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第17話再び遺跡へ

 私たちは仕事のためにアイソンを後にした。

 仕事とは、先日の遺跡の再調査及び調査隊の護衛だ。メンバーは、私、エリン、フィーネ君の三人の他に、商人のグレイグと勇者ちゃんが同行している。

 そう。勇者ちゃん。

 まだ子供で未熟で何も出来ない彼女が何故かまた付いてきているのは、エリンが強烈にプッシュしたからだ。

 剣の稽古を兼ねて、旅慣れさせたいらしい。

 私は難色を示したが、勇者ちゃんの母君が妙にエリンと意気投合してしまい、結局そういう話になってしまった。やれやれ。


 一応もう遺跡はだいたい探索済みで、今回は我々の他にもハインマンが手配した遺跡の探索隊がいる。さしたる危険はないだろうと、最終的に私も了承したわけだ。



「よう低級魔法使い、戻ってきたか!」



 森の中で私たち一行を出迎えたのは、見覚えのある大男だった。私も思わず声を上げた。



「筋肉ダルマ! やっぱり生きていたか!」


「わはは! 遺跡が崩壊しかけたときにはビビッたが、どうにか子分共も無事よ!」



 無事でやんすよ~、と後ろの方で子分くんらが手を振ってきた。



「聞いたぜ。お前らもアイソンに帰って上手くやってたようじゃねーか! まあ無事でなによりだった」



 手を差し出してくる大男(確か名はストレングといった)と握手をする私。私は彼らがここに居る理由を聞いた。彼らはあのあと数日かけて遺跡を抜け、森でキャンプしているところでハインマンの手配した先遣隊と出会ったという。そこで先遣隊の隊長に道先案内を頼まれたとのことだった。



「丁度俺らも、手に入れたゴーレムパーツの買い手を探すところだったしよ。ついでに雇われてやったのさ」



 またお前らが来る気もしてたしな、と笑うストレングが私たちを先遣隊のキャンプに案内ししてくれた。

 キャンプ地は、遺跡入り口周囲の森が開けた場所だった。規模は、十人程度。ここに私たちが護衛してきた本隊を合わせると優に三十人を超える大キャンプとなる。

 これは、遺跡が危険というよりも重いゴーレムパーツを手早く運び出すための大人数だそうだ。


 本体の我々が、グレイグの指揮で追加キャンプを整え終わる頃には、もう夕方になっていた。キャンプの中央で大きく火を焚きながら夕食を取り、ひと息つけば、もう夜だった。


 夜、寝る前の数時間、私とエリンは勇者ちゃんに稽古をつける。私が魔法の基礎を語って聞かせ、エリンが剣の使い方を身体で教えるという形だ。

 結局、勇者ちゃんが魔法を使える気配は、今のところなかった。基礎である発火から学ばせているが、成功した回数はゼロ。残念ながら魔力の波動も感じられない。

 転じて剣の方は、エリンに言わせるとなかなかの成長ぶりだそうだ。勘どころが良いというのか、エリンの振りにうまく剣を合わせてくる。先が楽しみだぞ勇者ちゃん、とエリンは勇者ちゃんの頭を撫でたものだった。



「そうじゃねぇ! そこは両手で振るんだ!」



 と、自分でも両手で素振りの真似をしているのは、大男のストレングだった。勇者ちゃんが言われた通りに剣を両手で握ろうとすると、



「いや勇者ちゃん、そこは片手でいいんだ」



 エリンが片手に持ち直させる。



「なに言ってやがる両手で振らなきゃパワーは出ねぇ!」


「お前みたいな大男と一緒にすんな! 勇者ちゃん、武器の重さを利用するんだよ。こうな、円を描くように剣を回して……」


「パワーこそ力だ! エリン、小娘にまず筋肉を付けさせろ! これくらいの筋肉だ、そうすりゃなにも怖くねぇ!」


「親分ほどの筋肉の持ち主なんて見たことないでヤンス」「無理ですよ」「何事も自分基準だから親分は」



 ストレングの子分たちが肩をすくめている。

 見れば勇者ちゃんの稽古を、大勢の人間が眺めていた。口を出すストレングたちだけでなく、発掘隊で手の空いてる者が談笑しながら勇者ちゃんをヤンヤと応援している。


 パチパチと焚き木が鳴っている。

 私は酒を飲みながら、そんな様子を眺めていた。



「面白い子だな、あの子は」



 いつの間にかグレイグが横に立っていた。



「ひたむき、というのかな。無表情でわかりにくい気もするが、何故か動きを見ていると真剣さがよくわかる。ついアドバイスしたくなる子供だ」


「ぜひアドバイスしてやってください、ああいう大人たちになるな、と」



 勇者ちゃんそっちのけで言い合いをしているエリンとストレングに対して苦笑を向けながら私は言った。フィーネ君が勇者ちゃんに飲み物を渡していた。言い合いが終わるまでの間、しばし休憩。



「明日はあの子も連れて中に入るのか?」


「ええ。先遣隊の皆さんに状況を聞きましたが、あまり危険は無いようでしたので」


「良い経験になるといいな」



☆☆☆



 夜半を過ぎた。

 魔物や動物を避けるための焚き木を絶やさぬよう、火の番を兼ねた見張りが交代で立っている。このところ眠りが浅いのか、ロクな夢を見ない私はつい起き出して、テントが設営されたキャンプ周りの暗がりを歩き回っていた。

 キャンプは森の中の開けた芝地に張られている。

 来たときはサクサクだった芝の辺りが、今はもうそこかしこ踏み荒らされてクタクタだ。人の手が入るとすぐにこうなってしまうのだな、と、なんとなく私は申し訳なく思った。詮無い感傷だが。



「おうルナリア。起きてやがったか」



 ストレングが、大きな足で芝を踏みながら近づいてきた。



「どうにも夢見が悪くてね」


「……昔の夢か?」



 ストレングは頭を掻いて大きな欠伸をする。

 私は思いっきり不機嫌な顔を作って、ストレングの方を向いた。



「なぜそう思う?」


「この森に入ってから、見る夢と言えば全て昔の夢だ。これは俺だけじゃない、子分共もだし、聞いてみたら先遣隊の連中もそうだって話よ」


「……皆が皆、自分の過去の夢を?」


「そうだ。こんな偶然、あるわけねぇ」



 ストレングは大きな体躯を振るわせて、くっくっくと笑った。



「あの遺跡にゃ、まだ謎がある。するぜするぜ、お宝の匂いだ。今度こそお前らにゃ負けねぇ、ここの奴らにも負けねぇ。お宝は俺たちのもんだ」


「それが本当の狙いか、ストレング」


「なんの目的もなく、盗賊がまっとうに働くかよ」



 と、ニヤリ不敵な笑み。

 私もつい笑いがこぼれた。



「……この森は、夢見る森と呼ばれている。百年前、近隣の村人が眠りに誘われて、二度と起きることがなかったという事件があったらしい」



 それと無関係ではないだろうな、と私は腕を組んだ。



「せいぜい夢に囚われないよう頑張ることだな、ストレング」


「ふんっ、とっくに囚われてる奴に言われたくないぜ」



 私は眉をひそめた。



「私が囚われている? 夢に? なにを言っている」


「昔の夢を見てイヤそうな顔する奴なんて、大拘りに拘ってる過去がある奴だけよ。これを囚われてると言わないで、なにを囚われてると言やいいんだ」


「――」


「もっと前だけ見ときゃいいんだ。お前はあの小娘に魔法を教えてるんだろう? ならそっちに集中しやがれ。護衛の仕事中なんだろう? そっちに集中しやがれ」



 私はポカン、と口を開けた。



「もしかして今、私は励まされているのだろうか?」


「ばっ、ばっ、ばっ! バァロゥ! そんなんじゃねぇ! ただ俺は、てめえらのテンションが低かったら出し抜いても意味がねぇと……! あこら! なに笑ってやがるてめえ!」


「あはは、わかったわかった」



 私はキャンプの方へと歩いていった。

 明日に備えて寝ることにしよう。「前だけを見てることにしてね」とストレングに言うと「だから別に俺は……っ!」と顔を真っ赤にしている。慣れないことをするものじゃないぞ、と私はもう一度笑ってやった。

 明日は勇者ちゃんを連れての遺跡探索だ。探索と言ってもだいたい調べ済みだが、ダンジョン化している為に魔物が出る可能性もある。コンディションを整えて、ちゃんと勇者ちゃんを守らねば。


 テントに入るとエリンがイビキをかいていた。

 私も毛布にくるまる。目を瞑ると瞼の裏がチカチカしている。まるで星空でも見てるような気持ちのまま、私は眠りの中に落ちていった。



☆☆☆



「そっちにいったぞ勇者ちゃん!」



 遺跡の中、エリンが剣を振って、小さめなケイブリスを勇者ちゃんの方へと誘導する。両手で剣を構えた勇者ちゃんが(さして長くもない剣なのだが、勇者ちゃんが持つと大きな長剣に見える)大きく振りかぶった。

 動きの速いケイブリスに合わせて、私は手前で発火を撃った。一瞬怯んだケイブリスに、勇者ちゃんの剣が当たった。


 負傷したケイブリスが奇声を上げて勇者ちゃんに飛び掛かる。勇者ちゃんは左腕に備え付けてある丸盾で爪を受けながら、剣の柄でケイブリスを殴りつけた。そのまま地に落ちたところを、剣でひと突き。ケイブリスは断末魔の声を上げて倒れた。

 これが勇者ちゃんの魔物初討伐だった。

 


 私、エリン、フィーネ君、勇者ちゃん。

 私たち四人は、ゴーレムパーツ回収隊の先頭を歩いている。

 遺跡の中は荒れていた。

 壁や床にヒビが入っていたり、通路が崩れていたり。

 杖を取ったときの地響きの影響だろうか? 正確なところはわからないが、とりあえず魔物の数は少ないようだった。杖を抜いて遺跡の封印を解くことで、ダンジョン化が収まったのかもしれない。


 私たちが下層に行った下り坂以外にも、大きな通路で下層に行ける道も見つかったとのことだったので、そっちの道を使い下層へと向かう。

 下層は下層で、通路が崩れてこそいないが、ほんのり明るかった通路の光は消えていて、キ族の遺跡としての機能を停止しているようだった。


 結局この日は、何事も問題なく湖のあった広間にたどり着き、私たちが倒したゴーレムのパーツを回収できた。もっとも、パーツの殆どが酷い状態であったらしく、グレイグ曰く表面装甲のパーツ取りにしか使えないかもしれない、とのことだった。



「どうだ勇者ちゃん、ケイブリスうまいか?」



 夕飯はエリンが腕を振るった。

 とはいえ三十人前、焚き火を使って大胆に焼いたケイブリスの丸焼きを解体したものを塩とスパイスで食べるだけの単純なものだった。

 このケイブリスは勇者ちゃんが仕留めたものだ。


 勇者ちゃんは頷いた。――わけでなく、コックリコックリ、首で舟を漕いでいる。初めての魔物討伐だ、疲れたのだろう。

 食事中に眠ってしまった勇者ちゃんをテントに運び込み、私たちはケイブリスで舌鼓を打った。勇者ちゃんの分は残しておいて、勇者ちゃんの枕元に置いておく。

 そんな日常が何日か続いた。


 事件が起こったのは五日目だ。

 隊員の半数以上が、眠ったまま起きなくなったのである。

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