第30話

「ん?どうした?」


 ルシアンが私の声で振り向いた。ルシアンは不思議そうに私に視線を合わせ、ゆっくりと視線を落として気付く。

深く帽子を被っている通行人はパッと私から離れ、血の付いているナイフを向けながら私に叫ぶように言った。


「いい気味だわ!ルシアンは私と結婚するのよ!私のルシアンを取らないで、近寄らないで」


声の主はローザだった。

ルシアンは私の腹部から赤く染まっているのを確認すると、バッグに手を突っ込んでポーションを取り出そうとしてる。


ローザはルシアンの様子を見て、


「あんたなんか回復なんてさせない!」


追い討ちをかけるようにナイフを振り上げた。きっとローザは2度3度と私を切りつけようとするだろう。ポーションでは間に合わないわ。私は覚悟を決めて【ヒール】を唱える。傷口は塞がり、ローザの持っていたナイフを叩き落とす。


何とかなった、とホッとしたのも束の間。何かおかしい。傷口からドス黒い何かが広がろうとしている。体内で何かが暴れ回る。苦しくて両手を地面に付けると同時に血を吐く。


ローザはその姿を見て狂ったように笑い、勝ち誇るかのような笑顔になった。


「どう?私の呪いの味は?そのまま血を吐き続けて死ねばいいわ。人の男に手を出すからよ」


騒ぎを聞きつけ人が集まり始めた。


皆のいる前だけど、背に腹はかえられない。【解呪】をそっと唱える。全身を行き渡ろうとしていた呪いは消え、吐血も無くなった。人がいる前で力を使ってしまった。


あぁ。せっかくルシアンと想いが通じ合ったと思っていたのに…。聖女の力を使った今、この場にいるのは不味い。


呪いが効かないと分かるとローザはキッと目を吊り上げる。


「なんできかないのよ!?死ねよ!!お前なんか死ね!」


ローザが大声で騒ぎ、誰かが衛兵を呼ぶ声がする。仕方ない。手刀でローザの意識を失わせる。


「オリーブ、大丈夫か?」


ローザの狂った姿にルシアンは茫然としていたが、ハッと意識を取り戻し私に駆け寄る。


「ルシアン。ごめん。私、ルシアンの側にもう少し居たかった。さよなら」


私はルシアンの耳元で囁くように話す。



そしてスッとルシアンから離れると人の波を掻き分け、走りだす。【クリーン】で洗浄し、目立たないようにしながら街から出て行く。



街道には入らず、ひたすら森の中を突き進む。気づけば涙が頬をつたっていた。拭うこともせずに走っていた。

何時間も走り続け、ふと立ち止まる。


この場にいるのはだめだ。


みんなが私を捕らえにくる。

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