第4話幸福な男の昔

 村にいた頃の俺は、下の方の人間だった。運動が得意じゃなかったし、頭も良くなかった。見た目も良い方ではなかったし、家が貧しくて、兄弟も多くて、身なりも良くなかった。ギフトがなければ、今もあの村で、兄弟達にこき使われて暮らしていただろう。

 あいつ等、何時も偉そうに俺に命令してきやがって。自分達だって、大した事ないのに、何時も俺をバカにしていた。だが、そんな俺が、多くの女と一緒に、何不自由なく暮らしている。あいつ等は今も、朝早くから働いて、暗くなったらサッサと寝るしかない生活を送っているんだ。今の俺を見せつけてやりたいと思う。さぞかし楽しいだろう。だが、そんな事をしては、俺のギフトに気付かれてしまう。そんな、くだらない事で、この生活を失くしてしまうなんて、バカげている。俺のギフトは他人から見たら、悍ましい力にしか見えない。俺も、俺と同じ力を持ったヤツが他にもいたらと思うと、ゾッとする。だから、他人には、俺のギフトの事は、知られてはいけないのだ。


 最初にギフトを使ったのは、十四、五歳の頃だった。あの時は、この力を使ってみたくて、仕方がなかった。だから、同い年のマリアを一生懸命口説いた。マリアは、俺と同じくさえない女だった。だから、ちょうど良かった。俺が彼女を口説くのを、誰も邪魔しなかった。寧ろ、茶化しながら応援されたくらいだ。

 今でも不思議だが、ある日突然、そうだと知った。俺には、そういう事が出来ると分かっていた。顔を水に浸けていたら、息ができなくて苦しくなったように。当たり前の事を、改めてそうだと確認したような感覚だった。昨日まで、そんな事を頭に思浮かべた事すらなかったのに、俺は、それが出来ると理解していた。

 相手にキスをすれば、俺の言う事を聞くようになる。そうだと分かっていたが、どうしても信じられなかった。だから、マリアにキスをした。唇を合わせて離した後、マリアの顔を見た。赤い顔に潤んだ瞳、笑みを浮かべた唇。うっとりとした幸せそうな顔。マリアの顔を見て納得した。俺のギフトは、キスした相手が俺を好きになって、言う事を聞いてくれるのだと。


 それから、マリアに付き合ってもらって、色々と確かめさせてもらった。嫌ならしなくて良いと言ったけど、頼めば全部やってくれた。胸を揉ませてもらったり、服を脱いで裸になってもらった。マリアは、恥ずかしそうにしていたが、幸せそうだった。思い切って、悪口を言ってみたが、マリアの反応は変わらなかった。メス豚だと言って、尻を叩いた時、「私はあなたのメス豚です」と言って、身体を震わせ喜んでいるのを見て、ゾッとした。俺の力は絶対だ。一度使ってしまうと無かった事にはできない。だから、使う相手は慎重に選ばないといけない、と教えてもらった。


 マリアにキスしてから、村の誰かにキスする事はなかった。マリアと付き合うようになって、兄弟からの当たりが強くなったからだった。あいつ等、俺位には丁度良い女だって、馬鹿にしてやがったのに。

 マリアは、献身的に俺に尽くしてくれた。それに、マリアは俺と付き合うようになってから、美しくなっていった。あいつ等は、見下している俺の彼女よりも、下の女と付き合うなんて事はできなかった。だから、マリアよりも良い女と付き合おうとした。自分達だって、大して顔も頭も良くない、さえない男のくせにだ。マリアよりも良い女が、あいつ等を相手にするはずもなく、あいつ等は、何時まで経っても、女と付き合えないでいた。しかも、マリアが俺に献身的に尽くすのを、傍で見ているもんだから。他の女にも、当然そうある事を求めていた。そんなんだから、何時まで経っても女ができねぇんだよって、俺は心の中で笑っていた。だって、顔を頭も良くない。他人に優しくない。そのくせに、他人には献身的に尽くせと要求してくるヤツなんて、誰だってごめんだ。関わり合いたくない。

 何時まで経っても、彼女ができないもんだから、俺を妬んで、当たり散らすようになっていった。本当にうざい奴等だった。兄弟をを妬んで当たり散らす情けない男なんて、村のさえない女だって、こんな男はごめんだって思うに決まっている。そんな事をしていたら、ますます、モテなくなっていくと分からないバカ共だった。

 俺に彼女がいて、自分達には彼女がいない事が我慢ならなくなって、あいつ等は、マリアを口説こうとしやがった。全く、あまりにも情けなさ過ぎて、こっちまで、恥ずかしくなっちまったよ。親父もお袋も、呆れていた。あいつ等、揃いもそろって、マリアに優しくし始めるもんだから、バレバレだった。もちろん、マリアがあいつ等になびく訳もなく、村中で笑い者にされていた。

 あいつ等にうんざりしていたら、親父とお袋が死んだ。親父は獣に襲われて、お袋は病気だった。それを機に、村を出て、町に行く事を決めた。もちろん、マリアも一緒だった。当てもなく町に行ったが、運良く住み込みで働ける所を見つかった。両親が亡くなったのと、兄弟たちの話で、同情してもらえたのが、大きかったと思う。


 この町で、二人目にキスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る