第21話勇者ちゃんの魔法

 広間に入るや否や、ゴーレムの砲撃音が響いた。

 中央のひと際大きい四足ゴーレムが、こちらに向かって砲弾を放つ。

 同時に、左右で控えていた二足のゴーレムが足早に近づいてくる。



「避けろてめーらっ!」



 ストレングの言葉を待つまでもなく、私たちは散開した。

 背後で着弾音が大きく響く。威力が高そうだ。



「ストレングの隊は右、隊長たちは左のゴーレムに応戦、エリンは中央を頼む! 勇者ちゃんと司祭殿は私とフィーネ君の後ろに!」



 指示を出しながら魔力を練る。まずはストレング達に防御魔法を掛けていく。フィーネ君も私の横で、先遣隊の皆に向かって防御魔法を唱えていた。

 ゴーレムは四体だ。

 四足が一体に二足が三体、四足は遠距離型なのだろう、私たちが移動していると、再び砲撃音を響かせて砲弾を撃ってくる。

 中央から四足ゴーレムに向かっていったエリンの前に、残りの一機が立ちはだかる。たぶんあれは、四足の護衛機だ。



「足を止めるんじゃねーぞ、砲撃にやられちまう!」



 ストレングの声は戦闘中でも響く。

 耳に届きやすい良い声質だ。盗賊なんかしてないで、戦場で指揮官でもやれば活躍できるだろうに。

 そんなことをついつい考えてしまうのは、集中出来ていない証拠だった。四足の砲台ゴーレムを手早く大爆発辺りで処理したいのだが、走って砲撃から逃げる必要があり集中を欠く。


 エリンにも防御魔法を掛けたあとは、とりあえずの火爆。

 生物でないゴーレムには発火程度のビビらせ技は通じない。とはいえ爆発で装甲を砕けるわけでもないので、連発しやすい火爆辺りで関節狙いだ。

 しかしハズレ。

 動き回る相手の関節を狙うのは、やはり難しい。

 四足からの砲撃がこちらに飛んできた。私は勇者ちゃんを庇うように動きながら、着弾地点から離れる。やはりあの四足をどうにかしたい。



「大魔法を練る集中ができないのかね?」



 と、レイモンド司祭が話しかけてきた。



「一旦広間から出て、魔法を練ってくるといい。彼らのサポートなら私でもある程度は出来る」



 そう言って指輪のいくつかを外し、一つを握りしめた。


 

「エネルギーウォール!」



 レイモンド司祭の声に応えるように、広間にいくつか、半透明の壁が現れた。

 そのうちの一つに四足の砲弾が当たる。壁は砲弾と相殺して消えてしまったが、壁のあった場所の後ろには砲弾の衝撃が届かない。



「私が衝撃吸収の壁を張る! 位置取りに使うのだ!」



 ストレングと隊長が位置取りの指示をする。レイモンド司祭が作った魔法壁の裏に隠れるようにして、二足ゴーレムと戦いを続ける。

 四足も動いて射線から壁をはずそうとしているが、エリンが位置取りで四足の動きをうまく封じているようだ。結局撃った砲弾が魔法壁に当たり、相殺されてしまう。

 レイモンド司祭は再び魔法壁を張った。



「しばらくはこれでいく、さあ早くしたまえ」


「わかりました。勇者ちゃんもこい、こっちだ」



 光の剣を構えている勇者ちゃんを従えて、私はいったん広間を出た。

 離れた通路で、ふう、とひと息つく。



「司祭殿があそこまで魔法を行使できるとは。嬉しい誤算だな」



 魔法の指輪は誰にでも使いこなせるわけではない。純粋な魔法ほどではないにせよ素養を必要とする。レイモンド司祭は一流と言ってよい域での「指輪の使い手」であった。


 広間で戦っている仲間たちを見ながら、大きな深呼吸。

 勇者ちゃんが広間に向けて光の剣を構えながら、私の前に立つ。

 どうやらこれは、私を守ってくれているのだ。これでは立場が逆だろう、と思わず苦笑してしまった。

 心配を掛けてはいけない、私は再び深呼吸をして魔法を練り始めた。

 大爆発だ、大きな大きなチカラだ。

 杖を掲げて集中する。身体の中の回路に魔力が満ちていくのがわかる。この魔力を、破壊のチカラに変換して世界に叩きつけるのだ。世界の理をいったん歪め、具象化する。これはそういった魔法。

 私はゆっくりチカラのしずくを集めていく。雨粒を一滴一滴皿へと受け集めるように時間を掛けて。



「……よし、行こうか勇者ちゃん」



 私は勇者ちゃんの肩に触れた。

 と、そのとき。


 広間に、パンと何かが弾けるような音が響いた。

 先遣隊が戦っているゴーレムの身体に巨大な火花が散り、一瞬燃え上がる。

 勇者ちゃんが、光の剣を構えながらそのゴーレムを見つめている。

 それは巨大な「発火」の魔法だった。



「ゆ、勇者ちゃん……!?」



 まさか勇者ちゃんが、発火を!? あれほど練習して一度も成功しなかったのに!?

 パン! パン! パパン! と、連続して火花が散った。そのうちの一発が関節にダメージを与えたのか、二足ゴーレムが倒れ込む。

 魔法の見た目こそ発火だが、巨大で威力も高いようだ。



「凄いぞ勇者ちゃん、あんな発火は見たことがない!」



 私はしゃがみ込み、後ろから勇者ちゃんの両肩に手を置いた。



「次はエリンが戦っているゴーレムを狙ってみるんだ。いけるか?」



 こくり、と頷く勇者ちゃん。

 その途端、やはり連続して巨大発火の火花が散った。「おわわっ!?」とびっくりしているエリンの声が響いてくる。



 私は立ち上がって万歳をした。

 なんだ勇者ちゃんは魔法が使えるじゃないか! 母君の言っていた、魔力がないとはなんだったのか。なに一つ問題がないじゃないか。


 と、私が万歳をした途端、勇者ちゃんの魔法が途切れる。

 あれ? と勇者ちゃんを見ると、勇者ちゃんもこっちを見た。



(ふるふる)



 と顔を左右に振り、困った顔。



「また急に使えなくなった?」


(こくこく)


「よく集中してみたまえ、ほら、こんな感じに……」



 と私はまた勇者ちゃんの肩に手を置いた。勇者ちゃんに集中を促しながら、自分も集中する。

 ――あれ? と自分の中で違和感を感じた。

 勇者ちゃんの肩に置いた手から、魔力が吸い取られている気がしたのだ。


 パパン! パン! と再び勇者ちゃんが発火を連発していく。

 その度に、ずるり、ずるり、と私の中から魔力が引き出されていく。

 私は勇者ちゃんの肩から手を離した。

 ピタリと止まる勇者ちゃんの魔法。


 ああそうか。勇者ちゃんは、私の魔力を使って魔法を行使していたのだ。

 勇者ちゃんには魔力がない。それは間違いではないのかもしれない。

 だがその魔法は規格外に強力だ。私の魔力で補えるのならば、補えばいい。


 

「よし勇者ちゃん! 手を繋ごう!」



 私は手を差し出す。

 勇者ちゃんは私の顔を見た。



「勇者ちゃんは発火で皆のゴーレムを攻撃、私は大爆発で四つ足を仕留める!」



 勇者ちゃんは、こくり、と頷き、にっこり笑った。

 私たちは手を繋ぐ。

 そして広間に走り込んだ。

 


「――大爆発!」

 


 火柱が立つ。

 一瞬小さく収斂した炎が球状に膨らんでいく。エリンが距離を取る為に後ろへと跳び退いた。

 バチンバチン、と。関節という関節から火を噴いて、巨大な熱球の中で四足のゴーレムがその場に崩れていく。



「さあ勇者ちゃん!」



 パン! パパン! と弾ける音を上げて、勇者ちゃんの発火が二足ゴーレムたちの動きを封じる。発火とは思えない威力で、二足たちのバランスを崩す。

 弾ける火花が、花火のようだった。

 発火を超えた超発火、それが勇者ちゃんの魔法。

 もっと他の魔法を見てみたい。火爆ならどうなるのか、爆発ならどうなるのか、大爆発ならどうなってしまうのか。私はもっともっと、勇者ちゃんに魔法を教えてみたくなった。


 エリンが、ストレングが、隊長たちが、バランスを崩した二足に合わせて攻撃を乗せた。関節を壊し、正面から叩きつけ、二足の動きを抑えていく。

 気がつけば、三体のゴーレムがあっという間に行動不能になっていた。



「おっひゃーっ! あたしらツエー!」


「大・回・復・-っ!」


「ククク、瞬殺だぜ!」


「『ですぜ!』」

 


 フィーネ君の大回復が輝きを起こす中で、私たちは思わず浮かれた。

 このパーティは強い。四体くらいのゴーレムじゃ、問題にならない。

 エリンが勇者ちゃんの背中を叩いた。



「なにあれ勇者ちゃんの魔法か!? なんか凄かったな! 綺麗だったわ!」


「司祭様が勇者殿を推したときは不安でしたが、それは失礼な杞憂でしたな。申し訳ない」



 先遣隊の隊長が、勇者ちゃんに頭を下げた。



「おう、なんだ魔法使えたじゃねーか。魔法剣士だな小娘!」



 勇者ちゃんに握り拳を突き出すストレング。なぜか勇者ちゃんは、その拳に向かってチョキを出した。



「使えたというか、なんというのか……」



 私は先ほどのことを皆に説明した。勇者ちゃん自身の魔力でなく、私の魔力を使って勇者ちゃんは魔法を使ったのだ、と。

 その後、皆に勇者ちゃんと手を繋いで貰って、勇者ちゃんが魔法を使えるか試してみた。結果、どういうわけか私だけが勇者ちゃんに魔力を供給できるらしいことがわかった。



「ルナリアさんと手を繋ぐと魔力が補充されるのですか? 面白いですわね」



 フィーネ君が腕を組みながら首を傾げた。

 面白い、というか不思議な現象だ。



「よくわかんないけど、それで魔法使えるならいいじゃんか?」



 お気楽なエリンがお気楽な口調で言う。

 だがまあ、確かにそれでもいい。

 魔法が使えたということは、とりもなおさず魔力回路は使えているということなのだ。感覚を覚えれば、もしかしたらいずれ。



「……勇者ちゃんに魔法を教えていくなら、この方法だな」



 私は勇者ちゃんと手を繋いだ。

 まずは魔法を使う感触を覚えて貰おう。それは必ず先に繋がるはずだ。



「魔力、……魔力か」



 魔力とはなんなのだろう。

 そういえば、考えたことがなかった。誰にでも自然にあるものだと、思い込んでいた。

 勇者ちゃんの母君は、自分たちが「魔力のない世界」から来たと言った。魔力がない世界、そんなものがあるのだろうか。そもそも世界とは何なのか。

 考えれば考えるほど、わからなくなっていく。

 わからない、が、わかっていく。

 私たちはちっぽけだ。

 当然と思っていたことすら実は全然わかっていない。



「古い文献によれば、大魔法時代であるキ族の時代以前には、魔力を持たない人間がいたようだよルナリア君」



 レイモンド司祭は本当に物知りだ。

 私はレイモンド司祭に訊ねてみた。魔力とは一体なんなのか。

 答えは単純だった。



「君たち魔法使いでさえわからぬものが、私にわかるわけないではないか」



 ごもっとも。私は苦笑いをしてしまった。



「なに笑ってんだルナリア?」



 エリンが不思議そうな顔で私を見ていた。

 楽しい。考えることは楽しい、知ることは楽しい。

 たとえ知った先にあるものが、「わからない」の連鎖だったとしても、歩くことはやめられない。



「なんでもないよ」


「ぼんやりしてると先に行っちゃうぞー?」


「すまんすまん」



 と握った勇者ちゃんの手を引っ張って歩き出す。

 勇者ちゃんが手を握り返してきたので、私は勇者ちゃんに振り返った。

 


「勇者ちゃん、初めて魔法を使った気持ちはどうだった?」



 気持ち良さそうに、勇者ちゃんは満面の笑み。

 釣られて私も笑顔になった。

 探索の中途であることもしばし忘れ、私と勇者ちゃんは踊るようにくるくる回った。

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