない。

 私は焚き火に松明を追加しようとして、やめた。

 残りが二本だったからだ。明日は魔法の光を灯しての探索になるだろう。



「なにしてんだ? ルナリア」



 エリンが起きてきた。



「やあエリン、起こしてしまったか?」



 まだ焚き火に火が残っている。

 眠り始めてさほど時間は経っていないはずだった。



「いやぁ、なんか変な夢みちゃってさ」



 寝ぼけまなこでライオンのような金髪頭をポリポリ掻くエリン。起きざまだと普段より一層髪が爆発している。



「はは、私もだよ」



 と、私も頭を掻いた、そのとき。



「一銀貨は軽い~、銀貨十枚もまだ軽い~♪ 銀貨百枚はちょっと重いけど、代わりに足取りが軽くなる~♪ むにゃむにゃ」



 なんか唄が聞こえてきた。

 私とエリンがそちらに目を向けると、フィーネ君が毛布にくるまったまま声を出していた。



「……やっぱり金貨が一番」



 私たちは顔を合わせた。



「なんだあれ? 起きてんのか?」


「いや、まだ寝てるみたいだが……」



 近づいて、ちょっと声を掛けてみる。



「……フィーネ君?」


「フィーネ?」



 するとフィーネ君は、上半身だけをむっくり九十度に起こし、機械仕掛けの自動人形のような動きで首だけを私たちの方へと向けた。



「おかね? だいすきですわ?」



 目が開いていない。

 やっぱりまだ寝てるのだ、よだれのあとが幸せそうである。良い夢を見ているに違いない。――私は寝ているフィーネ君に頷いた。



「奇遇だな、私も大好きだ」


「うふふ。銅貨だっておかねおかね」



 目をつむったままの笑顔が、ちょっと不気味。ひとしきり、うふふふふ、と笑ったあとフィーネ君はパタリコと倒れた。



「どんな夢見てるんだ、フィーネのやつ」



 呆れた表情で腕を組むエリンに、私は苦笑い。



「夢の世界にでも招待してくれれば、わかるんだけどな」


「なんだそりゃ」



 とエリンが笑うので、私も笑った。



「古い魔術的考え方に、『寝言に返事をするな』というものがあるんだよ。返事をしてしまうと、夢の世界に引き込まれてしまうってね」


「へー」


「人の夢を見れたら、さぞや楽しいだろう。相手が普段なにを考えているのかまでわかるかもしれない」


「……お、おいルナリア、さっきあたし寝言言ってたりしなかったろうな? 返事したりしてねーよな!?」



 いったいどんな夢を見ていたのか、顔を赤くして慌てはじめたエリンを、私は笑い飛ばしてみせた。



「あくまで昔の人がそう考えていたってだけの話だよ。私は夢の世界なんてないと思うね、人の数だけ世界が存在するっていうのか?」



 私が笑ってみせると、エリンは心底ほっとした顔で胸を撫で下ろす。



「なんだ、そんなに人に見られたくない夢を見たのか?」


「い、いや別に! ……ちょっと昔の夢を見ただけだって」


「おお昔の夢! エリンの恥ずかしい過去が今明らかに!」


「ばか、そんなんじゃねーよ! ……た、ただちょっと、とーちゃん殴って失神させちゃったときの夢を見たってだけだよ」


「失神させた? それは酷い」


「ひどくなんかなーい! だってあんにゃろ、あれほど一緒に水浴びしたくないって言ってんのに、いつもいつも懲りずに――って、あわわ!」


「なんだつまらん。幸せいっぱいな良い夢じゃないか」


「う、うるせー」



 顔を真っ赤にしながらも、どこか楽しそうなエリンに、私はつい醒めた声を出してしまった。


 四つの季節をめぐる一年という時間は、秒数にすると三千五百万秒を数えるが、果たしてその中の何秒が記憶するに値する時間なのか。

 彼女の中にある時間が、彼女の胸焦がしトキめかせてやまないものであることに、軽く嫉妬を覚えてしまう私なのだった。



☆☆☆



 ドスン、バタバタバタ。ドスン、バタバタバタ。

 なんの音だろうか、地に響く音を耳の底に感じて私は目を開けた。



「起きたかルナリア」



 結局昨晩はエリンと共に寝直したのだ。今朝の目覚めはというと、良くもなく悪くもなく。しいて言えば身体中が痛いがそれは下がゴツゴツした岩の場所で寝たのだから仕方ないことだ。



「なんの音だい?」



 私はさっきから聞こえてきていた、ドスン、バタバタバタ、という音の正体をエリンに訊ねた。エリンはニッカリ笑うと、親指で私の背後を指す。振り向いてみればそこには、ジャンプして腕をバタバタさせている勇者ちゃんの姿があった。


 ドスン、バタバタバタ。ドスン、バタバタバタ。

 ドスンは着地の音で、バタバタは腕を動かす音。



「勇者ちゃん、それは……?」


「おまえが昨晩言ってたんだろ、魔法にはまずイメージが大事って」


「え?」


「跳んでパタパタ、羽を動かす。つまりあれは、勇者ちゃんなりの飛ぶイメージさ」


「ああ、なるほど」



 勇者ちゃんはイメージを膨らますために形意から入ったというわけであった。ちょっと騒がしいが、まずは自分でアプローチすることは大事な「儀式」だ。



「いいぞ勇者ちゃん。自分にとって『飛ぶ』とはどういうことかを感じるんだ」



 回り道になるアプローチかもしれない。しかし自分でたどり着いたことには必ず意味がある。私は勇者ちゃんに近づき、頭を撫でた。

 そこにフィーネがどこからともなく戻ってきた。



「あちらは行き止まりでしたわエリンさ……あらルナリアさんおはようございます」


「おはようフィーネ君」



 焚火はとっくに消えており、今はフィーネ君が灯したであろう魔法の明かりが周囲を照らし出している。エリンとフィーネ君の二人は私が寝てる間に、この周辺を調査してきたとのことだった。

 結果、この洞窟はここで行き止まり。ここには地底湖があるだけだったらしい。



「ならば戻るしかないか」


「そうですわね」


「あいよ」



 二人はもう荷をまとめていた。私も荷をまとめて移動の用意をしよう、としゃがみ込んだそのとき。



「キャーッ!」



 フィーネ君が声を上げた。



「どうしたフィーネ君、頓狂な声を上げて」


「な! ないんです! わたくしのゴーレムコアちゃん!」



 背負い袋からコアというコアが無くなっているらしい。



「起きてエリンさんと周辺調査に出るまではあったはずなのにっ!」



 と、フィーネ君は私の方を見た。



「はずなのに!」


「いや知らんぞ、私は寝てたし」


「いやーっ! どこの誰がーっ! 帰ったら市場に流そうと思ってましたのにーっ!」


「やめておきたまえ。ニセモノだったろう」


「ニセモノならそれはそれで需要が!」



 とフィーネ君が力説する。

 どういう需要だ、と私はかぶりを振った。事故を起こすコアの需要など、知りたくない。


 ――。

事故を起こす、コア……?


 そうだ、昨日はフィーネ君のことで頭が一杯だったから、重要なことなのにすっかり失念していた。

 フィーネ君への依頼主は、どうしてフィーネ君にこんなことを依頼した? ゴーレムが暴走する、ニセのコアを持たせた?


 遺跡の保存が第一目的ならばゴーレムを暴走させるなんて手段は取らないで、ハインマンに依頼された私とエリン自体を妨害してくるはず。でもそうしなかった。

 つまり。

 まず、ハインマンを妨害したい勢力がいてそれらが仕掛けた可能性。

 この場合はハインマン自身の敵なのだろう、ハインマンの目的がゴーレムの回収であれ他の理由での遺跡利用であれ、ニセのコアでゴーレムを暴走させてしまえば、どちらも叶わなくなる。


 次は、ハインマンとは直接関係なく単にこの遺跡自体を暴かせたくない可能性。

 なんらかの理由があり、とにかくこの遺跡に人を近づかせたくない場合。このケースも、ゴーレムの暴走で目的を達成できるはず。


 この遺跡は、キ族の遺跡だ。

 過去にキ族の遺跡を大規模調査していた施設、といったものだ。

 どこが調査していたのか、遺跡を一定規模で調査できる力のあるところ。それは国か、魔法学校である可能性が高い。


 国や魔法学校の、古い調査遺跡の存在を知る者。

 それはたぶん、国や魔法学校の関係者だ。

 しかもニセモノとはいえ、あれだけのコア宝玉を用意できる者。

 つまり、金や権力を持つ者だ。

 国や学校の中枢に近い者である可能性も、高い。



「フィーネ君……!」



 キーキー言っているフィーネ君に私は声を掛けた。

 私の様子がよほど迫真だったのだろうか、フィーネは騒ぐのをピタリとやめてこちらの顔を見てくる。



「はい?」



 なるべく平静に、と私は深呼吸をしながら。



「下手したらキミ、消されるぞ」

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