第5話 目撃

 入学式が終わり、クラスごとに諸注意があって、解散となったが、オレは、早乙女からラインをゲットしていたので、連絡をしあって、午後2時に駅前のマックに集合することになった。


 この高校は、第一中学の生徒にとっては、自分の街にあるから直ぐに帰れるのだが、オレは、電車通学になるので、この街に留まって、2時になるのを待つ事にした。


 オレは、別に、祖父母が来ているわけではなく、ヒマだった。


 大抵の生徒は、親が来ていた。

 紫苑も、両親が来ていた。

 おじさんに、おばさん、久しぶりに見るけど、歳を取ったかな?

 紫苑の両親は、どこの親と話しているのか?

 その親と紫苑家族と、そして、あの護道が一緒に帰って行く?


 うん?

 どういうこと?


 でも、彼等の後をつけて行くなんて事は、気が引けた。


 まあ、後で会うから、その時に、さりげなく・・聞けたらいいな・・いや、聞こう!


 こんな事で、弱気になったらダメだ。


 それからオレは、野球部を見学に行った。

 一年生は居なかった。

 女子マネに話しかけられた。

 是非野球部に入ってねってお願いされたけど、考えときますって言うに留まった。

 どのみち、社交辞令だよなって思い、でも可愛い人だなっとも思った。

 野球部は、そこそこ上手そうだった。


 それから、ヒマなので、昔住んでいた家まで行ってみることにした。


 この辺だよなって思いながら、ここまで走って来た。

 ランニングを今日してなかったから、この辺をブラついた後、また走ろうと思っていたら、いつの間にか、紫苑の家のそばまで来てしまっていた。


 ちょっと行き過ぎたなと思い、引き返そうとしたら話し声が聞こえてきた。


「・・・しおん、オレ・・・・」

 もっと良く聞き取ろうと、玄関へと近づく。


 すると、紫苑と護道が抱き合っていた。

 紫苑は、顔を真っ赤にしていた。


 そういう関係か!


 オレは、その場を離れると、駅まで走った。

 電車を待ちながら、ラインで早乙女に行けなくなったと断った。


 今度奢るからって、フォローもしといた。


 オレは、落ち込んだ。

 やはり、オレは、まだ紫苑が好きなんだな。


 悲しくなり、家に帰ると大盛りチャーハンを作って食べた。


 やはり、あんなに可愛いんだから付き合っているヤツがいるに決まってるよな。


 それにしても、あの護道かぁー?

 あんなののどこがいいんだ?

 たしかに、イケメンに変身してるけど、中身はそんな変わる事なんか無いよな。


 でも、アイツ、いいヤツになったのか?

 まだ話してないからわからないけど、アイツと話すのは怖いな。


 にしても、アイツとは・・・・・。


 って事は、紫苑も、あんなヤツが良いんだったら、もう昔の紫苑とは、あの心の優しい紫苑とは違っているのかもしれないな。


 あの暴力大好き、イジメるの大好きな外道の護道を好きとか、有り得ねーもんな。


 護道が心を入れ替えているのかはわからないし、紫苑は護道がオレを貶めた事を知らないのかもしれないけど、でも、みんながオレを土下座させたんだぞ。


 床まで舐めさせられたし。

 あ、あの時の事、また・・・、それから、いろいろと隠されて・・・。


 あ、ダメだ。

 もう忘れたと、克服したと思ったのに!


 オレはそれでも紫苑を好きだと?


 それにもう、紫苑には男がいるんだから、あの大嫌いな護道だけど、でも、もうオレとは関係無いよな。


 オレは、紫苑が好きという感情を抑え込もうと、いや消滅させようと考えた。


 オレなら、出来るだろ?

 いつもやってるように、イメージするんだ!


 イメージして、好きだという感情を具体的なモノに・・そしてそれを消去・・・・・。


 彼女の笑顔をイメージして、消去。

 彼女と良く遊んだ公園での彼女の姿、消去。

 彼女と行ったビーチでの出来事、消去。


 彼女と一緒に登校した事、その時いろいろと話した事、その時々の彼女の笑顔、姿、表情、髪型、服、手の動き、足取り、ランドセルの揺れ具合、息遣い、全て、全てだ!

 全てを消去!


 オレは、涙が出て、意識を、無くしていた。



 翌日、学校を休んだ。


 目が覚めると、横に祖母が居た。

 多分、祖父がオレをベッドまで運んでくれたんだろう。


「まだ寝ててもいいんだよ」

「いや、ばあちゃん、起きるよ」

「そうかい?だったら、ご飯、食べるかい?」

「うん、食べる。お腹、空いちゃった」


 祖母は、学校に連絡を入れてくれていた。


 祖母や祖父は、いちいち詮索しないので、こんな時は助かった。


 それにしても、なぜこうなったのかを考えた。


 オレは、たぶん、彼女のことを消去しようにも、それは自分の歴史を、自分の生きた証を消すことになるので、自分が無くなる事を意味してしまうのだと思った。


 だから、自分の身を守る為に、これ以上の事をさせないように、無意識に自分で自分の意識を閉じたのだ。


 オレは、そこまで考察したら、フッと笑いが込み上げて来た。


 まずは、自分の能力はまだまだこれからだという事の自嘲。

 そして、オレには、紫苑の存在がとても大きいのだという事の自嘲。

 それから、オレは、消去出来ないので、紫苑の想い出がなくならなくて良かったと安堵した事の自嘲。


 結局、オレは、バカだと改めて思ったのだ。


 つまりは、オレはまだ祖父の教えの半分も達成できていないのに、チカラがあるとちょっと奢っていたのだと思ったんだ。

 何でも、今のオレなら、チカラで解決できると思って。


 それと、これが一番バカな事なのだが、紫苑をまだ愛しく想っているという事だ。

 この気持ちの整理をつけとかないと、このままでは彼女への接し方がわからないし、恋人などできないだろう。


 だから、オレの課題に、もう一つ加わる項目が出来た。

 それは、紫苑が他の男とイチャイチャしようが、平静でいられる事。


 その為には、昔の、オレと仲が良かった幼馴染はもう居ないのだから、今の彼女は別の人間だと思うように割り切ることが出来なければならないと思った。


 そうさ、もう、この世にはオレの知っている白藤紫苑は居ないんだ。

 なんだ、簡単な事だ。

 アレは、昨日のアレは、別の人間なんだよ。

 別の人間が何をしようが、どうでもいいことだよな。


 そう、何度も心の中で呟くのだった。


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