第19話討伐隊編成

 キャンプに到着したのは夕食の時間を遥かに過ぎた頃だった。

 私とフィーネ君、それとレイモンド司祭の三人は、残り物を頂きながら円座になり、グレイグに経緯の説明をする。

 レイモンド司祭が実は魔物、という話はややこしくなるから伏せた。

 遺跡から手を引くことは、グレイグが即答で了承した。隊員の無事には替えられないからだろう。

 問題なのは、眠りに落ちた者を目覚めさせるためには遺跡の奥に居るであろう記憶食いという魔物を倒さねばならない、ということだった。

 遺跡奥の記憶はレイモンド司祭にもあまりないそうだ。心細い案内の探索になる、耐えうる探索メンバー選出をしなくてはならない。


 円座に人が増えてきた。エリンを始めとして、各隊の隊長クラスが座談を始める。

 私、エリン、フィーネ君の三人は確定だ。

 レイモンド司祭も案内人としてついてくる。

 グレイグは自分もついていくと主張したが、各隊のまとめ人として残って貰わねばならないとして却下された。



「なんだそんな話か。探索なら俺様が行かなくてどうするんだ」



 そう言って親指を立てたのは、横から聞いていた大男のストレングだった。私はストレングをジトっと睨んだ。



「今回宝探しはナシだぞ?」


「へへへ、まあ少しくらいなら構わねーだろ」


「親分がいくなら!」「あっしらも行きます!」「当然でやんす!」



 これで八人。



「私たちも同行しましょう」



 先遣隊の隊長が立ち上がった。

 先遣隊からは隊長以下三人が加わってくれた。助かります、と私は隊長の手を取った。



「反応が違うでやんすね親分」「信用の差」「人徳の差」


「うるせいっ!」



 子分たちがストレングに殴られる。これで十二人だ、遺跡の探索には十分な人数になってきた。そう思っていると、レイモンド司祭が手を上げて突然発言した。



「あと一人、必要な者がいる」


「誰かご推薦でも?」


「勇者くんにも、付いて来てもらう」


「はっ?」



 エリンの後ろで剣の素振りをしていた勇者ちゃんが振り向いた。呼んだ? という顔をしてこっちにくる。



「ちょっ、ちょっと待ってくださいレイモンド司祭。今回は確実に危険がある探索なんです。いくらなんでも勇者ちゃんを連れていくなんて早すぎる! 足手まといです!」


「そうだなー、さすがにあたしも反対だ。勇者ちゃんは置いてこーぜ」



 エリンも私に同調した。

 勇者ちゃんはようやく剣を振れるようになってきたばかりだ、戦力にならないどころか足手まとい。これは私の偽らざる本音である。



「勇者くんは連れていく。それが私の出す最後の条件だ、飲んで貰えぬなら案内はしない」



 あくまで冷静な声で、レイモンド司祭が告げる。

 円座が静まり返った。皆、これが無茶な話だと思っているのだ。

 立ったまま腕を組んでいたストレングが、レイモンド司祭をジロリ睨む。



「無理やり案内させるってことも出来るんだぜ?」


「やってみるかね?」



 レイモンド司祭が肩をすくめながら応えた。

 いい度胸だ、とストレングが一歩前に出る。

 言葉を受けて無表情に目を見開いたレイモンド司祭の顔を見て、思わず私は立ち上がった。



「仲間同士で諍いをしているときではないだろう!」



 言いながら、心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。

 レイモンド司祭は魔物。

 その言葉を忘れ掛けていた私に思い出させてくれるほどに、レイモンド司祭は無機質な能面を作っていたのだった。

 同族に近い見た目の中に交じる異質。

 私はレイモンド司祭に、言いようのない恐怖を感じてしまったのだ。



「ちっ」



 舌打ちしたストレングが座り込んだ。ジロリとレイモンド司祭を睨んだが、それ以上なにかを言うつもりはないようだ。

 私はレイモンド司祭に尋ねた。



「……よくわかりませんが、勇者ちゃんの力が必要なのですか?」


「そう取ってくれて構わんよ」


「それなら……」



 私は頷いた。エリンとフィーネ君の顔を見る。



「エリン、フィーネ君、やれるか?」


「わかった。勇者ちゃんは必ず守る」


「大回復なら任せてください」



 二人とも頷いた。最後に私は勇者ちゃんの方を見て、



「勇者ちゃん。キミ自身はどうなんだ、来る気はあるのか?」



 と尋ねた。

 勇者ちゃんは剣をひと振り。その後に剣を掲げてみせた。わかった、私は頷く。



「こういう形となりましたグレイグ殿」


「了解した。では探索開始は明朝、食事を取ってからとする。それぞれ準備をしておくように」




 円座が割れて、私とエリン、フィーネ君にレイモンド司祭がその場に残された。



「仲間を挑発するような真似は控えて頂けませんか、司祭殿」


「おや? 挑発されたのは私かと思っていたが……」



 不思議そうな顔をされてしまった。

 確かにストレングが先に挑発したのは確かだが――、



「司祭さま、普通の司祭さまはあんな大男に喧嘩を売られて買ったりしませんわ」



 フィーネ君が私の言いたいことを代弁してくれた。



「そういうものかね。いや、そういうものだな。どうやら私は調和を乱したようだ、謝罪しよう」


「謝罪はいいんだけどよ、勇者ちゃんのなにが必要なんだ?」



 エリンが頭を掻いた。



「正直戦力としちゃ期待できないぞ?」



 そう言って、あちらで張り切って素振りしてるらしい勇者ちゃんを見る。私も含めた一同が、エリンに倣って勇者ちゃんを見た。



「でも、剣を振るときだいぶ腰が据わって来ましたわね、勇者ちゃん」


「筋が良いのは認めるよ。勇者ちゃんはたぶん、師が居なかっただけだ。ちょっと教われば、もうリッカリスなんかに負けはしない」



 だが、それと今回の探索は別の話だ。

 それは私たちの共通認識だった。黙して私たちは、レイモンド司祭の方を見た。



「ルナリア君、まだ額のアザは消えないかね?」



 司祭に問われて思い出した。

 最近は前髪で額を隠すようにしていたが、どうなのだろう。髪を上げてみる。



「まだしっかりありますわね」



 フィーネ君が近づいてきて、まじまじと私を見つめる。なんか照れ臭くなって、私は前髪を下した。



「それはキ族たる者の証だ。そして、勇者の従者たる証でもある。君のチカラは、勇者がいるところでこそ最大限に発揮されるはずなのだ」


「従者とは? 私はそんなものになった記憶がないのだが」


「さて。先の戦争で噂になった程度のこと、私も実際目にしたのは初めてだから具体的にはなんとも。ただ、ひたすら強力な魔法兵士だったと聞く」



 そのチカラが必要なのだ、とレイモンド司祭は締めくくった。

 私たちはイマイチ納得しきれなかったが、レイモンド司祭はこれ以上喋ることはないとばかりにこの場を去っていった。




☆☆☆




 身体が白い霧の中に沈んでいく。

 もう何度目だろうか、この感覚は、この森で夢を見る前の兆候だ。慣れたもので、私はぼんやりとながら夢を観察出来るようになっていた。


 今日の夢は、魔法学校の学生時代のものだった。

 入学した私は、魔法の理論というものを学び、ニド先生の研究室に入った。薬学専攻で、様々な魔法の薬品を研究している先生だ。

 知らないことをたくさん教われる喜びと、知らないことを新しく発見していく快感。幸福な日々だ。

 だがそれも、途中で終わる。


 学費が心もとなくなってきた私は、街酒場をつてにして魔法の何でも屋を始めた。

 あちこち動き回る仕事だった。

 慣れない仕事に疲れ、学校で失敗が多くなる。居眠りをして叱られる。

 成績はみるみる下がっていった。研究室に顔を出すことも減った。

 ……今日の夢は長いな。まだ続くのか。


 ある日のこと、私は仕事で魔法の基礎を人に教えた。

 軽い気持ちだった。魔法は素晴らしいものだから、もっともっと使える人が増えたらいい、その程度の気持ちだ。

 しかしこのことが学校で問題となった。魔法学校の学生が、中途半端な知識を使って外で魔法を教えている、と。

 私は厳重注意を受け、謹慎の身となった。

 とはいえ金銭的な問題で家に籠っているわけにもいかず、ちょこちょこと仕事を入れていた。その日、食べる物にも苦しんだこともある。

 ニド先生が私を心配し、下宿の方へ差し入れを持ってきてくれたこともあった。今でも先生には頭が上がらない。

 謹慎中の私の行動に学校側は見て見ぬフリをしてくれたが、学友たちは違った。私は学内で孤立してしまった。


 それでもいい。

 私にはやりたいことがある。薬を作るのだ。お婆さまの身体を蝕んでいる病気を治せる魔法の薬を。最後に会ったとき、いつものように喧嘩をしてしまったお婆さまに薬を届けて謝りたいのだ。

 謝りたかったのだ。



☆☆☆



 ――い、

 ――おい、……!



「おい! ルナリア!」



 突然耳に金属でも突っ込まれたかのような刺激が走り、全身を震わせた。



「うわわっ!」



 文字通り飛び起きてしまった私である。毛布を跳ね除け、反射的に枕元の杖を手に取った。



「落ち着け、大丈夫か? だいぶうなされてたぞ?」



 胡坐をかいたエリンが枕元に座っている。

 ここはテントの中だ。どうやらまた、ロクでもない夢を見ていたらしい。



「わかってる。ありがとうエリン、夢だ……」


「いこう、朝食が出来たぞ。最近食が細いだろおまえ。今日は探索だ、しっかり食うんだぞ」



 自分ではしっかり食べていたつもりなのだが、ハタからはそう見えたのだろうか。はたまた自分では食べているつもりなのに、あまり食べていなかったのだろうか。

 ともあれエリンの言う通りだ、今日から探索。しっかり体力を付けていこう。



「おはようございますですわ、ルナリアさん」



 テントから出るとフィーネ君が声を掛けてきた。手にはシチューの皿を握っている。立ち食いなのだ。



「今日は朝からシチューか」


「粉と材料炒めて人数分煮込むだけだからな。量を作るのが楽なんだ」



 応えるエリンがどことなくやりきった顔をしている。

 言うほど楽でもないはずだがエリンは凝り性だ、きっと今日はエリンも一緒に食事を作っていたのだろう。



「おう、起きてきたかルナリア。ほらよ、おまえの分だ」



 皿に大盛のシチューを渡してくるストレング。



「こんなに食えるか!」


「いいから食え食え! 今日のリーダーはてめえ、リーダーには体力が要るんだ!」


「そうですわよルナリアさん、たくさん食べないと。余ったらわたくしが食べて差し上げますけれども」


「フィーネ、あっちにまだお代わり分が残ってるぞ」


「本当ですかエリンさん?」



 フィーネ君はそそくさとそっちに歩いていった。

 最近フィーネ君とよく食事を共にしている気がするが、存外食いしん坊だということがよくわかった。



「ん、どうしたね勇者ちゃん」



 勇者ちゃんが、これまたシチュー皿を持ちながらこちらにやってきた。片手に持っているのはカップだ。勇者ちゃんがこちらにカップを差し出してくる。



「これを飲めと?」


(こくこく)



 受け取ったカップになみなみ注がれた液体を、ゴクリと飲んだ。それは冷たい果実水だった。



「冷たくて美味しいな。どうやって冷やしたのだね?」


「あははそれか。昨日あたしと勇者ちゃんで周辺を探索していたら、水が飲める泉を見つけたのさ。勇者ちゃんがそこから汲んできたんだろう」


「それにしてもこの冷たさは汲んだばかりみたいだ。……え、もしかして私の為にわざわざ?」


(こくり)



 と勇者ちゃん。私は思わず頭を掻いた。



「ありがとう勇者ちゃん、今日は頑張ろう」



 お代わりシチューを入れてもらったフィーネ君が、トコトコこちらに戻ってくる。


 昇ってきた日が木々の葉を光で揺らす。芝の上に木陰が揺れていた。

 さあ今日は探索だ。冒険だ。

 魔物、ゴーレム、なんでもこい。大盛シチューと冷たい果実水を飲んだ私に恐れるものはない。準備は万端。

 なんてことを考えながら、私は朝の野鳩の声を聴いていた。

 長い一日が、始まる。

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