(掌編)赤い魚

こうえつ

赤い魚

「ねえ、明日お休みでしょう?」

 スマホを見ていた僕に、彼女が一枚の紙を持って、話しかけてきた。


「休みだけど……その紙は何?」

 彼女が見せた紙には、旅館の宣伝が書かれていた。


「ねえ、ここの旅館の料理、とても美味しいみたいなの」


 また、宣伝文句に乗せられている……でも期待で子供の顔の彼女にノーを突き付けるのもどうかと思った。


「分かった。明日、その旅館に行こう。予約はとったの?」

 彼女は僕の目の前に指でオッケー「もちろん」とジェスチャーした。


・・・


 次の日、車で彼女が予約した旅館を目指す。


 車は順調に走るが、道はだんだんと細く、荒れだしていた。


 民家も見えなくなり、こんな所に旅館なんかあるのかと思った時に、建物が見えた。


 旅館かと思い速度を落として、確認するが、それは小さな神社だった。


 小さいがきれいに掃除されていて、こじんまりしたお宮の前には、赤いなにかが奉納されていた。


 車からは、奉納されているものがなにか、ハッキリと見えなかったので、僕はアクセルを踏み込んだ。


・・・


 やっと見えた旅館、細い道はもう舗装もされていないし、そこで終わっていた。


 車を降りて旅館の扉を開けた。とても古い建物はきしみながら、僕たちを中に招き入れた。

 

 旅館の中に入って大きな声で呼びかけると、少しの間があってから主人が現れた。

 この時点で、気乗りがしなかったが、彼女はノスタルジック、と喜んでいた。

 しかたない、玄関から中に進むと、一つの部屋を主人から与えられた。


・・・


「本当に美味しい。とくにこの赤い魚! 食べたことがないわ」

 彼女の言う通り、どこか不安を持つ古い旅館の食事は美味しかった。

 特に赤い魚の刺身、焼き、煮物、そのすべてが驚くべき美味しさだった。

 お酒を持ってきてくれた主人に、赤い魚について聞いてみた。


「ここは山の奥なのに、この赤い魚はとても新鮮で美味しい、もしかして川の魚かな。でも途中で大きな川なんか見なかったけどな」


 僕の質問に旅館の主人はグフフと笑いながら、僕に答えた。


「この魚はこの村の名物で、目当てでけっこうお客さんが来てくれるんですよ。これは精力もつくし、若返るとも言われてます。どうです? 効果はありそうですか?」


 主人は僕の質問には答えてないが、酒もあり気にはならず、僕は感じた事を口にした。

「そういわれると、肩こりがとれたみたいだし、赤い魚のおかげかな」

 僕の返事にグフフ、と笑い主人は部屋から出ていった。


・・・


 食事から飲みに移ったあたりで、トイレに僕が行くと、ガラガラ、と音が聞こえた。音の方向を見ると主人が、旅館の戸締りをしていた。


 まだ7時を回ったくらいなので、僕は主人に声をかけた。


「もう戸締りですか。まあ、僕たち以外に客はいなそうだけど」

 主人は雨戸を閉め終えて、僕に近づいてきた。

「すみませんね。人手が足りなくて、早めに閉める事にしているんです」


 少し、心に何かが引っかかる、でもお酒もけっこう入っていたので、あまり気にならなかった。


・・・


 深夜に目が覚めた。なんだか外がざわめいている。


 僕は目をこすりながら、玄関へ向かった、そこで驚いて足を止めた。


 玄関にはたくさんのお札が貼られており、ガラス越しに多くの人の気配がしていた。


 これは、ただごとではない、そう感じた僕は、部屋に走ってもどり、彼女を無理やり起こした。寝ぼけ眼で「どこへいくの?」と彼女は聞いてきたが、引きづるように、玄関から反対の勝手口に向かった。


 急ぎ、勝手口を開けようとするが、びくともしない、鍵は外したのに。

「これは? どうして開かない? これは?」


 僕が開けようとしていた扉には、びっしりとお札が貼られていた。

「このお札のせいか? でも、なぜ?」

 お札を剝がそうとしても、少しもめくれない。困っていると、勝手口から声が聞こえた、ここの旅館の主人の声だ。


「バカな若者よ。心に引っかかるものがあるなら、避ける事だ、恐れる事だ。それができないお前たちは、赤い魚を食べて、自身も魚になった。不浄な赤い魚にこのお札は破れない」


 さっきから、身体が痒かったが、浴衣から出ている部分、手足に赤い鱗のようなかさぶたが生えてきていた。


「きゃああ、なに? これってなんなの?」


 彼女の身体にも赤い鱗が生え、狂乱状態になっている。

 その時、勝手口が開いた。立っていた旅館の主人が俺たちを見た。


「旨そうだ。やっぱり若い子はいい。赤い魚を食べると、若返ると村には教えがある。だから食うのさ、老人ばかりのこの村が存続するように……よし、いいぞ!」

 宿の主人の合図で、すべての窓、入り口が空き、たくさんの老人が、手に手に大きな包丁を持って、中に入ってきた、グフフと笑いながら。



 


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(掌編)赤い魚 こうえつ @pancoo

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