第11話刺客
「おっとっと、長い杖だな。まるで槍見たいだ」
私たちはハインマンに依頼の杖を渡した。
ハインマンが杖をテーブルに立てかけ、私の顔を見た。
「これで、遺跡の封印は解けたというわけだ」
昼下がりの酒場である、客の数は少ない。
私たちは酒場の隅の目立たぬテーブルに陣取り、仕事の話をしている。テーブルを囲んでいるのは、私、エリン、フィーネ君、ハインマンの四人だ。
「ハインマン殿がおっしゃってた通り、杖が封印のもとならば解けてるはずです」
「礼をいうよ。ゴーレムは残念だったが、それでも部品や素材くらいは回収できるだろう」
ゴーレムを大量に倒した話は、もうハインマンに謝罪していた。
「それにしても、九機のゴーレムを相手にするとはな。今回は、ゴーレムの獲得よりも君たちという冒険者とよしみを結べたことが一番の収穫かもしれん」
「だろ?」
と、ミルクの入ったカップを手に取ったのはエリンだ。
「でもな、凄いのはそのほとんどをルナリア一人で片づけちまったことだ。いやー見せたかったわ、あの連続大爆発!」
「あの『大爆発』を連発出来るなんてね、驚きだよ」
「いやだから――」
私は、「そんなこと出来るわけがないんだ」とエリンに繰り返した。大爆発を使うには集中力も魔力も尋常でなく必要とする。時間を掛けて二発撃てるかだって怪しい。それを連発とか、到底ありえない。
私とエリンが軽く言い合いをしてると、ハインマンが、パンと手を叩いた。
「ははは。まあいいじゃないか。お前たちは仕事を無事終えて、今こうして酒を飲めている。それが全てだ」
「銀貨二百枚、確かに」
横で黙々と報酬の確認をしていたフィーネ君が、満足気に頷いた。「うむ」と頷いたハインマンが、酒を飲み干す。
「また何かあったら仕事を頼みにくる」
「ハインマン殿」
席を立とうとしたハインマンを、私は引き留めた。
「すみませんがもう少々お付き合い願えませんか? お聞きしたいことがあるのです」
私はハインマンに、この仕事に邪魔が入ったことを報告した。そこのフィーネ君がたぶらかされて邪魔に来たことも、包み隠さず話す。
その上で、ニセモノのコアでゴーレムを起動させるという邪魔を企てそうな相手に心当たりがないかを問うてみた。
「ううむ」
「心当たり、ありませんか?」
「……いや。ありすぎて逆に絞れない。敵は多いからな」
腕を組んだハインマンが、眉間に皺を寄せる。
「俺にゴーレムを渡さないようにする為か、それとも遺跡に敵性ゴーレムを溢れさせて遺跡に出入り出来ないようにする為か……」
と、そこに割り込んでくる者がいた。
「どうしたハインマン? そんな難しい顔をして」
頭にターバン、ちょぼっとした口髭。
細い目をした小太りな男だ。
「あ」
と私がつい声を上げてしまったのは、その風貌に見覚えがあったからだ。ターバンの男は、声を上げた私の方を向き、「おお?」と面白そうに声を上げた。
「隊商のご主人」
「よう、お前ら。なんだハインマンの知り合いだったのか」
橋の関所からアイソンの街まで馬車に乗せて貰った隊商の主人が、そこにいた。
ハインマンが立ち上がる。
「グレイグ! 久しぶりだな、いつこの街に来た?」
「昨晩だ」
「昨晩? おいまた賄賂を使って門抜けをしたのか? 懲りないやつだ」
ははは、とハインマンが笑い、右手を差し出した。
握手した二人は、その後軽く抱き合い、離れると拳と拳をゴツゴツと合わせる。そして同時に笑った。
「紹介しようお前たち。こいつはグレイグ、俺の昔馴染みだ。今は商人として諸国を旅して回っている」
「初めまして、ではないな。お嬢さんたち」
「昨日はどうも、お世話になりました」
「うん? もう知り合っていたのか?」
ハインマンに、馬車に乗せて貰ったのだと経緯を話す。
「護衛代は多少高かったが、良い買い物だったぞハインマン」
「……護衛代?」
エリンが小声で呟きつつ、眉を潜めた。
フィーネ君が横を向いて、ピーヒュウと口笛になってない口笛を吹く。「護衛代?」ともう一度呟きながらフィーネ君に詰め寄るエリン。フィーネ君は私らに内緒で隊商から護衛代をせしめていたのだ。
とっくに事情を知っていた私はエリンたちを無視して、グレイグと握手した。
「――で、なんの話をしておったんだね?」
グレイグが私たちに会話の再開を促してきたので、ハインマンと私で事情を話した。
ハインマンの依頼を私たちが受けたこと。依頼の内容。
その依頼が、誰かに邪魔されたこと。
第三者のグレイグにどこまで話していいのかわからなかった私は、ハインマンの言葉に軽く付け足しをする程度だったのだが、結局ハインマンはことの次第を全部グレイグに話した。
つまりこの男を信頼しているわけか、私はそう理解した。
「なるほどな」
話を聞ききったグレイグが頷いた。
「そっちの界隈で最近なにか引っかかるような話はなかったか? グレイグ」
「関係するかはわからんが、最近ロゼリア聖堂庁派のアイソン貴族がゴーレムを高値で買い占めているという話を耳にしたな」
「聖堂庁派か……」
不穏ではあるな、と頷くハインマンに話を聞く。
端的に言えば、ハインマンとは異なる派閥の貴族たちであるという。宮廷内の権力闘争という奴だ。
聖堂庁派がハインマンの派閥の武力を削ぐ為に邪魔をしてくることはあり得ると言う。
「グレイグ、頼めるか?」
「わかった。そっちの情報はわしの方で集めておこう」
ハインマンは頷いて、こちらを見た。
「……すまんな、今できることはこれくらいだ。なにかわかったら、連絡しよう」
ハインマンとグレイグは、連れ立って酒場を出ていった。
残った我々三人は、今後の方針を立てることにした。
☆☆☆
月が、明かりの消えたアイソンの街を照らしている。
野犬の鳴き声がどこかから聞こえてきた。
雲が流れている。風のある夜だった。
月明りが届かぬ街路地を、男が歩いていた。
ひたひたひた、と。
足音を立てないその歩きは、歩法が特別なのか靴が特殊なのか、はたまたその両方なのか。
男はフードを目深に被り、マントを羽織っていた。
路地裏で、不意に男の足が止まる。
目の前にあるのは、宿屋の裏手の壁だった。
男はフードの奥の目を光らせを壁を見上げると、その宿屋の壁に向かって一本のダガーを投げつけた。
壁の高い場所に、小さな音と立ててダガーが突き刺さる。
路地裏のゴミ置きに足を掛け、次にダガーに足を掛け、フードの男は器用に壁を上っていく。そのまま鎧戸の窓を外から開け、部屋の中に入っていった。
部屋の中は暗かった。
客間としては豪華な部屋らしく、ベッドだけでなくクローゼットやテーブルなどもある。
ベッドの上では誰かが寝ているのか、毛布がこんもりと丘になっている。
男はゆっくりとベッドに近寄ると、一切の躊躇いを見せない動きで毛布の上からダガーを突き立てた。
「おし、ギルティーッ!」
突然、声が響いた。クローゼットがババーン! と開き、女が三人、こぼれるように飛び出してくる。
文字通りこぼれてきた様子で、先頭で飛び出した女以外の二人は床の上で転んでいた。
「エリン、生け捕りだ!」
倒れていた一人が声を上げる。
エリンと呼ばれた先頭の女が、男に躍りかかる。
「ちっ」
舌打ちした男が懐から何かを出し、床に投げた。
ドン! と音がして、部屋の中に閃光が輝く。
「ぎゃっ」「わっ」
二人が目を瞑った。
その隙に、男は鎧戸を破って路地へと逃げ落ちる。
「なにも見えないぞルナリアーっ!」
「私も見えない。しまったな、手慣れている相手だ」
女二人は、ルナリアとエリンだ。となればもう一人、床に倒れたままの女の子は。
「すやすや、すやすや」
と寝息を立てているのはフィーネだった。
「ガチ寝かよフィーネ! 起きろお前当事者だろっ!」
エリンがフィーネのお尻を蹴飛ばした。「わきゃっ!」っと声を上げてフィーネが起きる。
そう、ここはフィーネが借りている部屋で、フードを被った男というのはどうやらフィーネへの刺客だった。
「ルナリア、トレースは? 探知魔法は掛けたか!?」
「大丈夫、掛かってる」
「よし追うぞ!」
☆☆☆
「スネアッ!」
一直線に伸びた道の遠くに見える男の影。
月明りに長く伸びる影を頼りに魔力を伸ばし、私は足罠の魔法を使った。影が道の上で転がる、距離があるから失敗するかとも思ったが、運よく魔法が発動したらしい。
「ナイスですわルナリアさん」
「よっしゃ、走れ走れ! この間に追いつくぞ」
足の速いエリンが先行する。
私とフィーネ君はかなり遅れているが、仕方ない。全力疾走なんてしたら魔法に必要な集中が練れないのだ。距離をある程度詰めたところで、もう一度足罠の魔法を掛けるが、これは回避された。だが、最初の足罠で怪我でもしたのか、男の走る足が遅い。
「どりゃあっ!」
エリンが男に追いついた。
フードを被った男が、マントを翻してエリンのタックルをかわす。かわしながら右手でダガーを一閃、今度はエリンが仰け反ってそれをかわした。
「ウインドボイス!」
後ろを歩き出したフィーネ君が、「風の囁き」を使った。
相手の耳元に声を送る魔法だ。
フードの男が、ビクンと背後を振り返った。急に耳元で声がしたのでビックリしたのだろう。
エリンはこの隙を逃さない。
マントを掴み、身体を横に回転させながらフードの男を巻き込んだ。そのままの勢いで、男を背負う。
「てえぇぇい、りゃっ!」
マントを軸に、フードの男を投げ飛ばす。
男の身体が、垂直に地面へと落ちていった。
「ぐはっ!」
したたかに地面に胸を打ちつけた男が、苦悶の息を吐く。
決着はついた。
私たちが走って男の元へと着く頃には、エリンは汗を拭い終えていたのであった。
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