第2話 鉢合わせ

 弥吉は盗賊とは別の顔を持つ。船宿、武蔵屋の主人としての顔である。番頭の辰三、女中頭のおさき、他に女中が二人、船頭が3人の船宿である。先代の代からいる辰三が弥吉を「若旦那」と呼ぶものだから皆がそう呼ぶ。跡目を継いだ弥吉は「旦那様」などと呼ばれてもいいはずなのだが弥吉もそれを正さないし、旦那、主人という柄ではないと日によっては船頭をしたり遊び歩いたりと気ままなもんだ。実際、武蔵屋の切り盛りしているのは先代の初代、脱兎の弥吉の右腕だった辰三である。


弥吉は武蔵屋にいるときは夕飯を皆で食べるようにしている。昨晩も皆で夕飯を済まし独り自室で晩酌をしていた。


「若旦那」


言いながら辰三が襖を開けた。


「珍しい事もあるもんだ。辰三さんも一杯どうだい?それとも何かあったのかな?」


辰三は酒を飲めない。晩酌中に訪ねてくる時は、、、。何かがあった時なのである。


「橘さんがこれを。おしまからだそうで」

 

辰三が文を弥吉に渡した。


「清十郎さんはこれだからいけねぇや。ここまで来て俺に顔も見せてくれねぇのかい。なんの兄弟分だよ。世知辛いねぇ水くさいねぇ。脱兎の頭だよ俺は。頭の俺に顔を見せて挨拶のひとつや二つあってもいいもんじゃねぇかよ」


「はぁ。二代目ともなると脱兎の弥吉も情けねぇもんだな。手下の1人に本人が居ないところでピーピー言いやがってよ」


呆れ顔で辰三が続ける。


「橘さんは三蔵に話があるとかで急いで行っちまいました。おしまが段取りをつけてるようで。さっさと文を読みなせぇ」


「辰三さんにはわかんねぇんだよ。ちくしょー。」


言いながら文を広げた内容は


「薬師問屋 奥村嘉兵衛が新たな飯炊き男を雇い入れた。おしまの見立てでは同業の引き込みのようである。名を八助という。八助は住込みの為の引っ越しの準備などで明日は暇をとるので繋ぎの三蔵に後を付けさせたい。勘違いなら良し。見立て通り同業の引き込みなら指示を仰ぎたい。三蔵には追跡後は源三の店に行かせますので、そちらでお待ちいただきたい。私との繋ぎとして清十郎さんに源三の店に行ってもらう。」


という内容だった。 脱兎の弥吉一味の次の狙いは薬師問屋、奥村嘉兵衛である。おしまは脱兎が薬師問屋に送り込んだスパイのようなもので店に勤めながら情報を引き出し盗み当日、その夜に一味を店に引き込むのである。よって引き込みと呼ばれる。ちなみにおしまは薬師問屋。奥村嘉兵衛宅に引き込みに入り3年になる。


 おしまの見立てでは脱兎の弥吉の一味の引き込みがいる店に他の盗人一味の引き込みの八助が入り込んだ。引き込み同士が鉢合わせたらしい。運が良かったのは3年前からおしまが先に引き込みに入っていた事である。その上、おしまという女の勘が鋭い。おしまは怪しまれてはいないのだ。


「むうぅ」


弥吉は腕を組み唸った。


 弥吉が文を読み終えたのを見て辰三は部屋を出た。辰三は初代、脱兎の弥吉から二代目の弥吉に代替わりした時に盗みは引退している。辰三は盗みに関しては口をださないと決めているのである。

 

「辰三さんはあっさりしてやがるぜ」


 弥吉は本当は今回の文の事で辰三の意見くらいは聞きたかったが聞けないのである。弥吉は思う。辰三さんの立場なら


「初代なら、、、」


なんて事も言い出しかねないが盗み勤めに関しては代替わりをした後に辰三は口を出した事が無い。初代、脱兎の弥吉の右腕、辰三に認められ任されている信頼をされているのである。あるいは初代が二代目に指名した俺を認めているのではなく、俺を二代目に指名した初代を信じているから何も言わないのかも知れない。どちらにせよ期待には答えなくてはならない。


 今分かっている事は、しばらくすると三蔵が手下を雇う為に金をせびりに来る事、八助という男が同業者の引き込みかもしれないという事、明日は昼から清十郎と酒を飲みながら三蔵からの繋ぎを待つという事である。焦る事はない。酒を熱い茶にかえて三蔵を待った。




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