第135話 ホラーか、法螺(ほら)か?
「ごめん、二人とも。キスについては、まだあるんだ」
「もう、子供の頃のキスの話はいらないから」(ユミ)
「そうね、子供の頃って、ママやパパにも簡単にキスとかするから」(早乙女)
「まあ、挨拶のようなモノよね」(ユミ)
「えっと、でも最近の話なんだけど、順番にはな」
「はあ?ナニヲイッテルノ
「・・えっと、ナニ?良く聞こえなかったわ。もう一度言って」(ユミ)
「えっと、だからキスは、最近保健室でしちゃったの」
二人の顔から表情が消えた。
二人の脳内には、保健室でしちゃったの、保健室でしちゃったの、という言葉がリフレインされていた。
「えっと、ごめんなさい」(紫苑)
「カズト、そんなヤツだったの?勇者だからって、強引な!」(早乙女)
「紫苑も紫苑よ!あなた、護道という婚約者が居るにも関わらず・・そう、そうなのね!障害がある恋になって、二人の愛の炎が激しく燃え上がった!よくある話だわ!そんな事をしていたにも関わらず、私達にシレっと説教をしたわね、藤堂!」(ユミ)
「だから、ごめん。順番に話すから、聞いて!!」
ユミと早乙女は真剣な表情で黙り込み、紫苑の言葉を待った。
ブラッドオレンジジュースのせいか、元気が出過ぎて話が妙な方向へ行こうとしたが、3人はどうやら本題に帰って来た、ようだ。
「妹が助からないって聞いて、病院にある池の
「なに?ちょっと待って。キスがホラ話かどうかって時に、話がホラーになってるんだけど?」(早乙女)
「ほら、疲れてダメージを受けてる時って、たまにあるよね、白昼夢みたいな?まあ、続きを聞きましょう」(ユミ)
二人はホラーが苦手なので、少しおどけた感じで喋ったのだが、ダジャレは空振りに終わり、なんとも重い空気が漂う。
「シノンが私に言うのね。口は開かないけど、心に彼女の声が響いてくるの。『うふふふふ。あなた、悩んでるわね。妹ちゃん、可哀そうに。どうする、ねえ、どうする?うふふふふ』、そんな事を言ってくるの」
少し様子がオカシイ感じの紫苑を見つめる早乙女とユミは、それぞれ顔を強張らせ、両手を握りしめていた。
そして紫苑はというと、テーブルに置かれているお茶の入った湯飲みを見つめる。
右手で持つそれは、微かに震え、湯飲みの中のお茶が同心円状の波紋を広げていた。
紫苑は、ハッとして、思わずコップから右手を離し、左手で右手を揉むように
奇しくも、3人とも両手を握りしめながらの会話が続く。
「私は試しに訊いてみたの。あなた、シノンなんでしょう?あなただったらどうするのって。すると、『私なら、簡単に解決できるわ。うふふふふ、イイ?簡単によ、うふふふふ』そう言って笑うのね。わたし、その解決法をどうしても知りたくて、教えてって言ったんだけど、『だったら私と契約しなさい、さあ!』ってそれをまた言うのよ」
「ちょ、ちょっと待って紫苑、あなた、そのシノンって子、実体が無いってこと?」(ユミ)
嚙んでしまったが、あくまでも冷静な質問をするユミ。
「そう。ただ、この時だけはずっと影のような黒いシルエットとして、目の前に居るのね。そして訊いたの、契約って何なのって。すると、『何もとって食べようなんて言わないから。わたしはあなたの妹ちゃんや護道との事をあなたのお望み通りに解決してあげるわ。その代わりに、あなたは時々、その身体を私に貸してくれるだけで良いの。心配しなくても良いわよ、変な事には使わないから。ただあなたの好きな村雨くん、今はカズトくんね、彼と付き合うのはダメ。簡単でしょ、既に、あなたは彼の事を諦めてるんだから。条件はそれだけ。さあ契約しなさい』って言うの。そう、私はその時もう彼の事を諦めてたわ。むっちゃんも、私なんかとは関わらない方が良いに決まってるし、妹もそれで助かるんだったらって、その時はもう気味が悪いとかじゃなく、それしか選択の余地なんか無かったの」
早乙女とユミの二人は、口の中が渇いたことに気づき、黙ってお茶を飲んだ。
紫苑も、それを見てお茶を飲む。
やっと言いたいことの少しは言えたので、紫苑の手の震えはもう止まっていた。
「そして、それからは時々シノンが私の意志に関係なく、私を乗っ取って行動したり、喋ったりするようになったわ。特に、むっちゃんには酷い事を言ってしまって・・。でもね、彼が保健室で眠っている時に、シノンは彼にキスをしたのよ。なぜかは分からないけど、シノンは彼の事が本当は好きなんだと思ったわ」
「・・・・・・・・」
それを聞いた二人は沈黙を守り、それぞれに思いを巡らす。
紫苑は、キスの件を言えて、少しホッとした顔を見せた。
ただ、二人はどう思っているのか、それが不安ではあったので、二人の様子を
やがてユミが口を開いた。
「紫苑、あなた、護道と一緒にホテルの部屋に入ったわね。そして、現れた藤堂と喋ってたよね。なぜ護道と一緒に部屋に入ったの、それと、藤堂と何を話してたの?」
「えっ?ユミ、あんたはまるで見てたように言うんだけど、見てたの?」(早乙女)
「それは秘密なんだけど、何かあったらいつでも入れるようにって、護道をマークしていた弥生が既に手を打っていたのね。ホテルの食事場所を特定する時に情報を予め得ていたから、彼等がキープしていた部屋を割り出して、怪しい部屋にはカメラを設置してあったのよ。だから、表沙汰には出来ないことなんだけど、その映像を見たわ」
――――藤堂がどうして現れたのかは、映像が乱れたからわからないけどね(ユミ)
「だったら、はじめっから助けてくれれば良いのに!ユミ、あなたっていつもそうね!目的達成が最優先なの?他人の気持ちは後回しな訳?」(早乙女)
「そんなわけないでしょ。大切な親友なんだから、香織は。この時は弥生の独断だったの。香織こそカズトが好きなくせして、どうして会長とデートしてるのよ?」
「それは、あの会長が謝りに来たのよ、家に。ママの居る前で土下座されて、『あの時は悪かった、罪滅ぼしに君が観たいって言ってた映画を奢らせてくれ』って、頼み込まれて。ママの手前、何があったのかとかを言うのも嫌だったし、早くその場を収めないとって、焦ったと言うか」
「ふーん、そうだったの。でも、食事に行くのってどうなの?」
「それはね、見たらすぐ帰る予定だったんだから。それがなぜか護道と一緒になって、映画が終わったら食事に行くっていうことになって。紫苑も一緒だから、ちょっと油断したとは思うわ。だからね、全然、ヤマシイことは無いんだからね」
早乙女は、痛いところを突かれて少し動揺し、何が『だからね』なんだかわからない文脈で言い訳をした。
彼女の本音としては、映画がとても観たかったのだ。
「そう。じゃあ、紫苑ね。護道と一緒に部屋に入った理由と、藤堂との会話の内容を聞かせて頂戴」
ユミは早乙女の言い訳にはツッコまないのが友情だと思い、スルーした。
そして、敢えて紫苑の契約の話もつつかなかった。
シノンという虚像の話を聞き、その話をアレコレと考えるのは紫苑の話の全部を聞いてからと判断したようだ。
そのため、紫苑の
一方、早乙女はユミに自分の弱いところを指摘されたと思い、ユミに主導権を握らせたままにしているが、彼女も紫苑の話を聞くだけ聞こうという考えは同じみたいだった。
※作者の呟き
果たして、3人の話はどんな着地点を見せるのか?主人公のカズトが登場しないまま、回を重ねてしまっているのだが、それもどうやら次で終わろうとしている、たぶん。
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