第5-1話フィーネという女の子

 荷馬車がゴトゴト。

 最初こそ我々の背を見ていた太陽が、今や頭上を越えて視界に眩しい。春の日差しを追いかけるように街道を西下していた私たちは、折りよく通りかかった隊商の荷馬車に拾ってもらうことが出来た。


 荷馬車がゴトゴト。

 おかげでこの、視界に広がらん限りの丘陵地帯が少しだけ狭いものになった。隊列の最後尾、ホロもない小さな荷車の上を間借りした我々は、のんびりと干草に背を預けながら時たま周囲を見渡す。

 それが護衛としての私たちの役割だ。有事の際にはエリンの剣が陽光に煌めき、私の作り出す爆炎は全ての悪心持つ者を焼き尽くすことになるだろう。

 ゴトゴト。

 ――ああ、焼き尽くしたい。



「急でしたのに快く受け入れて頂けて幸いですわ」


「いやいや」


「ご存知の通り、わたくしひ弱でしょう? ごほごほ」


「そうだっけ?」


「ですから仕事に出られるチャンスは最大限に生かしたいと思っておりますの」



 この、私の隣に座り、にこやかな笑顔で話し掛けてくる女の子は、フィーネ君という。白い長髪に金のサークレット、幾度か仕事で組んだことのあるこの女性は、柔らかな物腰と淑やかそうな容姿で擬態した、ナチュラル悪心の持ち主だ。

 フィーネ君は美味しそうな仕事の話を聞きつけると、どこからともなく現れて、気がつくと仲間に入ってくる。割に合わなそうな仕事のときは絶対に見掛けない。



「この仕事終わったら貴族警護の仕事もあるけど、やる?」


「それはご遠慮します」


「あっはっは」



 はー、あの笑顔、今すぐ焼き尽くしたい。

 私はフィーネ君に笑顔を向けたまま、反対側に座っているエリンの脇腹を肘で小突いた。



「はぐっ!」


(どういうことだ?)



 と小声でエリンを詰問する。



(仕方ないだろ! 今朝仕事に行こうと宿を出たら、入り口に勇者ちゃんと一緒に立ってたんだ!)


(だからといって連れてくることないだろうに!)


(だって勇者ちゃんを連れて楽しそうにおしゃべりしてたんだぜ!?)



 宿の前で勇者ちゃんと一緒にエリンを待っていたフィーネ君はこう言ったという。



「勇者ちゃんの母君から勇者ちゃんを預かってきました、この度はよろしくお願いします」と。勇者ちゃんの保護者代理、という名目で今回は近づいてきたのであった。



(まったくもう! まったくもう!)


(やめろルナリア、こそばゆい!)



 私がエリンの脇腹を手刀で小突いていると、フィーネ君がこちらに声を掛けてきた。



「どうか致しましたかルナリアさん? エリンさん?」


「いっ、いやっ! あれだよ、フィーネ君がいてくれると回復魔法を期待出来る分動きやすくてよいな、とね。なあエリン!」


「そうそう。ルナリアは回復術が苦手だからな、いやー助かるぜフィーネがいてくれると!」



 フィーネ君の目が輝く。



「それはもう! お任せください! しっかり後方待機して、戦闘が終わったら大回復魔法で一気に傷を癒しますから!」



 そうだった、私は目を細めて薄く笑った。

 フィーネ君といえば大回復魔法。戦闘中に細かい小回復など一切行わない。思うにこまめな詠唱が面倒くさいのだろう。他の仲間がヒーヒー言うほど疲弊しない限りは回復魔法が飛んでこない。



「あっはっは、頼りにナルナー」


「うふふ」



 私が棒読み気味に返してもフィーネ君は一向に動じない。ここで笑ってのけられる女なのだった。

 まあここまで来たら仕方ない。回復魔法は確かに貴重だ、手抜きの大回復だけとはいえあるとないとでは探索の工程が異なる。ここはプラスに考えよう。

 私は軽く伸びをした。

 そのまま、荷台に積まれた干草の上に寝転がる。草に飲み込まれるように身体がうずまっていく感触が、なんとも言えず心地よい。



「それにしても……」



 と、つぶやくフィーネ君の背中に、干し草の中から目を向けた。



「隊商に拾って頂けたのは幸いですわね」



 フィーネ君の言葉にエリンが頷く。



「そうだなー。街道沿いだから魔物はあまり出ねーし、山賊が潜むような地形でもないし、なんかタダで乗っけて貰ってるだけで気がひけちゃうよな」



 エリンは妙なところで根が真面目なので、一方的に得することが気になるタイプなのだ。フィーネ君と足して割ったら丁度良くなりそうなのに、と、私は苦笑した。



 荷馬車は変わらぬペースで、隊商の最後尾をゴトゴト進んでいる。

 ぴーひょろろ、と上空でトンビが舞っていた。

 ふと勇者ちゃんの方を見ると、勇者ちゃんは遠くの木を数えていた。なるほど周囲を見渡してみると、先刻に比べて視界の中に木々が目立つ。たぶんこれは川が近い。

 大きな川を越えた向こうに、目的地の夢見る森がある。



「森の中にある祠の封印を解くのが今回の仕事、と伺っておりますけど……」


「そう。祠の奥に封印を施した魔法の杖があるらしい。それを回収すれば祠の封印も解けるだろう、とのことだ」



 馬が、いなないた。

 丘の頂上越えを前に、御者が軽く鞭を入れたのだ。エリンが荷の一番高いところで立ち上がり、前方を遠視する。



「おー、見えてきた、関所だ」



 丘をのぼり終えると、遠い眼下に大きな川が見えてきた。そこに架かった石造りで大きなアーチ橋は、交通の要所として関所にもなっている。

 神聖都市ロゼリアからもたらされた構造力学と材料力学に裏付けされたその橋は、最新技術の結晶だ。布教の為に労を厭わない聖職者どもの建造物にして、御自慢の逸品でもある。

 橋をかけ交易が増えることで、神の教えもまた一緒に広がってゆくと、彼らは説いていた。もっとも実際にこの橋を造りあげたのは土地の民なので、神さまとやらに仕えるお偉い方々が、安い賃金で彼らの労働力を買い上げたに過ぎない。

 関所に駐屯するアイソン軍の兵は、その多くがロゼリア聖堂庁派だとルナリアは耳にしたことがある。つまり聖職者どもは、安物のパンでアイソンにおける陸路の要所を買いあげたのだった。



「もう少しだな。関所周りに立っている市で必要な物を点検しなおしてから再出立しよう」


「それがいいですわね、準備の確認は大事ですわ」



 フィーネ君は荷馬車の御者と話し始めた。そろそろ別れる旨を伝えているのだろう。フィーネ君の愛想よい笑顔に、御者も笑いながら対応している。



『旅の幸運をあなたに』



 と、お互いの無事を祈って隊商と別れたのは、橋の前でだった。

 橋はアーチ型の大きな石橋で、頑丈に出来ている。

 たとえば、あんな大きくて重いゴーレムが渡っても平気なほどだ。



「うおーでっけぇ」



 エリンがそこに鎮座している珍しいモノを見上げていた。

 それは大きな鋼鉄の塊、ゴーレムと呼ばれる魔法人形だ。人形といっても形状は二足歩行のヤドカリ、といった感じにずんぐりむっくり。エリンが見上げているそれらは辿矢の一階屋根ほどの高さを持っていた。大昔の遺跡から掘り出される古代魔法の産物でとても貴重とされている。

 普通は王城などの重要拠点の防衛に使われるもので、その大きさ硬さパワーは、二十年前のハボエリム戦争でも大活躍したという。

 その貴重なゴーレムが三体も。

 もう橋を渡り終えている二体の近くに、休憩しているらしい兵士たちが並んでいた。兵士、といっても軍属ではなさそうで、装備がバラバラ、どこぞの貴族の私兵と言った出で立ちである。



「最近南方で大量にゴーレムの出土があったらしいですわよ、ルナリアさん」


「そうなのか? ……とはいえゴーレムの使役には特別な魔法が必要で、出土したところで一般人には扱えないと聞いたことがあるが」


「それがそうでもなかったんですよ。『コア』と呼ばれる宝玉を使うことで使役できるらしいのですが、最近その魔法の情報が裏市場に流れているとかで。しかも簡単」


「詳しいな、フィーネ君」


「キ族時代の遺跡から出土されるらしく、界隈では今ちょっとしたブームですの」


「ほー。やっぱり相当古いものなんだな、ゴーレムは」



 キ族時代の遺跡とは、少なくとも今から千年以上も前のものだ。その頃はキ族と呼ばれる魔法の得意な人類が世界を席巻していたらしい。

 その時代のことを書き残してある文献は少ない。

 遺跡から出土される宝物などは強力な魔法の品であることが多く、多くの遺跡が冒険者に荒らされてしまっているため、研究もなかなか進まないのだという。



「こらおまえら、そんなところで何をしている!」



 カン高い声の怒声が響いた。

 発せられた声の方へと目を向けると、太った貴族に、エリンを始めとしたゴーレムの見物人が怒鳴られていた。



「え? ああいや、コレでっかいな~って……」



 ひょうけた顔でエリンが答える。私は眉をひそめた、あれは悪気のない顔だ、そして禄でもないことになる前兆の顔だった。

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