第8話 お前は悪に屈するな!

「オレ等、バスケに行くけど、どうする、藤堂?」(松村)

「ああ、オレは、昼寝って決めてるんだ」

「そうか、じゃあな、みんな」


「はいよっ!じゃあ、私達も解散?」(加藤)

「いや、ここは紫苑にちょっと聞きたいことがあるし」(早乙女)

「じゃあ、女子トーク2回戦に突入だね」(紫苑)


 オレは、昼寝するために、外へ出て廃校舎近くの、使われてない教室が続く一角の、とある所へと行く。


 殆ど人を見かけない所で、一種の空白地帯だ。

 一本の桜の木があるくらいの、暗い雰囲気の場所だが、オレには静かであればどこでも良かったので、その桜の木を見あげる位置に寝転んで目を閉じる。


 もちろん、携帯の目覚ましをオンにして。


 そして、この日の最後の授業は、ホームルームだった。

 いろいろなお知らせや諸注意とかがあり、最後に自己紹介があった。


 オレが昨日欠席したので、今日になったらしい。


 オリエンテーションで一人1分の自己紹介をさせられるという事で、今回は簡単なもので終わった。


 だから、出身校と名前を言っただけだ。

 紫苑がじっと見てきた。


 因みに、新しいオレの名前は、藤堂一人とうどうかずとだ。

 親権がいろいろと難しかったりしたが、祖父母の姓を名乗り、名前も変えた。


 姓が変わった場合には、名も変えやすいので、オレは祖父母とも一緒に考えた末、こういう名前にした。


 オレは、祖父母が死んだ後は、一人でやって行かないといけない。

 それに、一人立ちを早くしなければという想いもある。

 その決意表明と、その意識を常に持って頑張ろうと思い、そういう名前にした。


 でも、祖父母にも言っていない理由がある。

 オレは一人だし、あの頃は、誰も信用できなかった。

 もちろん祖父母だけは信用したが、それだけだ。


 たぶん、恋人が出来ても、子供が出来ても、一人だという意識は変わらないかもしれない。


 オレは、あの時から、一人になった。

 そして、死ぬときも、もちろん一人だ。

 それでいいと思った。


 オレには、オレ以外に本気で心を許せる者は居ないのだと、心を許せる者ができるわけがないのだと、その時はそう思っていたのだったから。


 だが、祖父がこの名前を認めた理由は違った。


『お前は、一人になっても、悪に屈するな。

 周りが悪に染まった連中ばかりで、例え他には味方が居なくても、ただ一人で悪に立ち向かえ。

 そういう気概を持たないといけない。

 そして、そのためにもチカラを持たないといけない。

 だからこそ、これからお前は、必死に努力しないといけないぞ。

 大丈夫だ、オレがお前を導いてやるから。

 いいか、村雨、お前には、そういうチカラを身につけられる才能がある。

 だから、努力次第で、お前は最強になれるんだぞ。

 そしたら、もう、誰からも疎んじられるようなことにはならないさ。

 お前は、オレの息子だ。

 オレの血とチカラを受け継ぐ息子だ。

 どうだ、お前の未来は、明るいぞ。

 希望を持て、そして、努力しろ!

 そして、つかみ取れ、明るい未来を!

 輝かしい未来をな!』


 禿げあがった頭を輝かせながら、爺さんは言ってくれた。

 最初、悪に立ち向かうって何?って思ったけど、子供のオレにわかるようにヒーローに例えて言ってるのだろうと思った。


 そして、息子とか言ってくれて、恥ずかしかったが、血とチカラを受け継ぐとか、表現が大げさすぎるんだよって、その時は思った。


 でも、それだけ大げさに言わないと、オレは当時、死んだ目をしていたに違いなかったから、心に響かなかったんだろう。


 変態と最初言われていたころは、心の中でオレは変態じゃないと呟いていたが、やがて無視され、たまに変態と呼ばれてホッとする自分が居るようになってきてから、オレは呟くことをしなくなっていた。


 そして、姿を見せないしつこいイジメにどんどん壊れていく自分が居た。

 そして、モノが隠されても、それが普通に思うようになって来た頃から、多分、心が死んでいったのだと思う。


 そして、学校に行けなくなったのだが、もう、そういうことは忘れたことにしていた。

 時間が経つにつれて、学校の皆を見ないようになるにつれて、記憶が薄れていくのを感じ、忘れることが出来ると思った。

 そして、今ではほぼ忘れたと思った、いや、忘れたんだ。


 でも、今、自分の名前をクラスのみんなに向かって言う時、少し思い出してしまった。

 そして、紫苑の目を見た時、一瞬だが、あの時の光景が蘇った。


 幸い、短い自己紹介なので、事なきを得たが、1分の自己紹介をどうすればいいのか、オレには新たな課題が浮上したのだった。


「藤堂君!じゃあ、マックに行こうね!」

 ホームルームが終わると、早乙女が話しかけて来た。


「えっ?いや、オレは・・」

「藤堂!ナニ?デートの誘いか?」(横山)

「ちぇっ!モテるヤツは、これだから。仕方がねー、オレ達だけで帰るか」(松村)

「仕方が無いって、何よ!私の方が、仕方が無いって感じなんだからね」(加藤)

「もう、なんか、みっともないよ。じゃあ、藤堂君、またね」(一葉)


 こうして、早乙女と、そして、紫苑とマックへ行くことになった。

 紫苑は護道のことはいいのかと思ったが、彼女は気にしていなかったので、オレが言う事ではないからと言わなかった。


 チラッと、護道を見たが、オレ等に一瞥をしただけで、そそくさと友達を連れて行ってしまった。


 大丈夫だ。

 たぶん、大丈夫だ。


 オレは、もう、前のオレではない。

 アイツが何かを言ってきても、言い返すことなど、造作もないことだ。


 そして、紫苑。

 お前に対しても、もちろん、まだ好きな感情は消えていないが、お前と面と向き合う事で、そういう感情を消し去る練習をさせてもらうぞ。


 お前は、あの頃と変わってしまっているんだから、それをよく知ることで、もうオレのこのワダカマッタ感情は無くなるだろうよ。


 そうして、オレ達は、駅前のマックへと行くのだった。







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