第4話仕事

 私とエリンは河岸を変え、外の広場で屋台の肉をツマミに酒を飲んでいた。横には勇者ちゃんも居る。私たちはテーブルを囲みながら夕涼みをしていた。



「いたっ、いたた! もうちょっと丁寧にやってくれ!」



 大男との諍いで、私の身体はあちこちアザだらけだった。エリンが今、私の額に軟膏を塗ってくれている。



「わかったから動くな。塗りづらい!」


「あいたーっ!」



 額に触られるととても痛い。なんだか熱を持っているようだった。私が声を上げてしまう度に周囲からの注目を浴びてしまうのがいささか恥ずかしい。

 だから酒に頼る。エリンが私を解放してくれた途端のガブ飲みだ。



「でな、ルナリア……」


「やだ」



 エリンの言葉を遮るように私はエールの注がれた樫のカップを置いた。



「勇者ちゃんには感謝してる、確かに危うく大惨事になるところだった。でもそれはそれ、これはこれだから」



 エリンは私に、勇者ちゃんに魔法を教えてやれよと説いてるのだった。



「ケチくせーなぁもう」


「そうだとも、私はケチなのだ。長い付き合いで知らなかったとは言わせんぞ」



 横でミルクを飲んでいる勇者ちゃんと目があった。勇者ちゃんは私の顔を、じーっと見ている。



「そういう目で私を見るのはやめろー。私は屈しないぞー!」


「ごめんな勇者ちゃん、こいつホンット頑固なんだ」



 エリンが片目を瞑って勇者ちゃんに手を合わす。勇者ちゃんは、ふるふる、と首を振った。気にしてないよ、という声が聞こえるようだ。



「はーもう。勇者ちゃんのとーちゃんは救国の英雄なんだぜ? あたしたちが少しくらいサービスしてやってもバチは当たらないって」



 救国の英雄、勇者タカハシ。

 二十年前のハボエリム帝国との戦争で『勇者の武具』を使ってアイソンを勝利に導いたと言われる人物だ。今は旅に出ているとかで、この地には居ない。



「そういや勇者ちゃんのとーちゃんて、異世界から召喚されたって話だけど本当なのか?」



 エリンが勇者ちゃんに訊ねるが、勇者ちゃんは小首を傾げるばかりだった。



「そっかーわかんないかー、残念」



 勇者に関する話は国家機密だとも言われている。それは彼ら異世界から召喚された者だからと言われていた。我々の知らない知識をたくさん持っているからだと。だがどうやら子である勇者ちゃんは、なにを知っているわけでもないらしい。



「なー? わけもわからないまま勇者の子として注目されてしまう大変な子なんだよルナリア。ちょっとは協力してやろうって気に」


「ならない。よしんばなったとして、銅貨八枚はやはりダメだ。相場ってものがある、壊し過ぎると同業からの文句が凄いんだぞ」


「ならばその足りない分、俺が工面しよう」



 突然話に割り込んでくる者がいた。

 テーブルに肘をついたまま上を見上げると、身なりの良い髭づら男がいつの間にかそこに立っていた。私は出来る限りの不機嫌そうな顔をつくると、ジロリそいつを見て口を開く。



「……さっきは、世話になったな」


「素直になったものだ。気にするな、対価はもう頂いている」



 そう言うと髭男は笑顔のまま、右手でなにかを揉むような仕草を見せた。



 ――ボン! と音こそならないが、私の顔が一気に赤くなったのを自覚した。



「こ、このっ!」


「ははは、照れるな照れるな」



 髭男は笑いながら、余っていた椅子に腰掛ける。流れるような動作で近くのエール屋台に手を上げ、そのまま酒を注文した。



「先ほどはなかなか見事な闘いぶりだったよ、ええと……」


「ルナリア。ルナリア・オールザクソン。こっちはエリン・シュガーに勇者ちゃん」


「そうか、俺はハインマン。ま、お察しの通り、貴族のボンボンだ」



 ハインマンと名乗った髭男がエール屋台の主かから酒を受け取り、カップをこちらに掲げる。乾杯という意味なのだろう。私はそれを無視して、訊ねた。



「で。なんで全く関係のないハインマン殿が勇者ちゃんのパトロンに?」


「その子がいなかったら今ごろ俺は消し炭だったかもしれない、感謝の印さ。もっとも彼女の分はオマケだがね、君たちに頼みたい仕事がある」


「お? 仕事か? よっしゃーまかせろ!」


「こ、こらエリン! 話もなにも聞かないうちから!」


「ははは。噂には聞いていた、あの酒場に勢いで決める女戦士と逆に慎重な女魔法使いコンビの冒険者がいるということを。まさしくだな」

 ひとしきり笑い声を上げたあと、ハインマンは依頼の内容を話しだした。

 アイソンの街から南西、夢見る森と呼ばれている昼なお暗い鬱蒼とした森がある。その中に封印された祠があるので、祠の封印を解いて誰でも入れる状態にしてきて欲しい、と。

それがざっとした概要だった。


 夢見る森、通称呪われた森。

 それは冒険者の中ではメジャーな類いの場所だった。百年前に近隣の村で集団睡眠事件が起こり、誰も目覚めなかったという逸話がある。今でも森の中では唐突に睡魔に囚われ、永遠の眠りについてしまうことがあるという。



「昔話だろ? 百年前なんて、すでに伝説伝説。嘘っぱちさ、なあ勇者ちゃん?」



 鼻で笑ってみせるエリンだが、ルナリアは腕を組んで目を細めてみせた。



「いや、百年程度前の話なら、記録文献で案外事件を詳細に追える。事実としてあった事件である可能性は高いよエリン」


「そうなのか?」


「キ族時代くらいまで遡る話ならともかくね。特にアイソン近くでの事件でもある、アイソンは魔法学校の設立により、知識と共に記録を重んじるようになったと聞く。記録は知識の源だからね。百年前にはもうアイソン魔法学校はあったはずだ」



 ルナリアが気持ち早口でエリンに説明する。横でハインマンが面白そうにルナリアのことを見ていた。



「よくご存じだ、さすがに魔法使い殿だな。そうこの事件は事実だ。国は今でも定期的に森への監視隊を派遣している」


「ほう」


「で、記録によればその祠が原因だった可能性が高いらしい。事件を担当した時の大臣は祠を封印した、とある」


「その封印を、わざわざ解くと? 理由は?」


「理由は、ここでは言えない。国益の為とでも言っておこう」



 どうにも胡散臭い。国益を謳うところが特に、だ。

 私は目を細めたが、そんな私の視線をハインマンは気に留めた風もなく受け流す。悔しいが役者が違うようだ、ハインマンの表情からはどんな情報も読み取れない。

 私はテーブルに立てかけておいた魔法の杖を手に取り、不意打ちでハインマンの頭を殴ろうとしてみた。

 ハインマンは涼しい顔を崩さぬまま、余裕を持ってその杖を手で受ける。



「おっとっと、唐突だな」



 杖を止めた手の動きが手馴れている。それはハインマンの力量を端的に表していた。私は気になったことを聞いてみる。



「ハインマン殿、ご自身で探索に赴こうとは思わないので? 腕に自信はおありでしょう? 他人に頼むより確実な情報が手に入る」



 ハインマンは笑った。



「出来ればそうしたいと思わないでもないが、これでいて、なかなか忙しい身の上でね。せめて自分の目で依頼相手を確認するくらいまでが関の山なんだよ」


「なるほど」



 エリンが急に立ち上がった。



「ああもう、めんどくせー!」



 仁王立ちで、カップに残ったミルクをゴッゴッゴッと、一気飲みし、



「要らん探り合いすんなルナリア! 国絡みなら実入りも良く報酬の出どころも保証されてるようなモンだ! なあ勇者ちゃん?」



 なぜか勇者ちゃんにも話を振っている。勇者ちゃんも(こくこく)と頷いていた。



「お、おい付いてくるつもりか勇者ちゃん!?」


「そりゃー、ルナリアは勇者ちゃんに魔法を教えなきゃいけないし」


「まだ教えるとは言ってない! それに、仕事から戻ったあとでもいいじゃないか!」



「今さらなにを! それに実践に勝る勉強はないぜ! なあ勇者ちゃん、あたしも剣の振り方を教えてやるよ!」



 勇者ちゃんの目がキラキラしてきた。これは……ついてくる! 

 私が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう、苦笑したエリンが意地悪な顔を作ってこういった。



「おいおい、生徒の前でそんな顔をするのが果たして質の良い教師かな!?」



 言われて祖母のことを思い出してしまう。私の祖母は、よく仏頂面で私の勉強方法に文句をつけていたものだった。図らずも同じことをしてしまっていたかと私は反省した。



「……わかったよ、勇者ちゃんに移動魔法を教えよう。同行も認める」



 話は決まったようだな、とハインマンが笑った。改めて乾杯を促してくる。



「ここは俺が持とう。なぁに金のことは気にするな、大船に乗ったつもりで居てくれていい」



 こうして私たちは、夢見る森の祠へと向かうことになったのだった。




☆☆☆



「とのことでやす親分」



 ルナリアたちから離れたテーブルに、四人の男たちが陣取っていた。親分、と呼ばれたのは筋骨隆々の大男、ならず者の親分格だ。



「よくやったぞ『耳』、国家管理の古代遺跡これは美味しそうな話じゃあねぇか」



 ぐびり、と温いエールを喉の奥に流し込みながら親分格はにんまり笑う。「これで次の仕事は決まった」



「でやんすね」「やってやりましょう親分」「酒場での恨み節も込めて!」


「奴らをツケる。そして金目のモノがあれば、それをぶんどる! なぜなら俺たちは――」


「「「盗賊だから!」」」


「イエス、ソー、グッド!」



 舐めてくれた娘っこ共に、盗賊の本領ってものを見せてやる。そう握り拳を作って、一行は乾杯しなおしたのだった。

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