第13話司祭と伯爵


 青空を額縁に収めたような、小さな窓。

 鎧戸もカーテンもついていない簡素な窓から、涼しげな風が吹き込んだ。

 私たちは今、アイソンの教会の中にいる。

 私たちが信徒に案内された石壁造りの狭い部屋には、樫造りの粗末な机があるだけだった。


 机の上には書類の一つもない。

 部屋の中を軽く渦巻いた風が、私の頬にかかる髪の毛を撫でた。そのまま我々が今入ってきた扉の外に抜けて行く。

 この、なにもない部屋に風ですら戸惑っているのだろう。

 質素というよりは、無機的な部屋だった。



「ひょえ~」



 隣に立っているエリンが小声を洩らす。私と似たようなことを感じているのだろう。



「なにもねー」



 とはいえ、思ったことを全て口に出して生きてゆけるほど世界は寛容じゃない。私はエリンの足を踏んだ。



「いてっ!」


「お初にお目にかかりますレイモンド司祭。ワイデルマイド伯より、今日はこちらに出向くように仰せ付かまつりましてまかり越しました、旅商人のグレイグと申します」



 グレイグは私たちを空気のように扱いながら一歩前に進むと、胸に手を当ててこうべを垂れた。私とエリン、フィーネ君も慌ててそれに倣う。



「ああ、ふむ」


 

 グレイグの目の前に立っている初老の男――レイモンド司祭は、これまた部屋の質素さからは想像出来ない指輪だらけの豪奢な手で、グレイグの差し出した書面を受け取った。



「話は聞いている。これが目録かね?」


「はい」


「ゴーレムのパーツであると聞いていたが、……あまり数はないのだね」


「申し訳ありません。一か月ほどお時間を頂ければまだ入荷の予定はあるのですが、今ですと手元にあるのはそれくらいでして」



 つんつん、とエリンが肘で私の脇を小突いた。



「……なぁ」



 と、上目遣いのまま私を見て、



「司祭さまの部屋ってのは、こんなもんなんか?」



 小声で尋ねてくる。



「――知るか。そもそも教会の奥になぞ入ったことがない」


「ふーん」


「なんだその、ふーん、ってのは」


「いや、ルナリアってお城にすら入ったことがあるらしいのによ? ほら、牢屋は城の地下にあるらしいじゃん?」


「なにが言いたい、なにが」


「いたたたたっ」


「――おっほん!」



 フィーネ君の咳払いが、私たちの姿勢を正した。

 ビクッと、柄にもなく直立不動の姿勢で気をつけをしてしまったのは、初めて入った教会の奥に緊張していたからだろう。

 私とエリンは気まずく目を合わせ、首をすくめた。ことさらエリンが饒舌だったのも、緊張していたからに違いない。



「そちらの方々は?」



 と、レイモンド司祭が私たちの方へと視線を向けてきた。



「私の隊商で懇意にしている冒険者たちです。今日はレイモンド司祭のゴーレム鑑定眼を勉強させてやろうと思い連れてまいったのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」


「いや構わんよ。それではワイデルマイド伯が来られる前に、確認を済ませてしまおう」


「恐れ入ります」


「では行こうか」



 レイモンド司祭とグレイグに続く形で、我々も部屋を出た。

 信徒が雑居している部屋を抜けて、そのまま教会の外へ。

 ゴーレムのパーツは大きいので、建築ギルドが管理する街はずれの資材置き場に預けてあるという。



 資材置き場はなかなか活気に溢れていた。

 グレイグの預け物に関係なく、石や木材などの資材がひっきりなしに運ばれていく。アイソンは今、ちょっとした好景気なのだ。貴族が館を作ったり、新しく工場が出来たりしている。

 そして、ざわざわと騒がしい資材置き場の中でも、グレイグの預けたゴーレムのパーツ群はひと際目立っていた。仕事の合間に、眺めにくる職人も多いようだ。



「なるほど。これはなかなか状態の良さそうなパーツであるな」


 

 足元に置かれているのは、銀色に輝くゴーレムの大きな腕が四本、足が三本。ゴーレムのメカニズムはまだあまり解明されていないが、発掘や破壊されたゴーレムの状態がよければ、継ぎ接ぎをして修理すること

くらいはできる。

 ゴーレムのパーツは、こうした予備部品としての需要があった。

 商人から貴族に売られる値段はわからないが、冒険者が発掘して商人に売ると、半年は仕事をしなくても暮らせるほどのお宝なのだ。


 レイモンド司祭がゴーレムの腕に触れながら、なにやら呪文を唱えた。魔力の判別をする魔法だろう。



「うむ。これなら使える」


「魔力の波動を検査しておられるのですか?」



 私は横からレイモンド司祭の顔を覗き込んだ。



「そうだ。ゴーレムにはいくつかの種類がある。魔力の古さでだいたいの種類が判別できるのだ。合わぬパーツを買い込む訳にもいかぬのでな」


「へー、種類なんてあったのか。全部同じに見えるぜ」



 エリンが頭の後ろで手を組みながらゴーレムの腕に近寄ってきた。

 フィーネも寄ってきて、そっとゴーレムの腕に手を触れる。



「……古い魔力波動、くらいのことしかわかりませんわ」


「ふむ。私は長く研究しているからな、一日の長というものであろう」


「司祭さまはワイデルマイド伯とはどのようなご関係で?」


「古くからの馴染みだ。私がゴーレムやキ族遺跡の研究をしているから、こうして良いように知識を使われている」



 と、笑いながらレイモンド司祭は、こちらに顔を向けた。



「君たちは冒険者とのことだが、ゴーレムと戦った経験は?」


「もちろんありますよ。つい先日も戦いました」


「ほう。……つい先日?」


「ええ、つい先日です」



 上目遣いに目を細めて、レイモンド司祭を見やる。

 私たちを妨害してきたのがワイデルマイド伯爵だとして、このレイモンド司祭は関係があるのかが知りたいところだ。



「仕事だったんですがね。十機を数えるゴーレムに囲まれましたよ」



 私はわざとらしく肩をすくめ、レイモンド司祭と目を合わせた。レイモンド司祭も私に合わせて苦笑してみせてきた。



「それは災難だったね。無事逃げられてなによりだ」


「倒しましたよ」

 

「なに?」


「倒しましたよ。ゴーレムは、全て」



 馬鹿な、と。レイモンド司祭は冷静な声で応じる。

 司祭は、ぎょろり、と目を剥いたあと、能面のような無表情さで歯噛みをする。司祭のその顔に、私は不思議な違和感を感じた。まるで感情をどこかに忘れてしまったような顔だった。

 私の視線に気づいたのか、司祭は少しわざとらしく慌てながら話を戻してくる。



「あ、いや済まない。十機ものゴーレムを全て? どんな大軍で挑んだんだね?」



 七人で挑んだ旨を伝えると、どうやらレイモンド司祭は呆気に取られたようだった。手を顔の上に置き、信じられないといった体で首を振る。



「グレイグ殿もお人が悪い」


「は?」



 急に話を振られたグレイグがびっくりしたような声を上げた。



「私たちがハインマン殿の邪魔をしたとわかっていて、当事者たる彼女たちをこの場に連れてきたのでしょう?」


「いや、まあ。わはは。随分と簡単にお認めになられるのですな」


「繕っても仕方ない。まさかゴーレムを全滅させてしまうとは思ってもみなかった。計算外だ」


「そうですな。わしも話を聞いてびっくりしました」


「……疑うわけではないが、いったいどうやって倒したのだね?」


「それは――」



 と私が言い淀んでいると、後ろで話を聞いていたエリンが喜々として語りだした。例の、私が大爆発を連発して倒した、というものである。



「いや凄かったんだぜー?」



 なぜか目をキラキラさせて話すエリンだ。

 いちいち否定するのも面倒くさくなって、私は放置した。ここで否定してたら話が進まない。



「……なるほど」



 とレイモンド司祭が頷いた。



「ルナリア君、と言ったか? 君のその額のアザ」


「え?」



 私は思わず額を触った。

 前髪で隠すようにしているが、あの額のアザはまだ消えていなかった。



「超古代のキ族遺跡にある鳥の紋章に似ているよ。知っているかね、ゴーレムの起動時に額へコアクリスタルを当てるわけを」


「いえ」


「古代キ族の、主従儀式を模した動作だと言われているんだ。騎士の叙勲さながら、額に杖を当ててチカラの封印を解く儀式。封印が解けると額にキ族の証が残るという」


「――」


「君はキ族の血が濃いのかもしれないな」



 そんなことを言われても、という感じだ。

 私はかぶりを振った。



「それよりも、お認めくださったなら話は早い。そこにいるフィーネ君を消そうとするのをやめて貰えませんか?」


「ちょっ、ルナリアさん! なんてストレートな!」



 狼狽えるフィーネ君だが、ここに来たら話は単純な方がいい。

 送られた刺客を捕まえたことも話した。



「わかった」



 いとも簡潔に答えるレイモンド司祭。



「私は刺客を送ったなど聞いていなかったが、ワイデルマイド伯が先走ったのだろう。私から言っておこう、それでいいかね?」


「恐れ入ります」


「いやなに、私もゴーレム十機を倒してしまうような連中から恨みを買いたくない。それに――」



 と、レイモンド司祭はグレイグの方を見た。



「このパーツはハインマン殿にではなく、私たちにちゃんと売って貰えるのだろう? ならばワイデルマイド伯も文句を言うまい。悪くない取引だ」


「えっ? あーいや……、勿論ですとも」



 グレイグが苦笑している。本当は彼らに売る気がなかったことを見抜かれた、という顔だった。



「取引上手ですな、司祭殿は」


「そんなことないよ、グレイグ殿」



 お互い、ははは、と笑って、どうやら値段の交渉を始めたらしい。

 グレイグとレイモンド司祭は掌に指を乗せながら、お互い慌ただしく手と指を動かす。私たちには幾らだかわからないが、相当な額が動くはずなのだった。



「君たち、目的が今の話なのだったら、そろそろここを離れたまえ。ワイデルマイド伯に会う必要もなかろう。話がややこしくなっても困る」



 と、そのとき。



「なにが困るのだ、レイモンド」



 私たちの後方から、カン高い声が聞こえてきた。

 そろりそろりと振り向くと、そこには太った貴族が私兵を二人連れて立っていた。これがワイデルマイド伯なのだろう。



「こらおまえ、そんなところで何をしている!」



 ゴーレムの大きな手を触っていたエリンが、丁度手を離したところだった。



「ええい寄るな寄るな! 見世物ではないわ。お前みたいのに近寄られるとサビが……むむ?」



 ワイデルマイド伯が、肉づいた顔をくしゃっと丸めて目を細めた。なにかを思い出そうとするようにエリンを見て……、



「ああっ! きさまっ、関所でのっ!」


「げげっ! あのときのデブ貴族っ!」



 ワイデルマイド伯とエリンが同時にお互いを指差した。



「一度ならず二度までも! お前たち、こやつを拘束しろ!」


「おもしれー、やれるもんならやってみやがれ!」



 伯爵が部下の兵に命令をし、エリンが袖を捲り上げた。

 と、しゃがんでゴーレムの腕を触っていたレイモンド司祭が立ち上がった。



「君はエリン君だったな、ここに揉めに来たわけではないだろう?」


「う。そりゃーそうだけどさ」


「伯爵、こちらの方々はハインマン殿に雇われた冒険者の方々です」


「ハインマンだと?」


「そうだ! お前らが邪魔をしてきた仕事の請負人だーっ!」


「ななな、なんのことだ!」



 目に見えて狼狽えだした伯爵が、目を泳がせた。



「私がなにをしたと言うのだ、私は知らんぞ! なにもしていない!」


「そしてこいつは、お前らが刺客を送った冒険者!」



 エリンは横で空気になろうと努めていたフィーネ君を引っ張り出してきた。きゃああ、とフィーネ君が小さく悲鳴を上げる。ここで目立ちたくなかったのだろう。



「エエエ、エリンさん! 穏便に穏便に!」


「知らん! 知らん! なにも知らんわからん! これはどういうことなのだレイモンド!」


「なに。ただの商談ですよ、お気になさらずに。ほら、ルナリア君」


「はい」



 私はエリンの腕を掴むと、後ろ手にして引っ張っていった。

 フィーネ君はというと、ひと足お先とばかりにピャーッと走り出して、もうこの場にはいない。



「いたっ、いたたっ! なにをするルナリアーっ!」


「それでは失礼します皆さん」



 私はにっこり微笑んで、この場を去る。

 ――とりあえず目的は達成できた。

 レイモンド司祭の言葉を信じれば、フィーネ君の安全は確保できたろう。身バレしてしまった以上、向こうだって私たちと事を構えたくはないはずだ。



「あ、そうそうルナリア君」



 少し離れた場所まできたとき、レイモンド司祭が話しかけてきた。



「君たちは、遺跡で寝泊まりしたのかね?」


「しましたが」


「そのとき、変な夢を見なかったかね?」


「夢? ……さあ、どうでしょう。覚えてませんね」


「そうか。引き留めて悪かった、行ってくれたまえ」



 グレイグが小さく手を振ってきたので私はペコリ、お辞儀をした。


 道の角までくるとフィーネ君が待っていた。

 どうでしたか? と恐る恐る聞いてくるので、大丈夫だろう、と私は答えた。これで今日からはぐっすり眠れるぞ、と。

 酒を飲んで眠れるぞ、と。フィーネ君の奢りだぞ、と。

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