第18話記憶食い
それに最初気がついたのは先遣隊の隊長だった。
自分の隊のメンバーの一人が、その日いつまで経ってもテントの中から出てこなかったのだ。
体調でも悪そうだったかと同じテントの者に聞くと、少なくとも昨晩はそんな様子もなかったと言う。隊長はテントに入り、その隊員を起こそうとした。
しかし、耳元で大声を出しても、身体を揺り動かしても、叩いてみても、隊員が起きることはなかったと言う。
「隊員が起きてこない?」
最初は肩をすくめて報告を受けたグレイグも、詳細を聞いて事の重大さに気がついた。彼はハインマンに、「夢見る森」と呼ばれているこの土地であった事件のことを聞いていたので、すぐにそれを連想した。
百年ほど前、近隣の村人が眠りについて起きることがなかった、というものである。
グレイグはキャンプを引き払うことをすぐに決断したが、時すでに遅かった。先遣隊の隊長に続き、仲間が起きてこないという報告が相次いでもたらされたのである。その人数は、実に隊員の半数以上。
彼らを見捨てて戻るわけにもいかず、隊は身動きが取れなくなってしまった。
☆☆☆
テントの外の騒がしさに目を覚まし、大きな伸びをしながら外に出ると、そこにはグレイグが立っていた。
「おお。『起きてきた』か」
「おや、お早うございますグレイグ殿。なにやら騒がしい朝ですね」
「そのことだがな――」
とグレイグが話を始めた。
今朝、隊員の半数以上が眠りから覚めてこないらしいとのことだった。私は息を呑む。
「それは……」
「そうだ、ハインマンの言っていた百年前の話と同じだ」
眠ってしまった隊員の数が多くて、撤退しようにも身動きが取れないとグレイグは言う。そこで私に、移動魔法でアイソンに戻って貰ってハインマンに救助隊の派遣を頼みたいのだと言う。
「わかりました。ついでに魔法学校の書庫に寄って、百年前の事件の記録を調べてきます。なにかわかるかもしれませんし」
「よろしく頼む」
「ではさっそく行ってきますよ。おい、フィーネ君! フィーネ君はどこだ!?」
未だスヤスヤ眠っていたフィーネ君を見て一瞬不安に思ったが、揺り起こしてみれば一言二言の寝言の後に無事起き出してきた。起きなかったら耳元でチャリンとお金の音をさせてみるつもりだったのはここだけの話だ。
私はフィーネ君を連れていくことにしたのだ、書庫で調べものと言えば彼女の知識が役立つこともあるかもしれない。
私は寝ぼけまなこのフィーネ君を連れて、移動魔法を使った。空を飛んでアイソンに付いたのは、その日の昼前だった。
☆☆☆
酒場でバーテン君にハインマンへの伝言を頼みグレイグからの書状を預かって貰い、その足でフィーネ君と共に魔法学校へと向かう。
先生に事情を話して記録書庫の鍵を開けて貰った私たちは、さっそく百年前の記録を調べ始めた。
「これですわね」
フィーネ君が手に取ったのは百年前の魔法的な事件簿だった。
アイソン領セトノ村。年齢や男女の区別なく村民三十二名が次々に眠りにつき、やがて衰弱死。以後廃村となる。
原因は不明だが、当時森の中で発見された遺跡が原因ではないかと囁かれ、遺跡を研究する為に作られた祠は閉鎖。封印される。
「遺跡の研究内容も気になるな」
関連資料を探しながら思い出した。最初に遺跡を探索したとき、小部屋に散らかった文書に夢がどうのこうの、といった記述があった気がする。
あれが当時の研究文書の一つだとするならば、最初からあそこで見る「夢」とやらを研究するために作られた施設だったのかもしれない。
「……夢の原因が土地にあるのかキ族の遺跡にあるのかわからないが、国や魔法学校が予算を割くようなものなのだろうか、あの夢は」
「夢? 夢がどうかなさいましたかルナリアさん」
「フィーネ君は気づいてなかったか? あそこで寝ていると、自分の過去の夢ばかり見る。それも、夢というにはやけに鮮明な、どちらかと言えば自分の記憶そのものの夢だ」
「そういえば……。でも、それがなにか?」
「あの遺跡は、その夢の研究所だったかもしれないんだ」
関連資料が見つかれば、それもわかる。
そう思い私は研究所の記録を探したが、どうにも見つからない。フィーネ君にも頼んで探してみて貰ったが、やはり見つからないのだった。
「ああっ!」
「見つかったかねフィーネ君!」
「そういえば朝から何も食べてませんわ!」
思わず私はフィーネ君の頭を引っぱたきそうになったが、言われてみればその通り。焦っていた為つい忘れていたが、食事は大事だ。酒場で軽く食べておけばよかった。
「よかったら食べるかい?」
と、横から話しかけてきたのは、いつの間に書庫に入ってきていたのか、パンをモゴモゴ食べているニド先生だった。パンを譲りうけ、口に運びながら私はニド先生に尋ねた。
「この事件に関係する遺跡の記録が見つからないのですが……」
「どれどれ」
ニド先生は奥から記録書庫の目録を持ってきた。
目録のページをめくりながら、かび臭い本棚を見て回る。
「ないね。どうやらその遺跡に関する資料は最初からここに収められていないらしい」
「え?」
「たまにあるんだよ。研究の詳細を残してしまうと問題あるとかで、研究資料をここに残せないことが。その遺跡は事件に絡んでいるかもしれないんだろう? そのせいかもしれないね」
私が言葉を失っていると、ニド先生が続けた。
「だが、確かその遺跡なら今でも個人で研究している人がいるよ」
「誰です!? 紹介してください!」
「いいよ、紹介状を書こう。司祭の身で遺跡研究とか珍しいから覚えていたんだ」
「……司祭?」
「名前は……、そうだレイモンド。レイモンド司祭だ」
☆☆☆
教会の守門に先生からの紹介状を渡すと、やがて奥へと通された。
フィーネ君抹殺を止める為の交渉をしたときに、一度来たことのある部屋だ。レイモンド司祭の部屋は相変わらず質素なもので、樫造りの粗末な机と椅子があるだけだった。
「誰かと思えば君たちか。またワイデルマイド伯のことで来たのかね? もう話はついていたと思うが」
ニド先生に書いて貰った紹介状を受け取ったレイモンド司祭は、座ったまま面白くもなさそうに肩をすくめた。私たちは事情を話す。
夢見る森の遺跡で発掘作業をしていたら、過半数の人間が眠りから覚めなくなってしまったこと。原因を調べるために魔法学校に行くも、資料がなかったこと。
「話はわかった。で、私にどうしろと」
「司祭殿はあの遺跡の研究をなさっているとお聞きしました。なにかわかることがあれば、と助言を乞いにまいりました次第です」
「ふむ」
レイモンド司祭は腕を組んで天井を見上げた。
「条件がある。遺跡から手を引いて貰おう」
「……私はそれに即答できる立場ではありません。ですがもし事態を解決できるのならば、グレイグ殿はたぶんそれを飲むでしょう。勿論私も口添え致します」
「よろしい」
満足気に頷いたレイモンド司祭が立ち上がる。
「そも、封印を解いてしまったのが間違いなのだ。あの遺跡にはチカラが眠っているが、同時に魔物も眠っていた」
「魔物?」
「そう。人の記憶をエネルギーとして食らう魔物だ。『記憶食い』と私は呼んでいるがね」
「記憶食い……」
「あの森に何日か滞在していたなら、奇妙な夢に気づいただろう? あそこで見る夢は、すべて自分の過去の記憶だ」
横でフィーネ君が頷いている。
それはフィーネ君だけでなくストレングとも話したことだった。遺跡の周辺で見る夢は自分の過去の出来事、一切の違いもない過去の再体験だ。
「あの遺跡は、人の記憶が沈んでいく場所に作られているのだ。記憶の井戸と私は呼んでいるが、記憶の井戸には、生者死者問わず、人の記憶のエネルギーが沈んでいく。イメージとしては魂の一部、と言えばわかりやすいかね」
私は遺跡の中で見た夢を思い出した。
白い霧の中で、たくさんの人の影が重なり合って動いていた夢だ。
「世界中の人間の記憶が、ないまぜになった混沌のエネルギーだ。それはそれは莫大なものだよ、そこに巣食ってエネルギーを餌にしているのが、記憶食いの奴だ。記憶を食われた生者は空っぽの肉体になり、永遠の眠りにつく」
「記憶を食べられてしまったら、もう元には戻れませんの?」
フィーネ君が質問した。
「エネルギーが消化される前に記憶食いを倒せば良い。倒せれば、だがな」
「……話が単純になってきてありがたいのですが、なんで司祭殿はそんなにお詳しいのです?」
私の問いに、どうやらレイモンド司祭は笑ったようだ。
自嘲気味ともいえる、なんとも言えない表情を浮かべた。
「何年も研究してきたからな」
「何年も……?」
「そうだ。何年も、何十年も」
レイモンド司祭はここではないどこか遠くを見ているような目で頷いた。
「……百年前、記憶の井戸の存在に気がついた国は、魔法学校に協力を求めて調査を開始した。その結果、地下にキ族時代の遺跡が見つかり、そこのキ族時代の遺跡には魔法によって人の記憶を改ざんすることの出来る装置が封印してあった」
「記憶の改ざん?」
「記憶を消したり記憶を捏造したり、まあ洗脳にうってつけな装置だな。時の王は喜んだというよ、大量の予算を組んで研究を開始させたようだ」
聞いたこともない話であり、にわかには信じられない。
それでも私とフィーネ君は、レイモンド司祭の言葉に聞き入っていた。レイモンド司祭の言葉には無視できない熱があった。
「非人道的ながら素晴らしく強力な装置だ、実験や研究は秘密裏に行われた。記憶食いが目覚めたのは、そんな矢先だ。次々と研究員が眠りに落ち、やがて近隣の村にまで被害は及んだ」
「まるで見てきたように語られるのですね、司祭殿は」
「見てきたのだよ。何故なら記憶食いとは私のことだ」
「は?」
「いや私のことでもある、と言うべきか。私は記憶食いから分かれた小さな分身だ。気がついたときには人の形をしていたが、君たちが言うところの魔物というものだよ」
ガタン、と入り口の戸から音がなった。
戸にゆっくりと近づき勢いよく開けてみると、部屋の中にワイデルマイド伯爵が転がり込んできた。どうやら戸に身体を預けて聞き耳を立てていたらしい。
「ややや、やはり魔物であったかレイモンド、司教さまの仰る通りであったわ!」
転がったままの伯爵が大声を上げた。
フィーネ君が手を差し伸べると、ふん、と鼻息を荒くしながらその手を取り、立ち上がる。伯爵はレイモンド司祭を睨んだ。
視線を受け、レイモンド司祭が小さく首を振る。
「侍従に正体を見られたのは迂闊であった。気がついて記憶を『食べた』が、遅かったようだ。君は嘘がつけない、君の私を見る目が変わったのは、すぐわかったよ」
「うるさい、魔物風情が知己のように語るでないわ汚らわしい!」
伯爵は私とフィーネ君の方を向いた。
「なにをしているお前たち、はやく魔物を捕まえんか!」
「彼女たちは私に手を出さないよ。私の知識が必要だからね」
「くそっ!」
伯爵は慌ただしく部屋を出ていった。
フィーネ君が、おずおずとレイモンド司祭に向かって尋ねる。
「あの……。なぜいま、こんな……、正体を自らおあかしに?」
「この百年、私はあの遺跡を研究しながら、記憶食いの本体が眠りから覚めないように封印を守ってきた。記憶食いが、分身である私を呼ぶからだ。戻ってきて、また記憶食い本体の一部に戻れ、と」
レイモンド司祭はマントを羽織ると、机の傍らに立てかけてあった杖を手に取った。
「私は、この自我という物が気に入っている。自由に思考し、動けるこの身体を気に入っている。君たちがあの記憶食いを倒してくれて、遺跡から手を引いてくれるならば、これは良い潮時なのだ」
「潮時……」
「まあそれ以外に、君たちに私の知識の根拠を説明するのに手っ取り早そうだったというのもあるがね」
レイモンド司祭が魔物。
そう言われても私にはまったくピンとこなかった。人の形をして、人の言葉を使い、理性的に話をする魔物。こうなると、人と魔物との違いはなんなのだろう。
「さて、行こうか。もうここに居る理由はない。遺跡まで飛んでくれ」
ともあれ時間との勝負になるらしい。
外に出て、私は移動魔法を唱えた。
暮れていく日を見ながら、私たち三人は空を飛ぶ。
到着は夜になる。焦る心を抑えながら私は目を瞑った。
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