第12話張り込み三連星
フィーネ君への刺客を捕らえた数日後、私たちはある貴族の屋敷を張り込むことにした。刺客を尋問した情報で、そこに出入りする者から仕事を請け負ったということが判明したからである。
依頼主はまだわからない。屋敷は依頼を受けたあと尾行して調べたのだという。
その屋敷は石造りの壁で囲まれていた。
大きな門があり、そこから屋敷までは広い庭になっている。
門からだいぶ離れた木陰に、私たち三人は座っていた。
木漏れ日が、ときおり目に眩しい。今日もいい天気だった。
「あらエリンさん、このサンドイッチ美味しいですわ」
「そうかい? そりゃよかった」
それはライ麦パンにラズベリーのジャムと塩漬けの鶏肉を挟んだものだった。今日張り込みに行くと決まって、エリンは朝から準備していたらしい。
「お茶もあるぞ」
と、羊の胃袋で作られた水筒を持ち出してくる。
「甘じょっぱくてお茶が合いますわね」
「だろ?」
「こちらには何が挟んでありますの?」
「ああそっちには――」
木陰が、すっかり馬で遠乗りにでも来たかのような空気になっていた。
私はというと、サンドイッチを摘まみ摘まみ、魔法書に目を通している。あんまり屋敷の方ばかり見てるのも怪しいだろうから、とピクニックを気取っている我々なのだ。
そう。私たちは張り込みの要領など知らない。諜報活動を苦手とする、というか全くわかっていない冒険者が一、二、三人も集まったら、こんな風になってしまっても仕方ないことだろう。
「明日からは、誰かこうした活動が得意な者に依頼するか」
「え、なんで? 弁当なら明日も作れるぞ?」
私は本を閉じて、エリンに対して肩をすくめてみせた。
「目立ちすぎだ私たちは」
「こんな美味しいものが食べられるなら毎日でもいいですわ」
「すでに目的忘れてるだろフィーネ君」
「そんなことは――」
と言い差したフィーネ君が、喉にサンドイッチを詰まらせた。慌ててエリンからお茶を受け取り、ゴクゴクゴク。ふう、とひと息つく。
「――ありませんわ」
キリッとした顔をされても説得力がない。
口の端にラズベリーのジャムがついたままだ。
「ともあれ、食べ終わったらいったん帰ろう。プロを雇うべきだよ」
「えー、ここまで来て食べてすぐ帰るとか、あたしら一体なにしに来たんだよ」
「これ以上居たら、今後の調査を邪魔する為に来たことに成り兼ねないからな。なにもないうちに戻るのが得策という――」
「あら?」
フィーネ君が私の言葉を遮った。
「……あの方」
「ん?」「ん?」
フィーネ君が見ているのは、屋敷の方だった。
門から人が出てきた。そして、その人物に私たちは見覚えがあった。ハインマンの友人であるターバン頭の商人、グレイグが屋敷から出てきたのである。
「確か……、グレイグさん?」
「お、そうだそうだ。ハインマンのダチだ」
「なんでこんなところにおられるのかしら?」
フィーネ君とエリンが顔を合わせている。
「……気になるな」
私も会話に参加した。
グレイグはハインマンの友人らしいが、我々にとってはまだ未知の男だ。ハインマンほどグレイグを信頼しているわけでもないので、怪しい場所に現れられると、疑ってしまう余地がある。
「つけてみようぜ」
エリンの提案に私たちは頷いた。
貴族の屋敷が多い区画は人通りが少ない。
私たちは十分に距離を置いて、木陰に身を隠し隠しグレイグの後を追った。
石垣で囲われた広い坂を下り、やがて大通りへ。
この辺りは石工や木工などのギルドがある職人地帯だ。石を削る音や木を切る音が聞こえてくる。人通りも増えてきたので、私たちはグレイドとの距離を少し縮めることにした。
「おい、そんなに急ぐなエリン。気づかれたらどうする」
「ルナリアこそ声出すなよ。それこそ気づかれたらどうするんだ」
「ほふたりとも、しふかに」
サンドイッチの残りを頬張りながら後ろをついてくるフィーネ君が私たちの仲裁をしてくる。彼女がこれまでもずっと静かだったのは歩き食いをしていたからだ。なんとも行儀が悪い。
だが静かにせよというのは正論なので、私たちはフィーネ君の言葉に従った。
職人地帯とすぎると、今度は商業地帯だ。
さらに人通りが増え、広場では大道芸人が大きな音を立てながら芸を披露している。私たちは人と人の間を泳ぐように歩きながら、グレイグの後を追う。
「あれ? おっさんどこいった?」
先頭を歩いていたエリンが視線を右に左にきょろりきょろり。
「いたぞ。果物屋の近くだ」
「人通りが多くて見失いそうですわ」
もうちょっと近づこう、と頷きあった矢先に、グレイグが広場横の細い路地に入っていく。見失った。
「いかん、急ぐぞ」
私たちは慌てて走り出す。
人にぶつかりながら、謝りながら、雑多な広場を横切った。
急いで路地に入ったが、グレイグの姿はもう見あたらない。
「いないぜルナリア」
「見失ったか」
「その先かもしれませんわよ?」
「そうだな、行ってみよう」
と、私たちがあたふたしていると、不意に声がした。
「だーれを探しているんだねー?」
振り向くと、いつの間に私たちの後ろに回ったのか、そこにグレイグが立っていた。グレイグは腕を組んで、ニヤニヤ笑っている。
「あ、いやっ!?」
と私は返答に詰まった。
「おまえさんたち、魔物退治の腕はよいが、尾行とかはからっきしだな」
近づいてきたグレイグに、ポンと肩を叩かれた。
「いつから気づいてました?」
「最初からだよ。あんなところでピクニック気取りもないもんだ」
グレイグが、ククク、と笑いを噛み殺す。
私は思わず、ツバ広のトンガリ帽を目深に被りなおしてしまった。
「んじゃ話が早い」
とエリンが腰に手を当ててふんぞり返った。
「おっさん、あの屋敷になんの用だったんだ? あの屋敷の主がフィーネへの刺客を雇った主なんだけどよ」
「なるほど、それで俺も疑ってみたか」
「いえ、そういうわけでは……あのその」
フィーネ君がしどろもどろにフォローし損ねる。私はエリンに乗っかることにした。
「まあ、そういうわけです」
私は帽子を再び被りなおして、グレイグと目を合わせた。
「わしとおまえらは会ったばかりだ。そんなところにわしが現れたら、疑われるのも仕方ないか」
「申し訳ありません」
「構わんよ、ストレートな物言いは嫌いじゃない。だがハズレだ。あそこはハインマンに探りを頼まれた聖堂庁派の貴族の屋敷でな、情報を得るためにゴーレムのパーツの商談に行ったのさ」
「あの屋敷は聖堂庁派の貴族のものでしたか……」
私たちは三人で頭を下げた。
鷹揚に謝罪を受け入れてくれたグレイグが、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「おおそうだ。おまえら、パーツの受け渡しに同席するか?」
「え?」
「直接ワイデルマイド伯と交渉すればいい、刺客を送り付けるのをやめろ、とな」
「それはありがたいのですが、まだその方が刺客の送り手と決まったわけでは……」
「確かめるがいいさ。当人と会った方が簡単だろう?」
グレイグの言い分は簡潔だった。商談にしても、それが原因で物別れに終わっても問題ないという。そもそも大して売る気もなく、様子を見に近づくための材料でしかなかった商談だ、と。
「それでしたら……」
私たちはありがたくグレイグの話に乗せて貰うことにした。
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