第36話 

「ちょっとトイレ」

「この歌も良いのに、残念」


「今がトイレのチャンスだろ?この映画、特典アニメありで、歌もアリで、最後にNG映像もありの盛りだくさんだから、放映時間が長いだろ。だから、話しの区切りに歌を入れてるっていう、そういう優しい映画の設定にしてるとかってネットで見たぞ。ここはお言葉に甘えるところだよ」

 オレは、もちろん、少しは映画のリサーチをしていた。

 しかし、長くなるなら歌を入れるなって話しだよな!

 アニメを実写化して、更に歌とセットで儲けようなんて、大人の都合が透けて見えるんだよね。

 ってことを言ったら、早乙女はヒクだろうなぁ。


「えっ?ああ、そうね、そう言えば、そんなツイッターの言葉もあったっけ?」


 オレは、トイレへと行った。

 そして、出てくる時に、シオンに出くわした。


「あっ!」

「えっ?」


 くそーー、オレのセンサーが働かなかったぞ!


 っていうか、映画の事や早乙女の笑顔ばかり考えすぎてた。


 くそくそくそ!

 何を言ったらいいんだ、オレ!


「やっぱりカズト君だったのね。どう?デート、上手くいってる?」

(何を言ってるのよ、わたし!上手くいってるに決まってるじゃない。だって、手を繋いでたでしょ、入って来た時)


「えっと、どうだかな?でも、こんなところで、シ・・白藤も見に来てるのか?」

 もちろん、お前も、デートなんだろ!

 白状してみろよ!


「えっと、そんなところ。この映画、大好きだから・・・」

「そうか・・・・」

 オレは、それ以上、ツッコむことはしなかった。

 本人が、トボケタ事を言ったからだ。

 もう、それで十分だった。


 それにしても、なぜ、隠す必要がある?

 ああ、そういうちょっと陰でコソコソやってるのが好きなんだな。

 いや、もしかして、オレに・・・いや、うん?わからねーけど、とにかく、隠したいんだよな、護道とのことを。

 このこと、早乙女に訊いた方が早いか?


 情報が少なすぎる。


 そうだ、オレは、これからコイツ等をハメるに際して、情報をたくさん、できるだけたくさん仕入れる必要があるんだった!


「白藤、この映画の歌とか好きか?」

「うん、大好きだよ」

「白藤、おまえ、映画館ではポップコーン派か、それともポテト派か?」

「ポテト派って、フライドポテト?」

「まあ、そうだ」

「どっちも、アリかな」

「じゃあさあ、コーラ派、それともその他のジュース派か?」

「コーラ派!こらこら、質問多いよ!」

「へっ?こら(こりゃ)、一本取られたよ!あはははは」

 オレ、なにやってる?

 なぜ、スムーズに会話してる?

 なぜ、楽しい?(とても楽しい・・・)


「うふふふふふ、カズト君、早く行かないと、次のシーン始まっちゃうよ」

「ああ、ありがとうな。えっ、お前は行かないの?」

「うふふふ、わたし、これで3回目だから、大丈夫だよ」

「まじか!それじゃあな。お前も、いろいろと楽しめよな」

「じゃあね・・・・」

(何を楽しめって?それにしても、お前、お前って・・それに、コラのダジャレ返し・・これって?)



「ちょっと、長かったね。もう次のところへ話が進んでるよ」(早乙女)

「悪い悪い、E(いい)スクリーンか、A(ええ=良い)スクリーンか、迷っちゃってさ」

「なにそれ?全然違うんだけど」


 ガクッときた。

 オレの会心のダジャレが通用しなかった。

 シオンなら、一発で笑いが取れて、エエ加減にして!とか言いそうなんだけどな!


 あれっ?

 さっきの会話のせいで、オレ、おかしくなっちゃったのか?

 いや、ダジャレなんかが分からなくても・・わからなくても、早乙女は可愛いよ。


 可愛いはずだ!


 ・・・・オレ、なんで、シオンとちょっと話しただけで・・・オレ・・・。


 オレの心・・・じいちゃん、鍛えなおしてくれ!


 野球部とか、どうでもいいから、鍛えなおしてくれ!


 この映画の主人公も、苦しみながら鍛えてるんだ、だから、オレも・・・。


 オレは、いつしか映画の主人公の真一に感情移入していた。


 がんばれ、真一!

 周りがお前をどう見ようが、そんなの関係ねーだろ!

 そうだ、真一、お前には持って生まれた才能がある。

 ここぞという時に、それを使ったらいいんだ。


 お前には、認めてくれている親父とか、獣王とかジジイがいるじゃねーかよ!


 そうか、オレにも、オレを認めてくれている、じいちゃんやばあちゃんが居る。


 だったら、オレは、まだまだ頑張れる。


 じいちゃん、オレをもっと鍛えてくれ!


 そして、いつか・・・いつか、じいちゃんを越える・・そうだ!


 オレの生きる目標は、まずは、じいちゃんを越えるだ!


 復讐とか、報いを受けろとか、そんなチッポケな話しじゃない!


 シンがそうであるように、オレはあのじいちゃんを越えてやる!


 いろんな武勇伝を聞かされたし、今も、なんか忙しそうにしている、オレのじいちゃん。


 知識が豊富すぎて、今でも話しについていけないくらいだし、能力なんて、オレにはわからない程の境地になってるみたいだし、それでも、オレは、じいちゃんを越えてやる!


 オレは、シンの姿に自分を投影するのだった。


 再び、アニメの映像と歌が流れ、シンの修行とシンが何度も倒れ伏し、何度も立ち上がる映像が流れる。



 そして、ふと横を見ると、早乙女は泣いていた。


 えっ?

 早乙女、こいつ、いじらしいじゃねーか!

 やはり、早乙女は可愛かった。

 オレは、いつの間にか、あのシオンのこととかを忘れていたのだった。






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