第91話 おじい様との対決②

 僕は、勇者だ!

 こんなの、試練でも何でもない。

 こんなおじいに、僕は負けない。


 このおじい、単に僕を試しているだけだ。

 落ち着いてみると、見える。


 おじいのこの目ヂカラ、これに騙されてはダメだ。

 これに、真っ向勝負をするのは容易い。

 だけど、今、それをする時ではない。


 これは、挨拶。

 おじいの挨拶なんだ。


 僕は、おじいの目線に対して逸らす事なく、かと言って、目ヂカラに対抗するわけではなく、それを受け流すように微笑みを浮かべた。

 すぅーと息を吸い込む。

 言うべきことを言うのみ!


「僕は、藤堂一人と言います!カズトというのは、ひとりと書きます。僕は、ずっと一人だと思って生きてきました。ですが、祖父と祖母に育てられ、人情、というか、ヒトの心の温かさに触れました。そして、また、僕はクラスで一人にされようとした時、今度は彼女、ユミさんに救われました。人は、一人では生きられません。その事は知ってます。でも、一人だからって負ける訳にも行きません。確かに、ユミさんは味方してくれると思っていましたが、彼女に寄り掛かってしまうのは僕の負けだ、男としても情けないと思っていました。僕は、一人だけど強くなればいい、クラスのみんなから僕だけ孤立しても心を強く持てばそれで乗り越えられる、そう思っていました」


 僕は、ユミさんに視線を向ける。

 彼女は、じっとぼくを見つめる。

 その目は、慈愛に満ちていて、僕に勇気を与えてくれる。


 おじいは、黙って、僕を見続け、先を促すように顎をしゃくった。


「でも、それは間違いだったのです。一人でいるよりも、二人の方が一人より大きな力が出るのです。僕は、改めて、それをユミさんに教えられました。そして、彼女の事を信じ、彼女も僕の事を信じてくれるのであれば、お互いが寄り添い、寄り掛かり、苦楽を共にすることは、互いの喜びとなることを知りました。まだ、僕は未熟です。勇者になったばかりです。そして、いきなり彼女に頼みごとをする、弱い人間です。ですが、僕は彼女を幸せにする覚悟があります。どうか、僕に」


「もう良い!これから食事だ!若者、腹が空いたであろう。さあ、席に着こうか!」


 後の言葉を言わせなかった。

 そこから考えられること、それは、このおじいは、僕が言おうとしたことをわかっているということだ。


 ちょっと話は脚色したけど、それくらい、良いよね。


 ユミさんは、ハンカチを、なぜか目に当てていた。

 弥生さんは、鼻をかんでいた。


 そうして、料理が運ばれてきた。


 配膳トレーにお椀が置いてあるという形での食事で、和食であった。


 料理長が説明に来た。


「本日は、唐揚げ定食でございます。鳥は、秋田県産の比内地鶏 を使い、小麦粉は北海道産の無農薬小麦を使用しております。味付け用の醤油は、地元の・・・・(以下略)」


 とにかく、身体に良さそうな無農薬とか、オーガニックとか、ブランド米とか、その他諸々の説明があった。


 ジュースは、もちろん、100%天然ジュースで、僕はリンゴジュースにした。

 おじいも、リンゴジュースだった。


 確かに、内容を聞くと素晴らしい食材を使っているのだが、唐揚げ定食だよな。

 確かに、鶏肉とか、良いモノを使ってて、良い匂いがしてるけど、唐定だよ。

 確かに、ご飯はブランド米で、サラダの野菜もオーガニックで、味噌汁も良い出汁と味噌をつかってるみたいだけど、唐定だからね。


 僕とかユミさんとか、わざわざ正装したんだから、フランス料理とか、なんか洋風で、コース料理が来てってのを連想してたけど、まさかの唐定だった。


「さあ、食べる前に、お祈りをしようか!」


 僕は、この家族は、クリスチャンなんだと思って、両手を胸の前に出して手を組み、祈りの態勢を取った。

 アーメンとか言うんだろうな。


「では、いただきます!!」


「「いただきます!」」


 えっ??

 思わず、いただきますと反射的に言ってしまったけど、お祈りは?

 いや、その前後の言葉とかないのかよ!!

 いや、もしかして、心の中でお祈りをしたのかな?

 でも、そんな感じではなかったけど。


 勇者なのに、全く、読めなかったぞ。

『キィ、見てただろ?この人たち(おじいとユミさんだけだけど)、心の中でお祈りをしたのか?それが、ここの家のマナーなのか?』

 ポケットに忍び込ませたキィにてみた。


『僕に聞かないように。勇者には、これからもこんな事はいっぱいあるから、よく学ぶように!』


 ふぅ~~、単にご飯を食べるっていうのに、何でこんなにいろいろとあるんだ?

 勇者って、ずっと試練が続くって、ホントだったんだ。

 アレは、キィの試練が続くだけだと思ってたけど、他の所でも試練があり、それがこういう心を試すというか、臨機応変のチカラを試すというか、体力的なものだけでないのが良く分かったよ。


 そう言えば、僕、緊張するとお腹が痛くなるのに、もう痛くならないみたいだ。

 勇者になったからみたいだけど。


 うん、美味しい!

 この唐揚げ、噛んだ瞬間のサクッとした感触の後に、鶏肉の繊維がぷつりぷつりと切れ、肉汁がジュワッと溢れて、その肉の脂とコロモを揚げた油をコロモの香ばしく焼けた味と醤油の香ばしい味とが絶妙に包み込み、えも言われぬハーモニーが口の中に広がる。


「美味い!料理長、ありがとう!下がって良し!さて、どうだ、カズきゅん?君の口に合うように、唐揚げ定食にしたんだが、庶民の定食屋と比べて、どっちが美味い?」


 もう、カズきゅん、一択なんだ!

 って、また、問題提起してきやがった!いや、してきた!


 しかし、この質問、至って普通。

 つまり、僕の返答は一択しかないんだ。

 だが、この質問には落とし穴がある。


 この定食のほうが美味いと答えたら、ありきたりな回答で面白くもなんともないし、話題が膨らまず、おじいにヨイショしている匂いがして、マズイ。


 庶民の定食屋のほうが美味いと答えるのは、もちろん、先程おじいが言った、美味いに楯突くこととなり、この選択は無く、故に一択なんだが。


 つまり、この定食のほうが美味いと答えるにしても、自分のオリジナリティーを出す回答が要求されていると考えられる。


 ここまでの事は、一瞬の内に計算した。


「おじい様の仰る通り、この定食の方が美味しいです。もちろん、素材の味を上手く」


 バキッ!

 その時、不穏な音が響いたのだった。

 おじいは、手にしていたお箸を折ったのだった。


 あっ!

 ヤバい!

 この定食が美味いという選択は違うのか??

 間違えた!!

 まさか、定食屋には定食屋の良さがあり、限られた予算でも美味しい味を提供しようと努力をしているお店も多くあり、一概に比較するのは難しいとか、そんな話をするべきだったのか?!


 僕の心に動揺が広がったのだった。




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