かゆい

味噌村 幸太郎

第1話 かゆい


 ぼくには病気がある。


 それは「アトピー」


 とにかく、かゆい。





 からだ中にブツブツができて、かさぶたをはがすと血が出る。


 朝起きたらパンツの中が真っ赤になるぐらい。


 そんなんだからおまたがかゆくて痛い。


 お風呂に入るときはすごくしみる。





 背中にもいっぱいブツブツができて、かゆいけどかけない。


 だからおうちの壁を使うんだ。


 スリスリすると気持ちいい。


 ただママが言うには「白い壁が血だらけ」だって。


 でもやめられない。





 背中はじぶんでかけない。


 だからいつも寝るときはママに背中をさすってもらう。


 そうじゃないとかゆくてねむれないの。





 そんな毎日だからブツブツが治らなくて、ひとの前で裸になるのがいや。


 小学校でプールの日、ぼくの身体を見てよく「気持ち悪い」っていう子がいるし。


 それがいやで僕はよく大好きなプールの授業を休んだ。


 だから泳ぐのもうまくなれない。


 僕だって泳ぎたいのに……。





 もちろん、毎週ママがぼくを病院につれていくけど、治らない。


 僕は牛乳が大好き。


 でも牛乳を飲むとまぶたがむらさき色になっちゃうんだ。


 だからたまに変な目で見られる。





 たまごやきも大好き。


 けど、前からたまごをやめなさいってお医者さんに言われてた。


 そんなのいやだ。


 僕が世界で一番好きな食べ物はママがつくる、たまごやきなんだ!





 ある日、ママが泣いてぼくに言った。


「ごめんね、ママがあなたをこんな風に生んだからつらいね」


 ぼくは意味がわからなかった。


「なんでママがあやまるの? ぼくはママが大好き! それにママのたまごやきもすきだよ?」


 そう言うとママは泣きながら抱きしめてくれた。





 親戚のおばさんのすすめでぼくとママは、町で有名なお医者さんに会うことになった。 


 ぼくにどんなアレルギーがあるか、テストするために注射をすると言われた。


 自慢じゃないけど、ぼくは注射なんかじゃ泣かない。


 けど、ぼくはもともと「血の線」がでない人間だから、若い看護婦さんがこまってた。


 何回も刺しては外してを繰り返して、とうとう5回も刺された。


 ぼくは我慢できなくなって、大泣きした。




10


 テストが終わったら、お医者さんがママに言った。


「本当にアトピーを治したいならご飯を全部変えてください」


 ママはちょっと困った顔でこたえた。


「はい、この子が良くなるなら…」


 ぼくは少し嫌な予感がした。




11


 次の日からおうちのご飯は一気に変わってしまった。


 大好きなたまごやきは絶対にダメ。


 牛乳も特別なもの、味のうすい魚、野菜ばかり、ウインナーはうさぎのウインナー。


 おやつも味のしないせんべいだけ。


 どれを食べても味がしなかった。


 ぼくは泣いて怒った。


「こんなの食べたくない!」




12


 するとママが見たこともないような怖い顔でいった。


「ダメ! あなたのためなのよ!」


 ぼくはわんわん泣いた。


 それが毎日、一週間も続く。


 次第にママに怒るのも疲れていった。




13


 一か月もしないうちにブツブツは消えるようになくなった。


 かゆくなくて、痛くない。


 血も出ない。


 プールの授業にも出られる。


 うれしい……はずだった。




14


 けど、ぼくが世界で一番好きな食べ物、ママのたまごやきが食べれない。


 それが一番辛かった。


 どんどん元気がなくなって、ママの出す味のないご飯を毎日頑張って食べた。


 ママに「おいしい?」と聞かれて、ぼくは笑顔で「おいしいよ!」とうそをついた。


 そしたらママったらキッチンで泣き出しちゃった。


「ごめんね、ごめんね……」




15


 3カ月経ったころ、ぼくはかゆみもなく痛いところもなく、普通に過ごせていた。


 だいぶこのおいしくないご飯にも慣れてきた。


 そんな時、お家に帰ってくるとなぜか、懐かしいものがあった。


「ママのたまごやき!」


 思わず叫んじゃった。




16


「おかえり、食べていいよ」


 ママは笑ってそう言った。


「なんで? アトピーひどくなるからダメなんじゃないの?」


 ぼくがそう言うとママは僕を黙って抱きしめた。


「たしかにあなたがアトピーで辛い思いをしなくなったけど……」


 言いかけて泣き出しちゃう。




17


「ママ?」


 ぼくが不思議そうにママを見る。


「ママね、間違っていてもいい。アトピーひどくなってもいい。あなたの笑顔が見たいの!」


「え……」


 ぼくはさっぱり意味がわからなかった。




18


 ママに理由を聞くとこう答えた。


「あなた、ご飯変えてから笑わなくなったのよ……」


 大粒の涙がママの目からこぼれた。


 ぼくはそんなこと気がつかなかった。


 がんばっておいしくないご飯に慣れるのに精一杯だったから。




19


「アトピーで死ぬわけじゃないから、これからは毎日たまごやき作るね」


 ママはやっと笑ってくれた。


 ぼくは嬉しかった。


 けどそこでやっと気がついた。


 ぼく……笑い方わかんなくなってる。




20


 それからまた3か月後。


 ぼくは毎日たくさんママのたまごやきを食べた。


 お医者さんにママはたくさん叱られたけど、「わたしはいやです」と言っていた。


 アトピーはもとのようにひどくなって、ブツブツもできた。


 かゆいし、血も出る。


 けど、ぼくは今日も笑って言う。


「ママ、今日の朝ご飯は?」


「今日もいつものたまごやきね!」




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かゆい 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

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