幸福の男と故郷の村

「どうかされたんですか。ご主人様」

 ディナは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。故郷について、考える時間が増えて、部屋にいる事が多くなったからだろう。何かをしていても、ふと、故郷の事が頭に浮かんでくる。その所為で、黙り込む事が増えた気がする。これは良くない事だ。どうしたものか。試しに、目の前にいるディナに相談してみよう。



「ご主人様は、お引越しされるんですか」

 どういう事かと聞き返すと、慌てながら、農園や鉱山を買い取ったように、故郷の土地を買い取って、移り住む気なのかと思ったそうだ。そうか、あいつ等がいないんだから、帰れば良かったんだ。もう二度と、こんな所に帰るもんかと、思って村から出ていったもんだから、その考えが出てこなかった。そうだ、故郷の村に帰ろう。直ぐにとはいかないが、何年かかっても良い。村を立て直そう。俺には、心強い味方が大勢いるのだから。悩みが解決して、何だか嬉しくなってきた。

「ディナ、ありがとう。お前のおかげで、悩みが解決できたよ」

「本当ですか。私、ご主人様のお役に立てましたか。それなら、すごく嬉しいです」

 ディナは顔を赤らめ、もじもじしながら、恥ずかしそうに微笑んでいる。その姿が可愛かったので、ディナの頭を撫でた。ディナは、嬉しそうに目を閉じて、手の感触を味わっていた。


 しかし、故郷の村に移り住むにしても、屋敷を建てればすむ、という事ではないだろう。店屋がないと、食料や日用品が手に入らない。買い物の度に、遠くの町に行くのは手間がかかり過ぎる。故郷の村には、店が無かった。買い物は、行商人が村に来るのを待っていた。それか、農作物を売りに町に行ったついでに、買い物をするくらいだった。昔はそれが当たり前だったから、大丈夫だった。しかし、町での暮らしに慣れてしまった今では、不便で仕方がないだろう。今住んでいる屋敷は、町はずれではあるが、馬があれば直ぐに買い物に行ける場所だ。

 村に店があって、そこで買い物ができるくらいになってほしい。何にしても、人がいないとダメだ。あの村に人を集めよう。農園や鉱山を買い取ったばかりだから、直ぐにどうこうはできないだろう。取り合えず、村を復興させる準備をしよう。屋敷には沢山、本がある。リコリスに頼めば、役に立ちそうな本を紹介してくれるだろう。焦らずゆっくり考えていこう。




 村の復興なんて、俺の手には余る。人の知恵と力を貸してもらうに限る。人が住める家に、働ける場所ができれば後は簡単だ。村に移り住んでくれる人は、幾らでも用意できる。商人達にも協力してもらえる。思っていたよりもずっと早く、故郷の村は復興できそうだ。

 屋敷が建ってから、移住しようかと思っていた。しかし、自分の我儘で村を復興させるのに、自分が、何もしないというのは気が引ける。それに、どうせ、元の村とは違う、発展した街にするんだ。ある程度は、自分の好みを反映した街にしたい。街を作るなんて大事業、もうこの先やる事はないんだから。




 仮住まいができたので、屋敷から使用人と護衛を数名づつ連れて、引越しをする事にした。引越しの準備があるから、まだ、先の話になるが、故郷の村へ行く前に、マリア達の所によって行こう。これまでよりも、離れて暮らす事になる。子ども達とも会う機会は減ってしまうだろう。


 獣人達は、総じて人よりも頑丈で、身体能力が高い。だから、家を建てたり、畑を耕したりする村の復興作業で、大いに役立ってくれるだろう。後、人が行き来しやすいように、道の整備もしたい。まずは、獣人達を優先させて、村に住まわそう。

 自室で、考え事をしていると、ドアがノックされた。どうぞと言うと、ディナが遠慮気味に入ってきた。俯いて足元を見たまま、話始めた。

「ご主人様。あの、私も一緒に行きたいです。どうしてもだめですか?」

 スカートを掴んで、今にも泣きだしてしまいそうなか弱い声に、心が乱される。思わず良いよ。と言ってしまいたくなるが、ぐっと堪えた。ディナは、この屋敷に置いていくと決めていた。

「まだ、足りない所があって不便だし、危ないから、ちゃんとした町になってから来て欲しいんだ」

「危険があるんでしたら、私が一緒の方が良いと思います。もしもの事があった時、ご主人様をお守りする事ができます」

「気持ちは有り難いけど、護衛の人も一緒だから大丈夫だって。それに、ディナのギフトは、傍にいなくても効果があるって、前に言ってただろ。心配し過ぎだよ。未開の地に行くわけじゃないんだから」

「でも、私、ご主人様のお傍を離れたくありません。もっと、もっと、ご主人様のお役に立ちたいんです」

「ディナ。俺の役に立ちたいって言う気持ちは、嬉しいよ。でも、もっと自分がしたい事をして良いんだよ」

「私のしたい事ですか?」

 ディナは、不思議そうにしながら、聞き返してきた。そんなおかしな事を言っただろうか。いや、奴隷だったディナにとっては、主人の役に立つ事が、当たり前のやるべき事なのだろう。全く、もう、奴隷じゃないんだから。いい加減、他の人と同じ様に生きてほしい。

「そうだよ。ディナにも、楽しい事とか好きな物があるだろ。それに時間を使ってほしいんだよ」

「私は好きな事をしています。ご主人様のお役に立ちたいです。お世話をしたいです」

「俺の事は良いよ。それ以外で、ディナがしたい事をしてくれ。無いなら、色々やって、見つけて来てくれ」

「・・・ご主人様がそう、仰るのなら、そのようにいたします」

 不満げな顔で、そう言うと、ディナは一礼して、去って行った。

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