第121話 弥生さんと映画

 オレはマグカップで弥生さんが入れてくれた甘めのコーヒーを飲んでいた。

 弥生さんも、同様に、コーヒーを飲んでいた。

 彼女の方は、ミルクが入っているようだ。

 彼女の飲むマグには、YAYOIってロゴ?が入っている。


「なんで、弥生さんのマグカップがあるんだ?」

「あら、常備品ですから」

「いや、なんで常備品になってるんだ?」

「えっ?契約しましたよね?」

「うん?」

「契約書に、この部屋の管理者の名前が書いてありましたでしょう?」

「うん?」

「そこに私の名前があるハズです!」


「それかよ、また!だったら、なんでYAYOIって刺繍されてるバスタオルがあるんだ?」

「それは、私のだとわかってもらう、ため?」

「いや、まあ、そうなんだけど、最初、知らないで使っちまったから」

「良いのよ、使っても、うふん!」

「いや、だから、弥生さんのバスタオルがなぜあるんだよ?」

「そこにバスタブがあるから?」


「いや、だから、弥生さんの日常グッズ的なモノが結構あるんだけど?」

「ええ、それはもちろん、ここで打ち合わせとか、いろいろとあるでしょうから?」

「だったら、バスタオルはなぜあるんだ?打ち合わせとか、関係ないし」

「それはモノは考えようですよ」


「えっ、どういう意味?」

「だから、それを使うから置いてあるのです」

「うん?禅問答になってないか?」

「もう、ぶっちゃけると、ここへ来るまでジョギングしてきますので、汗とかかくでしょう?女の子なので、いつも身嗜みは整えてないといけませんよね?いけませんよね?」

「はい」

「だから、シャワーを浴びて、身体を洗い、髪の毛もシャンプー、リンス、トリートメント、ムダ毛の手入れに顔面ストレッチなどなど、女の子は大変でしょ?でしょ?」

「はい」

「あと、半身浴もしなくちゃいけないし、もう、それだけでも時間がかかるのに、爪のお手入れとか、身体の揉み解しに、お肌に潤い成分をつけながらマッサージとか、パックとか、ね?ね?ね?」

「ね?」

「ね、そういうことです」


「えっと、なんだっけ?」

「落ち着きましたか?では早く行かないと、今日の予定が大幅に押しちゃいますよ!」


 そうだ、今日は、例の映画を観る日だったよ!

 なんか言わなくちゃいけない事があったような気がしたけど、まっ、いいか!


 オレは直ぐに用意し、外のカフェで弥生さんとモーニングを食べて、午前中に上映される映画を観るために映画館へと急いだ。

 今日は日曜日という事で、客席は満員だ。

 もちろん、既に予約済みである。

 そして、映画はもちろん、『君の名前は?』だ。

 今回は、実写版ではなく、アニメなのだった。


 実写版ともTVアニメともマンガとも違うストーリーという事で、マニアには堪らないらしく人気なのだ。


 弥生さんは、ずっとオレの腕を取って歩くので、腕に大きな柔らかいモノが当たっており、ちょっと恥ずかしいのだが、そこは勇者のオレだ。


 勇者の心得にもあったが、『大為るは小為るより小成るべしと心得よ』ってことだ。

 大きな柔らかいモノなどは、小さな事、些細な事なんだ。

 気持ちをしっかりと持ち、あまりその柔らかいところを刺激しないようにしっかりとエスコートしないとな!

 オレは、弥生さんの機嫌を損ねないように、笑みを仄かに浮かべながら、自然に歩いた。


 そして、映画館に到着すると、既にスクリーンへと入場できた。

 もちろん、その前に、コーラとポップコーンを買ってある。

 見回すと、カップルが実に多い。

 そして、所々に、ウチワを持ったり、鉢巻きを締めたり、コスプレをしているヲタク達が居た。


 オレは、サングラスをしている。

 こういう輩に目を付けられないようにするためだ。

 実写版の誰かに似ているからな。

 オレは、この映画を観るという口実で弥生さんを誘ったわけだが、弥生さんならチケットを簡単に入手する術があり、お金も彼女持ちという事も勿論、考慮しての事だ。


 勇者なのだ、オレは。

 したがって、この映画は観なければならない。

 ああ、この話は、オレに何かをいつも教えてくれるんだ。

 この前の実写版の時も・・・・。


「ポップコーン、やっぱ、キャラメルじゃないとね!」

 Lサイズのポップコーンを早速頬張っている弥生さんに、オレは、ちょっと忠告した。

「弥生さん、Lサイズのキャラメルって、全部で1000Kカロリーくらいになりますよ」


「ふん、そう?それが?・・チュロスを食べようっと!」

 弥生さんは、チュロスも買っている。

「弥生さん、チュロス、3本で、1000Kカロリーくらいになりますよ」


「・・・そう?だったら?」

「えっ?だったら?」

「私はね、そんな事ではヘコタレナイ女なんです。あっ、始まった!」


 ブザーが鳴り、コマーシャル映像が始まった。


 場内は真っ暗にはならずに、誘導灯が点けられているが、それでもある程度の距離からでは人の識別はできない。


 そして、本編の始まりのブザーが鳴る直前に何人かが入ってきて、真ん中前方の良い席を陣取った。

 と、同時にブザーが鳴り、誘導灯が消え、暗くなった。


『なんだと、あいつ等!どうしてまた、そんなヤツと!』


 オレには、見えるのだ。

 暗くなろうが注意を向けると、人の顔など、昼間のように。


 入って来たのは、護道と紫苑。

 それから、早乙女とあの生徒会長だった。


 なぜだ?


 映画のオープニングテーマが流れる前に、アニメでは、まだ転移前の学校でのシーンが映し出されていた。

 しかし、そのようなシーンは、オレの頭には入って来なかった。


 なぜ、護道がもう、デートできるんだ?

 そして、早乙女、お前は、昨日言った事はウソだったのか?


 オレは、もうアニメどころではなくなってしまったのだった。

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