第8話覚醒
「下手したらキミ、消されるぞ」
フィーネ君が笑顔のまま小首をかしげた。
あれは「どうして?」の顔。
私は先ほどの推測を述べた上で、こう加えた。
「便利な道具というのは喋らないものだ。なんでキミに白羽の矢が立ったのかはわからないが、フィーネ君はお喋りすぎる。しかし、事が終わったあとに喋らないモノになって貰うなら特に問題はないだろ? 死人に口なしだ」
フィーネ君の目が点になる。
「そ、そんな」
「権力を持つ者にとって、名も無き冒険者の命なんか安いものだぞフィーネ君」
フィーネ君は顔の前に上げた両手を力なくフリフリ、あわわわわ。目が泳いでる。
「わ、わたくしなんかを殺しても、別に一銅の得にもならないかとーっ!」
「大して損にもならないんだ」
「ひいぃーっ!」
と、いきなり私に抱きついてきた。
「どうしましょうルナリアさーんっ!」
「と言われたってなぁ。自業自得?」
私はエリンの方を見た。
「自己責任?」
エリンが合いの手を入れてくる。
なにかあったとき自分の身は自分で守る、それが冒険者の基本的なルールだ。だから私たちは、日々鍛錬をする。力を磨く。
フィーネ君がアワアワ言いながら勇者ちゃんの方を見る。勇者ちゃんは、ドン、と自分の胸を叩いた。あれは任せておけのポーズ。
「あひぃぃぃいっ!」
フィーネ君が勇者ちゃんに抱きついた。
「勇者ちゃんさぁん!」
そんな様子を見て、エリンが笑った。
「仕方ねぇなぁ、勇者ちゃんがそういう気持ちならあたしらだってやぶさかじゃない」
エリンがフィーネ君の頭を軽く小突いた。
「あたしらは仲間だ。仲間のピンチは仲間が守る! な、ルナリア?」
「え、私も?」
「一緒に仕事した仲間を見捨てた、なんて評判が立ったら今後に響くだろ?」
「む」
エリンの癖に、妙に弁が立つ。
なんか悔しいが、確かにその通りかもしれない。
「エ゛リ゛ン゛さ゛ー゛ん゛!」
今度はエリンに抱きつくフィーネ君だ。
顔を左右に振って擦り付けてるフィーネ君、鼻水がエリンの服にべっとりだった。
エリンが「ぎゃーっ!」と叫んでフィーネ君の頭をポカポカ叩く。
「抱きつくな、きちゃない!」
突き放されたフィーネ君は、それでも嬉しそうに笑ってる。
私は苦笑した。どうやらこれが、我々の契約の儀式だ。
私たちはフィーネ君の身を守ることになった。
☆☆☆
ともあれ、それらの話も全ては祠を封印している杖とやらを無事見つけ終わってからの話である。私たちは準備を整え直し、地底湖のほとりを後にした。まずはキ族の遺跡に戻り、フィーネ君が転げおちた急坂を上って元の場所まで戻ることにしよう、と。
キ族の遺跡までは緩やかな上り坂になっており、来るときは気づかなかったが結構な長さだった。我々一行、地味な疲れが見えてきて口数が少なくなってきた頃、勇者ちゃんの足が不意に止まる。
「――? どうした勇者ちゃん?」
勇者ちゃんは、じっと前方を見つめていた。勇者ちゃんを真似たのか、エリンもじっと前方を見つめた。
「エリン?」
私はエリンの顔を見た。
「しっ!」
と、驚くほど真剣な顔で、エリンは私の言葉を制す。
エリンが耳に手を当てた。
前方からなにかが聞こえてくるというのだと言う。私も耳を澄ましてみた、言われてみれば地響きのような低音が聞こえるような聞こえないような。
「前からだ!」
目を細めてエリンが声を上げた。私たちが向かっている方向、キ族の遺跡方面からその音は聞こえてくるのだと言う。エリンが方向を特定した頃には音が他の者の耳にも届くようになっていた、地響きと共に聞こえてくる音、それは。
――ガシュン、ガシュン、ガシュン。
聞き覚えがある音だった。フィーネ君が慌てた声を上げる。
「ゴーレムですわ!」
私も思わず緊張に身体を強張らせた、そうだこの足音はゴーレムのもの。しかも大量だ。――なぜ今ごろと舌打ちをしたそのとき、前方から声が聞こえてきた。
「『ひえぇぇぇえぇぇえっ!』」
男たちのダミ声だった。
「ばっかやろう! 情けない声を出すな!」
ひと際大きなダミ声が、叱咤する。
「ですがおやぶんっ!」「これはピンチと言うのでは!」「ぞくぞく追いかけて来やす!」
大量のゴーレムに追いかけられた四人の男が、私たちの方へと向かってくる。先頭に居るのは、筋骨隆々の大男。私は片眉を下げた、なんだろう見覚えがあるような、無いような。ふと考え込む。
「逃げましょうルナリアさん、エリンさん!」
言うが早いか、フィーネ君は今来た道を引き返し、ピャーッと走り出した。「それがいい」と勇者ちゃんを担ぎ上げたエリンも続く。私も引き返した。
「あっ、こん畜生てめえらっ!」
私たちに気がついたらしい大男が、背後から大声を上げてくる。
「あのコア、全部ニセモノじゃねーか! とんでもないモノ掴ませやがって!」
「『つかませやがって!』」
私は心の中でポンと手を打った。思い出した、酒場で勇者ちゃんに絡んできた奴らだ。だがしかし、なぜこんなところに居るのだろう。
「貴方たちですの? わたくしのコアを盗んだのはっ!」
先頭を走るフィーネ君が、後ろを振り返り怒りの声を上げる。
「その通り! 盗賊が盗みを働いて、なにが悪い!」
「ドロボウはドロボウの始まりですわーっ!」
ガシュン、ガシュン、ガシュン。
ゴーレムの群れに追いかけられながら、私たちは話をしている。なんと、コアというものはあんな者たちでも使えるようなものだったのか。そう思いフィーネ君に聞いてみると、だからこそ今市場で賑わっているのだそうである。
誰でも使える古代兵器。
あ、なんかヤバい物に思えてきた。そんなものが普及したら、世の中が変わる。
「おい大男! わかっているのか、この先は広い空間こそあれ行き止まりだぞ!」
「なんだとぉ!?」
「水辺をぐるっと回って、また通路に戻ろうぜルナリア」
エリンの提案に私は頷いた。それしかない。
見ればゴーレムの数は、一、二、三、四、五、……いっぱい。十機以上だ、とても勝ち目がない。
「聞いたか大男!」
「うるせー指図すんなーっ!」
「『聞きましたっ!』」
子分たちは素直だったので、了承したものと私は頷いた。
広い空間に戻ってきた。
フィーネ君が、ぐるっと回るようなコースで先頭を走り始める。これでゴーレムをおびき寄せて、私たちは通路へと戻る寸法――だったのだが。
突然、先頭のゴーレムから、轟音が上かったた。
ドゴオォォン、と。ずんぐりとしたやどかりシルエットの背から、火線が伸びる。先頭を走るフィーネ君の前に、爆発が生じた。
「きゃああっ!」
と吹き飛ぶフィーネ君。広い場に入ってきたゴーレムが次々と止まり、同じように轟音を上げた。
「きゃああ!」
と転がり。
「ひぃぃっ!」
と転がり。
「いやあぁあっ!」
と転がった。
これ全部フィーネ君だ、先頭は貧乏クジだったと言えた。
「砲撃までしてくるなんざ、聞いてねぇっ!」
大男が叫んだ。
今までは狭かったから使ってこなかっただけなのか、とにかく一斉に撃ってきた。私たちが立ち止まったことで、先頭のフィーネ君以外にも砲撃が襲ってくるようになった。
直撃こそ皆避けたが、爆発の衝撃で転がされる者も多い。
そんな中、大男の子分が一人、広場の入り口まで吹き飛ばされた。つまり大量のゴーレムがいる、背後だ。
後ろの方にいた、まだ洞窟から出てきていないゴーレムが、その腕を振り上げる。
「危ねぇっ!」
と、子分に向かって走り出す大男。しかし吹き飛ばされた子分と大男の間には、何機ものゴーレムがいる。
「ひいぃっ!」
吹き飛ばされた子分は、腕を振り上げたゴーレムを見上げて、倒れたまま頭を抱えた。大男は、――これでは間に合わない。
「逃げろおぉーっ!」
大男の声だけが響く。
「爆発!」
咄嗟の反射だった。私は魔法を唱えていた。
爆発魔法を、洞窟通路の上面へ。
崩れた上面の岩が、次々とゴーレムの上に落ちていく。振り上げた腕の上にゴンと落ち、砲撃を出す背中にゴンと落ち、大きな岩が頭の上にもゴシャア、と落ちてくる。
ゴーレムの膝が崩れ、胴が地に付く。それでも岩は止まらない。ガツン、ゴツン、と落ちて落ちて落ちて、――やがてゴーレムを押し潰した。
「助かった、……でヤンスか?」
吹き飛ばされて頭を抱えていた子分が、ソロリと顔を覗かせた。
「なにボヤボヤしてやがる!」
「ひえっ!」
子分の腕を、大男が引っ張った。
「逃げるんだよっ!」
「ハイです親分っ!」
大男は子分を引っ張ったまま、私たちの方へと戻ってきた。
「……礼を言うぜ。底辺魔法使い」
「すまんな、遺跡へ戻る道を閉ざしてしまった」
通路が岩で塞がっている。今すぐに戻れる道は、ない。
「コイツの命の方が大事だ。それに」
大男が両手を合わせてポキポキと指を鳴らした。
「それに、だいぶ分断できたぜルナリア」
と、横にいたエリンが剣を抜く。
敵のゴーレム一、二、三、四、……九機。まだ無茶だ。
「やっるきゃーねーんだよルナリア。覚悟決めろ」
私の表情で察したのか、エリンが私の胸を拳でドンと打った。エリンは笑っている。
「安心しろ」
大男も、ニヤリと笑った。
「借りはしっかり返す。てめえらの命は、俺が守る」
私たちは勇者ちゃんを遠くに控えさせ、武器を構えた。
☆☆☆
劣勢だった。
開幕に時間を稼いで貰って、大爆発で二機倒したものの、その後はジリ貧、決め手がなくジリジリと押されている。大爆発を撃つ魔力は、もうない。私は鈍化を撒きながら、要所の為に体力を温存している。
フィーネ君もサポートを頑張っている。強化魔法を使うフィーネ君なぞ初めて見たくらいだ、彼女は今、大男と子分たちのサポートで息を切らせている。
一体なら華麗に敵の攻撃を避けまくるエリンも、三体のゴーレムに囲まれてはそうもいかない。擦り傷、打撲、裂傷、身体のあちこちから血を流している。
避けるのに神経を使うから、攻撃もピンポイントに出来ない。関節壊しもなかなか決まらないのだ。
「大・回・復・!」
私たちの息が切れ切れになっているのを見て、フィーネ君が何度目かの大回復を唱えた。しかし大回復を唱えるたび、フィーネ君自身の息も絶え絶えになっていくのだ。
大男はフィーネ君の前に陣取り、ゴーレムの攻撃がフィーネ君にいかないように捌いている。だが哀しいかな、その攻撃は大斧で力任せに振りぬくというものだ。ゴーレムの強烈な装甲は、時に大斧の攻撃でへこみこそするが、損壊までは至らない。
「離れるな!」
と大男が子分たちに注意する。
一人、集団から離れかけた子分に向かって、ゴーレムの火線が奔った。離れすぎるとゴーレムは砲撃をしてくるのだ、それがまた厄介だった。
☆☆☆
ゴーレムを一機倒した。
エリンが足関節を集中して狙い、完全に移動できなくなったところに、大男が渾身の一撃。一撃。一撃。
ゴーレムは関節という関節から火花を散らしたあと、駆動音すら立てない鋼鉄の塊となった。いや鋼鉄というべきなのか? 近くで見るとわかるがこれは鋼鉄ではない。もっと硬い、なにかだ。
硬い。硬い。硬い。
硬さが恨めしい。
☆☆☆
フィーネ君が倒れた。
大回復を使った直後、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちたのだ。パタリコ、という感じではなく、ガチ倒れだ。
私はフィーネ君の元に走り寄って声を掛けたが、返事はない。私たちは倒れたフィーネ君を守る形での位置取りで戦うことになった。
☆☆☆
大男の子分たちが、次々に倒れていく。
回復がなくなり、疲労のピークを越えての運動は殺人的だ。
彼らは頑張っていたと思う。ゴーレムの足に掴まり、腕に掴まり、背中に乗り、ナイフで関節を壊そうとしたり。簡単な魔法の心得ならある者もいたようだ、自分たちの身体を強化して戦っていた。
しかし敵の圧力は圧倒的だった。
倒れた子分を、私はフィーネ君の近くに運ぶ。
守る対象が増えた。
☆☆☆
迂闊にも、私はゴーレムの群れから離れてしまった。
砲撃がこちらに。
あぶな――。
☆☆☆
――あ。
☆☆☆
「勇者ちゃんっ!」
私は声を上げた。私の身体を横から突き飛ばした勇者ちゃんに、ゴーレムの砲撃が直撃したのだ。
馬車に跳ね飛ばされた猫のように力なく四肢を投げ出しながら、勇者ちゃんの身体が宙に舞う。私は勇者ちゃんの元に走った。
「おい勇者ちゃん聞こえるか!? しっかりしろ勇者ちゃん!」
煤のついた勇者ちゃんの頬を叩く。しかし勇者ちゃんは目を開かない。
「ばか! 目を開けるんだ、なあっ!」
ちくしょう……! と気がつけば私は泣いていた。目から涙がひとしずく、勇者ちゃんの額に零れ落ちた、そのとき。
「つッ……!」
額に灼熱感を覚え、思わず手を当てた。
ああっ、あああっ! 額が熱い、熱いッ!
「あああああああああーっ!」
私は叫んだ。
☆☆☆
「ルナリア、勇者ちゃんは大丈夫かっ!?」
エリンがこちらに向かってくる。私はどこか遠くでそれを聞いていた、ああ大丈夫、とは機械的に返しただけの言葉だ。
おや、なんだろう。どことなく自分のことが他人ごとに感じられる。頭がガンガンしてきた。
「なんだその額、またアザが……アザが光ってるぞ?」
エリンの心配そうな顔が、どこか遠い。大丈夫か? と問い掛けてくるエリンに私が大丈夫と答えた。
「おいヘボ魔法使い! 大丈夫ならこっち手伝ってくれ! もうキツい!」
「い、いやまて。ルナリアの様子が変だ」
「変だろうがなんだろうが、やれるならやってくれーっ!」
ああわかった、と抑揚のない声で私が答えた。私は声の方へと目を向ける、そこでは大男が戦っていた。敵は、ずんぐりむっくりなでかい金属。
ふぅん、と私は頷いた。あれが敵か、と。
『敵性個体発見』
頭の中で何かが喋っている。
『従者認証、攻撃を開始』
そうだな、攻撃をしよう。
自分の内部、闇より昏い底からチカラを抽出する。それは身体の中の回路を通って形になる。
チカラの塊が、私の中で形成されていくのがわかった。
形成された器から、チカラがこぼれてくる。こぼれたチカラを掬い上げ、私はそれに名前をつけた。
小さな、小さな、名前だ。
小さな、小さな、チカラだ。
「大爆発」
と、それがその魔法の名だった。小さな小さな、たったひとしずくのチカラ。
「やべえ……! おい大男、離れろッ!」
「ちぃっ!」
エリンと大男がそれぞれゴーレムから離れる。
ゴーレムたちを中心に巨大な火柱が立ち上がり、やがて収斂。大きな爆発が起こった。その爆発は、私の身体から見れば大きいが、この世界から見れば小さな小さなもの。私は続けた。
「大爆発」
火柱が立つ。
「大爆発」
岩が砕ける。
「大爆発」
地が鳴った。
エリンや大男たちが、立ち尽くしている。子分たちもまた、ぼんやりと炎を見つめていた。
「……親分、こんなの耐えられますかい?」
「バァロゥ、そりゃあ……」
大きな男に小突かれている男たち。
「……無理だぜ」
金属で出来た『敵性個体』が、次々に吹き飛んでいった。手が千切れ足がもげ、宙に舞った胴体が火炎に巻かれて爆発を起こす。それは巨大な花火のようで、なんだか懐かしい気がした。
『個体消去、確認』
再び頭の中で声が響いた。
ああ、終わったのか、と。
私は安心して、眠りについた。
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