一ノ瀬さん
大河かつみ
待ち合わせの十八時にニ十分早くB駅の改札口に着いた。改札は帰宅する人で混雑している。他にも待ち合わせらしき人がまばらに立っている。
一ノ瀬と会うのは二年ぶりだ。大学時代の友人で、卒業して十年たった今でも、たまに飲みに行く関係が続いている。
十分程たった頃にスマホに電話がかかってきた。家にいる妻からだ。
「もしもし。」
周りの音がうるさいので、つい声が大きくなる。
「ああ。うん。今、一ノ瀬を待っているところ。ああそう。うん。明日、実家の方に電話してみるよ。じゃあ、今夜は遅くなるから。」
そう言って電話を切った。(大した話でもないのに、今、かけてくるかね。まったく。)
そう思っていると、急に隣に立っていた小柄な中年の男性が俺に話しかけてきた。
「あのう、すいません。今、あなたが電話でお話している声が自然と聴こえてしまったものですから。・・・つかぬ事をお伺いしますが、あなた今、一ノ瀬さんを待ってらっしゃるんですか?」
「ええ。そうですけど、それが何か?」
「いやぁ、そうですか。実は私も一ノ瀬さんと待ち合わせしているもので。」
「えっ!一ノ瀬とですか?」
いささか驚いた。しかし、この四十は超えているように見えるサラリーマンらしき男性と、まだ三十代前半の一ノ瀬に接点があるようには思えない。少なくとも私はこの人と面識がない。一ノ瀬が私との飲み会にこの人を誘ったのだろうか?いや、もしそうなら、事前に話があってもいいはずだ。
「一ノ瀬さんとはどういうご関係ですか?」
男性が尋ねる。
「大学時代の友人です。あなたは?」
「私もそうなんです。」
ここで、違うなと思った。どう見ても私たちとこの方の年齢が同じだとは思えない。男性もそう思ったようだった。
「私はN大で三十三歳です。」
と言うと
「私はC大で四十八です。」
と男性が言った。
「なあんだ。一ノ瀬違いのようですね。」
と私は笑いながら言った。
「驚きですね。でも、実はもっと驚くべき事があるんです。」
男性がニヤニヤした。私はある予感がした。
「実をいうと私も一ノ瀬というんですよ。」
得意げに笑った。
「えー?本当ですか。」
私は信じられなかった。嘘のようだがこちらも言うしかない。
「参ったな。私も一ノ瀬といいます。」
目の前の一ノ瀬さんは一瞬、怪訝そうな顔をしたが
「またまたぁ。そんなわけあるはずないじゃないですかぁ。」
と笑った。
「ホントなんですよ。彼とは元々、同じ名字ということで親しくなったんですから。」
と半笑いで応じた。信じられないのでお互いに会社の名刺や運転免許証を見せ合った。確かに同じ一ノ瀬の名字だった。勿論、名前は違っていたが。
「つまり赤の他人の一ノ瀬が、それぞれに別々の一ノ瀬さんと、この同じS駅の改札口で待ち合わせしているという事ですか?」
「そういう事になりますね。」
ふたりは不思議な縁を感じ、どうせならそれぞれの一ノ瀬さんが来たら一緒に飲みましょうか等と話した。
程なく私が待っている一ノ瀬がホームから改札に歩いてきた。一方、もう一人の一ノ瀬さんが待っている一ノ瀬さんも来たらしい。
「おーい。一ノ瀬!」
「こっちだよ。一ノ瀬!」
我々二人が声を掛けるとそれぞれの一ノ瀬さんが気づいてこちらに向かってきたのだが、驚くべきことが起こった。なんとそこらに待ち合わせしていた数人と、たまたま改札口にやってきた人々が反応したのだ。
「なんでしょう?一ノ瀬ですが。」
「私、一ノ瀬です。どなたでしたっけ?」
「はい。あたし一ノ瀬です。」
ざっと十二、三人はいただろうか。
確かに皆が一ノ瀬であることが身分証などで確認できた。田中や佐藤といった、よくある名字でもないのに、これほどの数の一ノ瀬さんがたまたま、このS駅に、このタイミングに集まる確率はおそらく天文学的な数字だろう。誰ともなしに笑って言う。
「こうなったら、皆で飲みに行きましょう!」
ひとりの一ノ瀬さんによる、その言葉に呼応して彼らはぞろぞろと続いてどこかの飲みに行ってしまった。この私を残して。・・・
これが私の知る限りの「全国一ノ瀬会」発足のあらましである。
一ノ瀬さん 大河かつみ @ohk0165
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます