かゆい
味噌村 幸太郎
第1話 かゆい
1
ぼくには病気がある。
それは「アトピー」
とにかく、かゆい。
2
からだ中にブツブツができて、かさぶたをはがすと血が出る。
朝起きたらパンツの中が真っ赤になるぐらい。
そんなんだからおまたがかゆくて痛い。
お風呂に入るときはすごくしみる。
3
背中にもいっぱいブツブツができて、かゆいけどかけない。
だからおうちの壁を使うんだ。
スリスリすると気持ちいい。
ただママが言うには「白い壁が血だらけ」だって。
でもやめられない。
4
背中はじぶんでかけない。
だからいつも寝るときはママに背中をさすってもらう。
そうじゃないとかゆくてねむれないの。
5
そんな毎日だからブツブツが治らなくて、ひとの前で裸になるのがいや。
小学校でプールの日、ぼくの身体を見てよく「気持ち悪い」っていう子がいるし。
それがいやで僕はよく大好きなプールの授業を休んだ。
だから泳ぐのもうまくなれない。
僕だって泳ぎたいのに……。
6
もちろん、毎週ママがぼくを病院につれていくけど、治らない。
僕は牛乳が大好き。
でも牛乳を飲むとまぶたがむらさき色になっちゃうんだ。
だからたまに変な目で見られる。
7
たまごやきも大好き。
けど、前からたまごをやめなさいってお医者さんに言われてた。
そんなのいやだ。
僕が世界で一番好きな食べ物はママがつくる、たまごやきなんだ!
8
ある日、ママが泣いてぼくに言った。
「ごめんね、ママがあなたをこんな風に生んだからつらいね」
ぼくは意味がわからなかった。
「なんでママがあやまるの? ぼくはママが大好き! それにママのたまごやきもすきだよ?」
そう言うとママは泣きながら抱きしめてくれた。
9
親戚のおばさんのすすめでぼくとママは、町で有名なお医者さんに会うことになった。
ぼくにどんなアレルギーがあるか、テストするために注射をすると言われた。
自慢じゃないけど、ぼくは注射なんかじゃ泣かない。
けど、ぼくはもともと「血の線」がでない人間だから、若い看護婦さんがこまってた。
何回も刺しては外してを繰り返して、とうとう5回も刺された。
ぼくは我慢できなくなって、大泣きした。
10
テストが終わったら、お医者さんがママに言った。
「本当にアトピーを治したいならご飯を全部変えてください」
ママはちょっと困った顔でこたえた。
「はい、この子が良くなるなら…」
ぼくは少し嫌な予感がした。
11
次の日からおうちのご飯は一気に変わってしまった。
大好きなたまごやきは絶対にダメ。
牛乳も特別なもの、味のうすい魚、野菜ばかり、ウインナーはうさぎのウインナー。
おやつも味のしないせんべいだけ。
どれを食べても味がしなかった。
ぼくは泣いて怒った。
「こんなの食べたくない!」
12
するとママが見たこともないような怖い顔でいった。
「ダメ! あなたのためなのよ!」
ぼくはわんわん泣いた。
それが毎日、一週間も続く。
次第にママに怒るのも疲れていった。
13
一か月もしないうちにブツブツは消えるようになくなった。
かゆくなくて、痛くない。
血も出ない。
プールの授業にも出られる。
うれしい……はずだった。
14
けど、ぼくが世界で一番好きな食べ物、ママのたまごやきが食べれない。
それが一番辛かった。
どんどん元気がなくなって、ママの出す味のないご飯を毎日頑張って食べた。
ママに「おいしい?」と聞かれて、ぼくは笑顔で「おいしいよ!」とうそをついた。
そしたらママったらキッチンで泣き出しちゃった。
「ごめんね、ごめんね……」
15
3カ月経ったころ、ぼくはかゆみもなく痛いところもなく、普通に過ごせていた。
だいぶこのおいしくないご飯にも慣れてきた。
そんな時、お家に帰ってくるとなぜか、懐かしいものがあった。
「ママのたまごやき!」
思わず叫んじゃった。
16
「おかえり、食べていいよ」
ママは笑ってそう言った。
「なんで? アトピーひどくなるからダメなんじゃないの?」
ぼくがそう言うとママは僕を黙って抱きしめた。
「たしかにあなたがアトピーで辛い思いをしなくなったけど……」
言いかけて泣き出しちゃう。
17
「ママ?」
ぼくが不思議そうにママを見る。
「ママね、間違っていてもいい。アトピーひどくなってもいい。あなたの笑顔が見たいの!」
「え……」
ぼくはさっぱり意味がわからなかった。
18
ママに理由を聞くとこう答えた。
「あなた、ご飯変えてから笑わなくなったのよ……」
大粒の涙がママの目からこぼれた。
ぼくはそんなこと気がつかなかった。
がんばっておいしくないご飯に慣れるのに精一杯だったから。
19
「アトピーで死ぬわけじゃないから、これからは毎日たまごやき作るね」
ママはやっと笑ってくれた。
ぼくは嬉しかった。
けどそこでやっと気がついた。
ぼく……笑い方わかんなくなってる。
20
それからまた3か月後。
ぼくは毎日たくさんママのたまごやきを食べた。
お医者さんにママはたくさん叱られたけど、「わたしはいやです」と言っていた。
アトピーはもとのようにひどくなって、ブツブツもできた。
かゆいし、血も出る。
けど、ぼくは今日も笑って言う。
「ママ、今日の朝ご飯は?」
「今日もいつものたまごやきね!」
かゆい 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou
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