雷獣発電機③
『尾野田星辰会』の前身は、東北に総本山を構えていた宗教団体だったらしい。そこには土着の文化を下地に、独自の発展を遂げた術師が多数存在していて、十年ほど前に宗教団体としての活動から、法人を対象に術を売り込んでいくほうへと軸を移していったそうだ。確実に成果を上げている一方で、相場に見合わない多額の報酬を得ていたり、信者たちの数を盾にして無理な契約を迫ったりすることもあるなど、黒い噂もそれなりに漂っていた。
「それで、何か怪しい連中だったワケだ」
視察の日、実験場にいた法衣の男は、さしずめ教団の幹部、あるいは教祖のような立ち位置だったのだろう。
「そんな連中に、東京タワーを貸し与えるなんて。木山も、タワーの管理会社も、見る目がないですね」
「どれだけ投資をしても、確実に成果をあげたかったんだろうな。もし『雷獣発電』が実用化されれば、生じる利益はこれまでのどんなエネルギー事業よりも大きくなるだろう」
「それで東京タワーと、東京を好き勝手にされたんじゃ、たまったもんじゃないですよ」
東京タワーに設置された雷獣発電機の正式稼働まで、一週間と迫ったころ。天気は快晴、降雨予測はなし。雲ひとつない青天だ。しかし、弥生はその青い空を見ても、晴れやかな気分にはなれない。
弥生は、本部へ打診した強制捜査の許可がなかなか下りず、苛立ちを募らせていた。怪しさ満点、証拠は充分。だが、上の許可がないと動けないのは、なんとももどかしい。
「課長~早く強制捜査やっちゃいましょうって。私が気合い入れて作った報告書、読んだでしょ? 天候操作の証拠も一緒に提出したし、課長がまとめてくれた星辰会の資料も提出したし、あとはこっちから出張っていくだけっていうのに」
「それを決めるのは本部だよ。俺たちはもうできることはやった。あとは合図を待つだけだ」
「もう!」
弥生はがぶがぶとブラックコーヒーを飲み、またデスクに突っ伏した。
「事務所のエアコンは壊れてて暑いし、本部の許可は下りないし。お役所気取りってやつ? これだったら野良でやってた頃の方が気楽でよかったな」
「文句言うなって。長いものに巻かれてこそ、自由に出来ることもある」
「それは、そうですけど」
「天候の操作は、陰陽師の基本技能だ。だが、それが『度を過ぎているかどうか』の線引きは、とても難しい。上がなかなか許可を出さないのも、その見極めに難儀しているからだろう」
「だから、『
「『
悟のその言葉で、弥生は幾分か気分が晴れた。
「取りあえず、この間の駅前再開発のプロジェクトの資料早くまとめておけよ」
「ええ~。暑いので嫌です」
「嫌ですじゃねえよ」
「事務の子に投げればいいじゃないですか、書類仕事は。私のやることじゃな~い」
「文句言うな。給料カットするぞ」
「ひどい。鬼師匠」
仕方なくパソコンを立ち上げ、手つかずのままの資料に取り掛かろうとしたとき、事務所の電話が鳴った。
「はい、陰陽寮第六課」
受話器を置いた悟の顔は、露骨に強張っていた。彼は灰皿に煙草を押しつけて、はぁ、と煙っぽい溜息をついた。
「弥生。支度しろ」
「何かあったんですか?」
「東京タワーの実験施設で事故が発生した。負傷者も出ているそうだ」
◯
現場は騒然としていた。東京タワーそのものが一時期に閉鎖されているようで、非常線が張られている。中にいた観光客やスタッフたちが次々と避難誘導され、警察や消防隊が救護活動に当たっている。
そして、タワーの最上階よりもさらに上――実験場のあった辺りが、真昼にも関わらず煌々と光り輝いていた。青白く、ライトアップされた夜景のように。
「あれは……!」
「ただごとじゃないな」
悟と弥生はすぐにエレベーターに乗り込もうとした。だが、ボタンを押してもうんともすんとも言わない。
「なに、故障?」
その時、よろよろと人影が近づいてきた。
木山だ。
顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだった。
「水座さん……」
「ご無事でしたか。いったい何が?」
「わかりません……今日は実験を行う予定ではなかったのですが、突然『雷獣』が落ちてきたんです。それも、今までのような小さな獣じゃない……もっと大きくて、姿も違っていた……」
ぶるぶると震える。見るからに尋常な様子ではなかった。
「まずい。『雷獣』の毒気に中てられているかもしれないぞ」
悟が今にも崩れ落ちそうな木山の肩を支えた。
「その雷獣は?」
「分かりません……ですが、タワー内の電子機器は全てショートしてしまいました。エレベーターも自動ドアも全く動きません」
では、タワーの上で光っているのは、まさか……
「すぐに『雷獣』を調伏しないといけない」
悟が上を見上げた。
タワーの足元にいても、時折、頭上でバチバチっと白い光が灯るのが見える。
「恐らく『雷獣』は、まだあそこにいる。街中に飛び出したりしたら、大惨事になるぞ」
「分かってます」
「いけるか?」
「はい」
「俺は関係各所と連絡を取り合うためにここに残る。何かあったら連絡しろ。任せたぞ」
「任せてください」
とは言いつつも、弥生は非常階段を駆け上りながら、げんなりとした。東京タワーを最上階まで駆け上がるなんて、とても正気の沙汰ではない。
しかし、憧れの師匠に「任せたぞ」と言われては、やる気を出さざるを得ないのだった。
二十分以上もかけて、非常階段を登り終えた弥生は、息を切らせながら実験室に入った。
目が焼けるほどの閃光が、黒い部屋の中を満たしていた。真っ白でほとんど何も見えない。だが、にわかにそれが収まったとき、そこに確かに見えた。
翼の生えた蛇のような獣。
とぐろを巻き、結界の中で窮屈そうにもがきながら、巨大な口を開く。ギザギザした牙の奥から、雷鳴が滝のように響き渡ってきた。
「っくぅ……!」
たまらずその場にかがみ込みそうになる。目を焼くほどの白い光が部屋中に溢れた。これほど至近距離で、これほどの密度で、雷を見たのは初めてだった。
落雷を近くで見たものは、精神に異常をきたし、発狂することもあるという。
弥生も備えはしてきたが、それでも気をやられそうになった。桁違いの存在感だ。
「あっ……!」
光の間隙に、弥生は、祭壇の側で倒れている人影を見た。紫の法会を着た男、星辰会の陰陽師だ。地面に倒れ込み、ぐったりとしていて動かない。
見れば、正方形の祭壇を囲む注連縄はぶすぶすと黒く焦げついて、今にも千切れてしまいそうだった。それに、天井のドームと、祭壇の中心、それぞれに突き刺さっていた青竹が縦に細かく切り刻まれ、ささらのようになってしまっている。
この結界はもう持たない。
弥生は躊躇うことなく、部屋の中へ飛び込み、倒れている男のもとへ駆け寄った。竜のような『雷獣』が、ぎらりと光る氷のような瞳でこちらを見た。牙をのぞかせ、怒りもあらわに身をもたげる。
「臨兵闘者皆陣列在前――」
立てた指で九字を切る。すぐ隣を、雷の槍がものすごい勢いで通り抜けていった。髪の毛が焼け焦げる匂いがつんと鼻を突いた。弥生はひるまず、もう片方の手で懐から護符を素早く取り出し、祭壇へと叩きつけた。『雷獣』は護符に萎縮して、祭壇の反対側へとその身を逃がした。
弥生はその隙に、呪文を唱え続けながら、気を失っていた法衣の男の脇の下に腕を通し、部屋の外へと引きずって連れ出した。
それから扉を閉め、朱墨で直接、扉に呪文を書きつけた。部屋の中では、相変わらず雷雲が暴れ回るような轟音が響き続けている。護符はもう破られてしまったのだろう。
「ちょっとシャレになってないな……!」
あれはもう『雷獣』なんて可愛いものじゃない。『雷神』か、その化身か何かだろう。
「うぅ……」
すると、法衣の男がうめきながら目を覚ました。身体を起こすより前に、弥生がぐいと襟首を掴んで上半身を引きずり上げたので、男は目を丸くしていた。
「いったい何をしたの。言いなさい」
「お、お前は陰陽寮の……」
「早く! 時間がない。どうしてあんな化け物が落ちてきたの!」
男はひゅーひゅーと息を漏らしながら、どもりながら言った。
「きょ、今日は、発電機を動かす予定はなかったんだ。計器の点検をし、結界をより強固に組み直していた。そのとき、突然、空からあれが落ちてきた……」
「あんたたちが落としたんじゃないの?」
「そんなことはしとらん! わしらも抑え込むのに精一杯だったんだ。あんな化け物に暴れられたら、ひとたまりもない!」
「そうね、それはその通り。でもね、これはあんたたちが蒔いた種よ。好き勝手に天の気をいじくり回して、調和を乱すから、あんな化け物を呼び寄せることになった」
「な、なな、なんのことだ。何を言っているのかさっぱり……」
「ふん。その件については後でたっぷり追及するわ」
弥生は非常階段の扉を開くと、半ば蹴り飛ばすように男をそこに押し込んだ。
「地上に出たら、鞠川悟という男がいるから、その男の指示に従いなさい」
「どうするつもりだ。たったひとりで」
「天に還すのよ。あの『雷獣』を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます