第25話
オレはやっぱ、紫苑が、昔の頃の紫苑の事が忘れられない。
可愛かった。
好きだった。
この事実、この過去の感情は、もはや消し去ることなどできない。
オレの一部なのだから。
たしかに、今も可愛いが、今のシオンはシオンであって、紫苑じゃない。
もう、違うんだよ。
違う他人なんだよ。
煮えたぎる心が、護道への憎しみを燃え上がらせる。
勝つ!
ぜってー、勝つ!
次は、内角だろう、わかってるぜコノヤロー!
しかし、もし、内角へスプリットを投げられると、オレはヤバい。
しかし、あのスプリットの軌道なら、内角には投げられないハズ。
しかし、スライダーと言う事もある。
フロントドアのスライダーもヤバい。
まだ、イメージが上手く定まっていないからだ。
しかし、それもないだろう。
アイツは、あくまでも、ウイニングショットはスプリットにこだわっているハズ。
って、もう、これは瞬時に考えたことだから、早く来いよ、オラ!!
来た!
内角へツーシームって言っても、ほぼフォーシーム。
これは、マトモだ!
よし!!
やはり、外角へのスプリットの為の布石を護道は打ってきたのだ。
慎重な護道らしい選択だ。
ボールは、オレの胸元を抉るように向かってきた。
それを大げさにのけぞって、また、尻もちをつく。
結果的に、前回のファールチップと今回の2回目の尻もちも、全て、オレがやはりド素人だと護道に思わせるという布石だ。
そして、何より、護道は自分の方が上だと思ってしまうことだろうよ。
そして、自分のスプリット、多分、一度も打たれたことのないスプリットをこのど素人へ放り込み、慎重で臆病な?護道は完璧にオレを三振に仕留めるというシナリオが出来上がっているんだろうな。
オレは立ち上がり、歓声の中、バットを持つ手にチカラが入りまくる。
打つ!打つ!打つ!
あのスプリット、打ってやるぜ!!
煮えたぎる心は、頂点に達し、オレの心の中は、ただただホームランを打つという言葉と、泣っかしたーというクソなクラスメイトの合唱が重なり、オレは冷静な分析をそれ以上出来なくなっていた。
「「「「「きゃーーーーーーーー!!!!」」」」」
「いいぞーー、ごどおーー!」
「おしいいいーー!」
「あぶな~~い!」
「ガッツだ!藤堂!」
「藤堂!やり返せ!」
「藤堂!金返せ!」
「護道!どうどう!」
「護道く~~ん、しんじてる~」
「護道く~ん、がんばって~~!!」
なんだよ、どうどうって?
馬じゃねーだろ、護道の子分、大丈夫か?
心がクスッとなった。
ちょっとだけ落ち着けたぜ、ありがとうな、このバカ野郎ども!!
「わりーな、ちょっと手元が狂った」
「・・・・・・・」
クソめ!
予定通りの投球だろうが!
無視だ!
会話をするつもりはない。
これで、フルカウントだ。
「スリーボール、ツーストライク!」
「護道く~ん、がんばって~~!!」
「藤堂、気張れや!」
「護道君、こっちむいて~~」
「藤堂、避けるんじゃねーぞ、こら!」
「藤堂君、ファイト~~!」
「護道君、ステキーー!!」
「藤堂、燃えろよ、こら!」
「藤堂、見せろ、田辺魂を!」
知らねー、そんな魂はねーぞ、オレには。
みんな、好き勝手に叫ぶ。
そんな中、シオンは「カズトくん、頑張れ」って言った。
幻じゃあなかった。
みんなの声援の中、「カズト、しっかり!ファイト!」って言う早乙女の普通の声援と共に聞こえたのだ。
他の声が重なる中、オレの獲得したチカラはシオンの短い声援をしっかりと耳に捉えることが出来た。
なんで?
恋人の護道を応援しないのか?
オレは、頭の中全体が疑問符の?に占領されたのだった。
恋人をなぜ応援しないのか?
ナゾだった。
しかし!
しかし、もしも?
もしも、もしかして、オレの今までの考えは?
シオンの顔が、頑張れと言ってくれたシオンの顔が浮かぶ。
子供の頃よりも、数段に可愛くなった顔。
オレは・・・オレは・・・いったい・・・・。
だが、そんな事を考えている余裕はなかった。
ヤツは、モーションに移ろうとしていた。
オレは、ここまでの布石を回収するつもりで、スプリットが描くであろう予想の軌跡をあわてて想定し、イメージする。
もちろん、ホームランを打つためのイメージだ!
「喰らえ!藤堂!!」
そう言いいながら振りかぶる護道。
そして、投げた。
予想通りのスプリット!
そして、外角へ落そうとするのも予想通り。
普通に打とうとしても、ボールの下を叩くのは難しい。
だから、オレは、打席をバッターボックスの前に即座に移動する。
通常だと、ボックスの後ろに立つのを投手寄りへと移動。
そして、ボールの落ち際を叩く。
これなら、アッパースウィングでも打てるはず。
ヤツの投げたボールは、やはり、外角へ少し曲がる。
いや、想定より曲がる。
落ちるより、
これだから、スプリットは厄介だ。
しかし、修正する。
曲がり、そして落ち始める。
そこだ!!
「ガッキィーーーーーンンンン」
だが、少し、芯より先に当たった。
ボールは、強烈なスピンがかかり、高く高く上がった。
行けーーーーー、越えろーーーーーー!!!
心の中で叫ぶ!
打球は青い空に白い点となって飛翔して、やがて裏山へと消えて行った。
誰もが、白球の行方を見上げていた。
沈黙が支配していた。
キャプテンが無言で右腕を回す。
「やったあーーーー!!!」
「「「「「「きゃーーーーーーーー!!!!」」」」」」
「うわーーーーー!!!」
「おおおおーーーー!!」
「すごい、すごい!!」
「もらったーーー!!」
「勝ったーー!!」
「感動をありがとう!!」
知らねーよ。
感動?
まだ、そんな気分にはならねー。
っていうか、別に気持ちよくねー。
もっと、あっさり勝つつもりだったからな!
それに、まだ、勝負は終わってない。
護道は、信じられないと、まだ裏山の方を見ていた。
「しゅごい、しゅごいよ、藤堂君」
うん?
早苗ちゃん、泣いてるよ・・・。
「カズト!ナーーイス、バッティング!!」
「カズトくん、ナイス!」
なぜ、笑っている?
シオン?
お前、恋人に冷たくない?
こんな女だったのか?
アレ?
ちょっと、いや、そうなのか?
やっぱり?
それとも?
オレは、混乱した。
シオン、お前の笑顔がオレを狂わす。
そうだ、シオン、お前が全ての元凶なんだ。
だったら、オレは・・・オレは・・・どうしたら?
護道との対決は、オレの心の中では、シオンとの対決でもあった・・のだった。
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