第20話奥遺跡探索

 我々は遺跡の探索を始めた。

 水濡れた岩肌の自然窟と人の手が入った部屋の集まりである第一層を抜け、下層のキ族遺跡に。ゴーレムが通れるほどの広い通路を二列縦隊で進んでいく。

 キ族の遺跡も機能を停止しているのか、壁に光がない。

 我々の持つランタンの光が、つややかな白い壁に淡く反射していた。

 ここまで脅威と呼べるものとは何一つ遭遇していない。途中に回収しかけのゴーレムがあったので、万一の為に足関節だけを破壊しておくことにした。


 ゴーレムの処理が終わると、レイモンド司祭は勝手知ったると言った様に、遺跡をスイスイ歩いて先にいく。



「ずいぶんと遺跡内部にお詳しいのですね、司祭殿」


「何回も来ているからね、なにせ百年だ」


「百年?」


 

 と、エリンが小首を傾げた。

 私とレイモンド司祭の会話を横で聞いていたエリンが割り込んできたのである。エリンにもレイモンド司祭の正体はまだ知らせていない、まさか彼が百年生きているとはこの場で言えまい。私はごまかした。



「この遺跡が封鎖されて百年、百年分の研究をするには何回もここに来ないとならなかったのだろうさエリン」



 ふーん、と曖昧な返事でエリンが納得する。

 もともとそこまで興味がある話ではなかったのだろう、エリンにはとりあえず疑問に思ったことをなんでも尋ねてくる癖がある。尋ねることが目的で、答えは半分どうでもいい、そんな場面が結構あるのだった。



「ところで、どこを目指しているのです? 司祭さま」



 フィーネ君が会話に絡んでくる。その横には勇者ちゃんも居た。

 彼女の後に先遣隊の一同、後衛がストレングたち、という隊列だった。



「このキ族階層に、どうやっても開けられない扉があったのではないかね?」



 足早に歩きながら、レイモンド司祭が言う。

 さて、私はそんな話は知らない。首を捻っていると、後方を歩いている先遣隊の隊長が説明してくれた。遺跡の奥に、確かにそのような扉があったという。



「そこは、さらなる奥遺跡だ。キ族の遺跡の中でも、特に古い遺跡層。知らなかっただろうが、この遺跡は奥遺跡、キ族遺跡、百年前の研究施設、と、三つの異なる時代の遺跡で成り立っているのだよ」


「三重構造の遺跡、ですか」


「そう。世代が違ってもこの場所に眠るエネルギーに目をつけるのは人の業らしい。面白いものだ」



 この場所。

 レイモンド司祭は、確か此処のことを「記憶の井戸」と呼んでいた。

 人の記憶が、魂の一部がエネルギーとして沈んでいく場所だと。

 ふと司祭の横顔を見ると、司祭は笑っているようだった。なんだか楽しそうな笑顔を浮かべて歩いているので、つい私は気楽に声を掛けてしまう。



「楽しそうですね、司祭殿」


「ん、そうかね? いやそうだな、私は笑っていたか」



 レイモンド司祭はこちらを見て、目をギョロリと剥いた。



「うむ、楽しい。人間を観察するのは楽しいよ。人とはどこまでも傲慢だ、世界を我が物のように考え、解明しようとしている。この覗き見趣味の、ちっぽけなイキモノがこの先どうなっていくのか、私は非常に興味があるね」



 そうか。

 レイモンド司祭自身の弁を信じるならば、レイモンド司祭はもう百年も生き続けて、人の営みの変化を観察し続けているのだ。

 なんとうらやましいことだろう。

 この人(魔物か)は、私が欲しても手に入れられない権利を手にしているのだ。その長命を、正直妬ましいと思った。



「うらやましいですね。私も人の行く先を眺めてみたい」


「うらやましい? 私が?」



 レイモンド司祭はびっくりしたような声を上げた。

 そして、どうやら苦笑したようだった。



「なにを言う、うらやましいのは私だよ。君たち定命の者は、限りがあるからこそ進歩をする。なにかを先々に伝えようとするのだ。それは私には、わかりこそすれ理解しにくい感情だ。私は見ることしか出来ないが、君たちは自らで先に進むことができる。手を取り合うことでね」


「伝える……?」


「そうだ。君たちは勇者君に魔法や体術を教えているのだろう? あれなども、私には理解できない。伝えたところで君たちには何の利益もないのではないかね? なぜ教えているのだ」



 何故? 何故だろう。

 仕事だったからだ、そうだ、仕事だったからのはずだ。

 しかしそれは、答えの半分でしかない気がした。

 何故だろう。わからないが、そんな気がした。



「……なんか前列はムツカシイ話をしておりますなーフィーネさんや」


「哲学ですわよテツガク。偉い先生方の間ではお金にもならない言葉遊びが流行っておりますの。わたくしに言わせれば無駄! あんなの時間の無駄ですわよエリンさん」



 後ろから茶々が入った。

 なんか急に恥ずかしくなってくる。



「う、うるさいなキミたちは!」



 おーこわ、おーこわ、と首を振るエリン。こわいですわー、と胸元で手を組みお祈りポーズをするフィーネ君。

 ちょっと離れたところを歩いている先遣隊の隊長が「仲がよいですなぁ」と笑いかけてきた。もしかして彼にまで聞かれていたのかと思うと、ますます顔が熱くなっていく。勇者ちゃんが私の背中を、ぽんぽん、と叩いた。



 そうこうしているうちに、件の扉の前に着いた。

 先遣隊の隊長が言う「どうしても開けられなかった」扉の前だ。

 なかなかに大きな扉で、ここもゴーレムが十分通れそうな雰囲気だった。



「そう。中にはゴーレムもおるよ、ルナリア君」



 扉を見上げていた私の胸中を察したのか、レイモンド司祭がこちらを見た。



「入る前に装備の点検を行っておいた方がよいだろうね」



 レイモンド司祭に促され、私は装備点検の号令を出す。

 各々武器をチェックした。バックパックから水筒を出し、水を飲む者もいる。しばし休憩だ。



 装備点検を終え、私たちは再び立ち上がった。

 レイモンド司祭が扉横にある沢山のボタンをなにやら押し始めると、扉自体が淡く光り出した。



「よし、起動した」



 レイモンド司祭が扉の前に立つと、重そうな音を立てながら扉が横開きに開いていく。中は仄かに光が灯されていた。壁自体が光っているわけでなく、壁の左右に淡いランタンのような光が灯っているのだ。

 入ってみると、これまでのキ族の遺跡と違い、通路や壁がざらざらしている。つややかさがなかった。

 通路はとりあえず奥に向かって一本道、私たちは先に進むことにした。


 ここからはストレングたち一行が先頭となる。

 どんなトラップがあるかわからないからだ。レイモンド司祭が言うには、落とし穴などトラップ然としたものがある可能性は低いが、招かれざる侵入者を撃退する装置や門番が設置されている可能性はあるという。



「まあ、その辺はプロたる俺らに任せておけよ。ちゃんと仕事はするぜ」



 ロープを巻き付けた剣を前方に投げたり、壁を叩いて音を確かめたり、ストレングとその子分たちが安全を確認したあとを、私たちはついていく。

 どれくらい進んだだろうか。そのうち何故かチョロチョロっと前に出たフィーネ君が、ストレングたちと一緒になって先頭を進んでいく。



「なにしてるのだフィーネ君は」


「んー。ありゃあ、たぶんアレだよアレ」



 エリンが頭を掻いて指差した先に、普通の大きさの扉があった。



「あ、この野郎! 抜け駆けすんじゃねぇ!」


「抜け駆けなんて人聞き悪い! 別にそんなんじゃありませんでしてよ!?」



 言いつつ、フィーネ君がピャーッと扉に近づいた。

 というか罠も確認せず一気に開けて部屋に入り込む。その後にストレングたちが塊になって部屋へと飛び込んでいった。



「なんなんだ一体?」


「フィーネのお宝発見センサーが何か感知したんだろ」



 フィーネ君とストレングたちに続いて、私たちも部屋に入る。

 そこはどうやら武器庫だった。剣や盾、鎧を始めとした様々な武器が壁一面に掛けられていた。

 先遣隊の隊長ですら「ほう」と目を輝かせるほどの逸品ぞろいだ。金色の装飾が施されているものが多く、エリンも目を輝かせてしばらく壁一面の武器に見入っていた。



「見てくださいルナリアさん! ここに陳列されている指輪、どれもなにかしらの魔力を宿しておりますわ!」


「この大斧、ちょっと派手だがなかなか良さそうじゃねーか。刃が立ってやがる」


「お宝の山ですね親分!」「短剣欲しいでやんす!」「あっしは投げナイフとかあれば……」



 それぞれが物色を始めた。「おいおい」と思ったが、質の良い武器を前にして冒険者に浮足立つなという方が無理なのだ。実は私もちょっと心が躍っている。



「杖……、は無いようだな」


「お、勇者ちゃん、この剣とか持ってみたらどうだ? 大きさ丁度いいし、サイズの割になんか軽いぞ?」


「指輪~♪ 指輪~♪ 魔法の指輪がごっそりと~♪」



 エリンに剣を渡された勇者ちゃんが、その剣を振ってみている。刀身が鈍く輝くその様を見るに、きっとなにかしらの魔力が篭っている武器に違いない。



「奥遺跡はこれまで冒険者に荒らされておらぬはずだからな」



 レイモンド司祭が指輪を手にしながらつぶやいた。

 そういえば、レイモンド司祭の指には似たような指輪がいくつも嵌められている。あれらも魔法の指輪なのだろうか。尋ねてみると、その通りだとのことだった。

 レイモンド司祭は指から一つ指輪を外すと、それを握りしめながら目をつむった。



「ディテクトマジック」



 レイモンド司祭の魔法で、部屋一面の武器が仄かに光り出した。

 魔力を帯びているものを発見する為の魔法だ。やはりこの部屋の武器にはどれも魔力が篭っているらしい。ストレングが歓喜の声を上げた、確かにこれはお宝だ。


 そんな中、私は部屋の隅にある箱に気がついた。

 装飾こそ派手ではないが、なんとも品の良い箱だ。

 木、ではない。

 金属? ……でもなさそうだ。なんとも言えぬ光沢のある、つるりとした箱がそこのあった。ディテクトマジックの光でふんわりと彩られたこの部屋の中では、むしろ珍しい、なにも輝いていない魔力無反応の箱。

 大きさは三十センチくらいか。細長い長方形をしていた。表面に、鳥のようなマークが記されている。



「勇者紋だな」



 私の隣で一緒に箱を見ていたレイモンド司祭が呟く。



「勇者紋?」


「古い古い紋章だ。キ族の紋章群よりも、もっともっと古いものだと言われている。記録もほどんどない」


「知りませんでした」


「一般人が関わることがほとんどない紋章だ、無理もあるまい」


「なぜ勇者紋と言うのです?」



 私の問いには答えず、レイモンド司祭が箱を開けた。

 箱の中には手に握れる程度の太さの、銀色の棒が入っていた。丁度、剣の柄くらいの大きさだ。



「手に取ってみたまえ」



 促されるまま手に取ってみると、それは非常に軽いものだった。振ってみる。投げてみる。眺めてみる。



「なんなのですこれは?」


「さてな。だがこの部屋に置いてあるのだ、きっと武器なのであろう」



 私が銀の棒を弄っていると、エリンとストレイグがよってきた。なんだこれ? と触り始める。やはり振ってみたり、軽く投げてみたり、ジロジロ眺めてみたり、私と同じようなことを繰り返した上で、首を捻っていた。



「これのどこが武器なんだルナリア?」


「どこが武器なのです、司祭殿」



 エリンからの問いを右から左にレイモンド司祭へとパスしてみた。私にもわからないのだ。



「勇者君、来たまえ」



 剣を振っていた勇者ちゃんがこちらを振り向く。呼んだかな? という顔で、トコトコこちらに歩いてきた。そのままレイモンド司祭から銀の棒を渡された勇者ちゃんは、それを振ってみたり、投げてみたり、やっぱり眺めてみたり。



「しっかり武器だとイメージしてみるんだ」



 勇者ちゃんが銀の棒を、まるで剣の柄を持つようにして掲げた。両手を前に突き出して、剣を前に掲げるような姿勢で直立する。

 背筋を伸ばした勇者ちゃんが目を瞑った。イメージしているのだろう、これは武器だと。剣だと。――すると。


 ブォン、と低い唸りに似た音が響いた。

 銀の棒の先端から、光が伸びる。その光は、丁度刀身くらいの長さまで伸びている。光の、剣だ。



「おお」



 と、近くにいた者が一斉に呟いた。

 貸して貸して、とエリンが勇者ちゃんの持った光の剣に手を伸ばす。

 しかし光の剣は勇者ちゃんの手を離れてしばらく経つと、またただの棒に戻ってしまった。貸してみろ、とストレングが手に取っても、同じだ。二人は再び、振ってみて投げてみて眺めてみて、結局勇者ちゃんに銀の棒をまた渡した。

 勇者ちゃんが、構える。

 ブォンと音を立てて、光の刀身が伸びた。

 レイモンド司祭が私の方を見た。



「勇者だけが使えるという、いわゆる『勇者の武具』。多くの場合はあの紋が目印になっているのだよ、ルナリア君」



 なるほど、だから「勇者紋」。

 確かに一般人にはあまり知られてなくても仕方なさそうな話だ。



「ちっ。専用とか、なかなか恰好いいじゃねえぇか小娘。ほれ、ここだ!」



 と、ストレングが大斧を構える。

 キャンプの稽古でよく見た風景だ。刃合わせ。ゆっくりとした動作で武器を振り合い、相手の武器を狙って刃を合わせる練習法。

 勇者ちゃんが、ゆっくりと光の剣を振った。

 ストレングの持った大斧の刃を目指して進む光が、目に残像を残す。刃と刃がぶつかる。と誰もが思った。が。

 ぶつからなかった? いやぶつかった?

 光の軌跡が音もなく、大斧を貫きながらスムーズに進んでいく。勇者ちゃんは、そのまま光の剣を振り切った。

 ――がごおんっ! と大きな音を立てて、ストレングの持った大斧の刃が床に落ちる。

 なにが起こった? と誰もが目をぱちくり。

 しっかり見てみると、ストレングの持った大斧の刃が、真っ二つに切られていた。



「なっ!」



 ストレングが声を上げた。



「なんじゃこりゃあっ!」



 信じられない、といった顔で自分が手にした大斧、だったものを見つめる。



「勇者ちゃんが斬ったのか!? 斧の刃を!? 鉄の塊を!?」



 エリンもまた、信じられないものを見る目で勇者ちゃんを見た。否、勇者ちゃんが持つ光の剣を見た。

 


「魔法の……武器」



 私もまた呟いたが、「いや」とレイモンド司祭がすぐに訂正する。



「みたまえ、勇者君が持っているあの武器には、私が掛けたディテクトマジックの光がない。魔法ではないのだ」


「魔法、ではない?」


「そう、魔法ではないチカラ。それなのに、あれだけの力を持つチカラ。そういう物が、キ族の歴史が始まる前の古い古い昔にはあったのだ」



 そんなばかな、と一瞬思い、すぐにそんな思いを打ち消した。

 考えてみれば、ゴーレムだってほとんど未知の技術なのだ。もちろん解析されている部分はあるが、基本的にはわからない。ここを叩けばこういう音が出る、こう吹けばこういう音が出る、まるで素人の楽器弄りのように、これまでの積み重ねで動作させているだけなのだ。

 魔法にも、そういう物がいくつもある。

 手近なところでは、移動魔法。

 あれも原理が全て解明されているわけじゃあない。こうすればこうなる、という経験則上のブラックボックスを使用しているのだ。だから、移動できる場所はあくまでガイドストーンがあるところに限られてしまう。


 ――。

 そうこうしている間にだいぶ時間が経ってしまった。

 武器はそれぞれ気に入ったものがあれば持っていくと決めたが、フィーネ君だけはどう考えても自分では使わない武器まで山盛りに背負って持ち出そうとしていたので、あくまで持てる範囲で、と最後に断りを入れた。

「持てますわー」とか「後生ですからー」と騒いでる約一名の身からあらゆる武器を剥ぎ取ってその場に残させ、私たちは先に進んだ。


 そして今、目の前に広間が広がっている。

 そこには四体のゴーレム。

 見たことがない形状をしているのは、ここが古い古い奥遺跡だからだろうか。


 私たちは武器を構えた。

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