第70話 手にした成果

 大歓声、そして同じくらいの罵声がコロシアムに轟く。

 純粋に試合に熱狂した者、鉄板の賭博を的中した、または外した者など――様々な人間の感情が爆発し、それが音に変換されて広大な地下空間を満たしていた。

 それを――狭いコックピット内で聞きながら、ケビンは大きく息を吐いてシートにもたれかかった。


「……勝った」


 二回戦同様、操縦桿から震える指を無理やり引きはがし、そうつぶやく。

 全てが奇跡のような積み重ねだった。

 ベルカ、リュネット。 そしてカクラムのクルー達。

 間違いなく全員で掴み取った勝利だ。 誰一人欠けても、どのタイミングがずれていても、勝つことはできなかっただろう。

 使用する機体も、通常のリーゼギアを遥かに上回るポテンシャルを持ったクロックワークでなかったら、一回戦で成す術も無く簡単に敗退していたのは間違いない。


「……はぁ」


 そう思っていたところに、その二人から無線が入る。


《おめでとうございますケビン! やりましたね。 これで、通算二勝目といったところでしょうか!》


《ああ、よくやった。 恰好良かったぞケビン》


 興奮気味のリュネットと、一仕事終えたとは思えないベルカの称賛。


「ありがとう、二人のおかげです。 というより、僕よりもベルカの役回りの方が遥かに大変だったでしょ。 よくあんな精密な狙撃が出来たね」


《あの程度、お前の戦いに比べたらどうということもない。 ただ狙いを定めて指を放す。 それだけのことだ》


「そ、そうかなぁ……」


 絶対にその程度のことではないのだが、本人が言っている以上、否定したところで仕方がない。


 そして、協力者はもう一人――。


「ヴェティもありがとう。 ナイスキャッチだったよ」


――【ありがとうございます ケビンもお見事でした】


 試合開始直前、リュネットに提案されたヴェティによる電撃アームのキャッチ。

 ヴェティが問題ないと答えたからこその、出鱈目ともいえる一点集中の防御策ではあったが、それでもここまで容易く行える同乗者ベティの性能はここ一番で十分役割を果たし、それがあったからこそベルカの役回りへとつなげることが出来た。


「また腕が壊れちゃったな。 戦うたびにボロボロだ」


――【ガスタービンユニットの修繕と合わせて、次は更に性能のいい腕部を希望します】


「はは、分かった。 会長に伝えておくよ」


 果たして、再びこの機体に乗ることがあるのかは分からないが、眠らせておくにしても、せめて五体満足の状態にしてあげたい。

 そう思っていたケビンの前に、腕と頭部を失ったトニトーラがゆっくりと歩み寄ってきており、その頭部があったところからガルドが顔を出した。

 それを見てケビンも同様にコックピットから顔を出し、機体越しに感じていた会場の熱気を肌で感じる。


「参ったぜウォッチメーカー。 まさかあんな手でトニトーラの電撃を防いじまうとはな。 初めて見た時から何かある奴だとは思っていた。 まったく、つくづく大した奴だ。 これで本業が機士じゃねぇってんだから、始末に負えねぇ」


「やっぱり、知っていましたか――モグリだって」


「そりゃな。 ここに来た時、受付で名前を出したろ。 一級品を手掛ける時計職人の名前と、俺に名乗った名前は一緒だった。 あれだけの代物を普通の機士が仕上げられるもんじゃない。 内職にしても出来が良すぎる。 あれは本業じゃなきゃ無理だ。 まさか俺も、副業で機士をやってるやつに負けるとは思ってもみなかったぜ」


「優秀な仲間のおかげです。 僕一人だったら、こうはなりませんでした」


「まぁ、そうなんだろうがよ。 あんな無茶苦茶な作戦を実行に移せるだけの仲間を揃えられるって時点で、お前は何か持ってる人間なんだろう」


「持ってる、ですか?」


「おうよ。 カリスマ――とまではいわねぇが、人を引き付ける何かってのは、それまでの自分の積み重ねがそうさせるんだ。 良くも悪くもな」


「それまでの――積み重ね……」


 そう言われても、自分に積み重ねることが出来たのはたったの二年。

 その短い時間でこれだけの知己を得ることが出来たのだとしたら、確かに持っているのだろう。 幸運というだけでは足りない何かを。


「さて、これで俺は連勝記録にケチがついちまった。 しかも、キングって称号もお前に負けちまった以上――今日限りだ。 これからは、お前がキングだ」


「えぇ!? それはちょっと……」


「遠慮するな。 あれだけのメンツの中を勝ち上がったんだ。 文句を言う奴なんていやしねぇよ」


「いえ、そうじゃなくて! 僕はここに金庫を手に入れるために来ただけであって、根を張るつもりはありません。 だから、ガルドさんが引き続きキングを引き受けてください」


 割と本気で焦りるケビンだったが、ガルドの方は要領を得ないような顔で眉を顰める。


「あぁ? そんな頓珍漢な話があるかよ。 誰が敗者をキングなんて呼ぶんだ。 キングってのは一番強い奴のことだ。 だったら、それはガベージダンプ最強だった俺に勝ったお前だろ、ウォッチメーカー」


「いえ、いえいえいえっ! ガルドさんは今まで一人の力でそのキングの座を守り続けてきたじゃないですか。 それに比べて僕は周りに助けられてようやく勝てたんです。 言わば多対一。 そんな僕がキングを名乗るなんておこがましいことですよ」


 早口でまくしたてるケビンに、それでも引っ掛かるところがあるガルドは言い淀む。

 ガルドはガルドで敗者がキングを名乗ることに納得できる道理がなく、互いに落としどころを迷走してしまっていた。


「いや、しかしだな……」


「ね、そうしましょう! というか、ガルドさんも僕がどうして出場したか知ってるでしょう? 今回僕が優勝しましたけど、組織の運営もトップもガルドさんなんですから、早く段取りを進めてもらわないと、ね。 まずはこの大会の幕を無事に占めましょう」


 これ以上面倒ごとに巻き込まれたくないケビンは矢継ぎ早に要件を進める。


「おう、確かにそれもそうだ。 なら一先ず今の話は置いておくとして、例の物は閉会の後でお前らのパドックに持っていかせるから、そこで待っていてくれ」


 例の物とは、もちろん宿屋から追い続けてきた金庫のことだ。


「分かりました。 それじゃあ、また後で」


 逃げるようにして会話を切り上げるケビン。

 二人はコックピットへと戻り、観客たちにリーゼ・ギアで手を振りながら互いのパドックへと戻っていく。

 

 その後は閉会式となったのだが、機体の損耗率の関係上、三位を決めるための試合が出来なかったこと、そして当の機士達が辞退したこともあって、観客たちの前で善戦と勝利を称えられたのは決勝を戦ったケビンとガルドだけだった。

 そして閉会式の後、バーンウッド陣営がパドックにて撤収準備を進めていると、ガベージダンプの受付で知り合い、色々と案内をしてくれた男性が台車に乗せた金庫と共に顔を出した。


「この度はおめでとうございます。 こちら、景品として希望されていた金庫でございます」


 ガベージダンプへ来た時と違い言葉遣いが改まっているその男性に、ケビンは頭を下げる。


「ありがとうございます。 あなたにはここへ来てから色々とお世話になりましたね」


「とんでもない。 また是非、今日のような素晴らしい試合を見せてください。 それでは……」


 挨拶も短く、男性は去っていった。

 残されたのは、長い遠回りの果てにようやく自分たちのもとへとやってきた件の金庫。

 

「……やっとここまできましたね、会長」


「はい。 さっそく開けたいところですが、これを開けるには専門の職人か大型重機が必要です。 まずはバーンウッドに戻ってからにしましょう」


「え、ですが調査員の行方がまだ……あ、そうだ! 会長、大会の後で、宿屋で何があったのか聞けることになってるんです。 もしかしたら、何かの手がかりになるかも」


 そう、ここへ来たのはもともと調査員の連絡が途絶えたからだ。 その身辺、行方を調べないまま戻るというのは、依頼を受けてウェスタへと赴いたケビンにとって承服しかねる問題だった。


「ああ、それでしたら先ほどガベージダンプの方から、それらしい男性の身柄を預かっていると話がありましたので、私の方で引き受けに行ってきます。 その際に、ケビンの言う宿屋の件も聞いてきましょう」


「本当ですか!? ……そうか、ガルドさんが言っていたのは、このことだったのか」


「そちらでも話が通っていたのですね。 まぁ、この件は私に任せて、ケビンは機体の積み込み作業を進めてください。 今は試合直後で体が疲労に鈍感となっていますが、しだいに体がくたびれてくるのを自覚できるでしょうし、積み込みの後はトレーラーでゆっくりしてくれて構いません。 あ、宿屋に預けてある馬車もこちらで対応しておきますのでご安心を」


「いいんですか、そこまで任せてしまっても?」


 もともとはウェスタの案件はケビンが受けていた仕事である。

 それを最後の最後で丸投げしてしまったのでは、リュネットとギルバートに申し訳ない気がしてしまっても無理はない。


「構いません。 むしろ、このような荒事に発展したというのに、ケビンはよくやってくれました。 早くバーンウッドに戻って、ゆっくり休みましょう」


「……はい、分かりました」


 しぶしぶ、といった感じでケビンはクロックワークのもとへ歩いていく。

 その様子を見ていたベルカが、ケビンを視線で追うリュネットに話しかける。


「調査員が見つかったという話、本当なのか? 初耳だが?」


「……はい。 確かに見つかりました。 遺体で、ですが」


「そうか……。 まぁ、知らせるようなことでもないだろう。 いや、知らせない方がいい。 でないと、自分のせいにしそうだからな、ケビンは」


「してしまうでしょうね。 彼は、本当によくやってくれました。 おかげで、こうして調査員が遺してくれたものを手に入れることが出来たのですから」


 リュネットとベルカは、事態の中心となった金庫に視線を移す。


「ああ。 このことは私とリュネット、そして父さんの三人が把握していればいい。 情報統制だけ徹底しておいてくれ」

 

「分かりました。 ああ、それと――例の軽量二脚、ヴァイスレーベンの機士の名が判明しました」


「匿名性が聞いてあきれるな。 一体いくら積んだんだ?」


「金銭で解決してもよかったんですが、ウチのスタッフが偶然機士の名を小耳にはさみまして、バーンウッドに戻り次第詳しく調べてみようかと。 あの機体の力は方向性こそ違えど、クロックワークと同等か、それ以上のブレイクスルーを実現した機体です。 なるべく早い段階で情報を仕入れておきたい」


 それは、あらゆる方向にアンテナを張り、どのような情報もマーケティングに利用する為のカクラム商会会長として必然の行動だった。


「――それで、何という名の機士なんだ?」


「ロイ・ロズベルグという名だそうです」


「……何?」


「ベルキスカ嬢、ご存じで?」


「ああ、その名ならケビンと食事をした酒場で――」


 ケビンとベルカがウェスタに到着したその日の夜、バタついた食事の席で顔を合わせたのが一度目。 そして蒐集の蔵に忍び込み、忠告を受けたのが二度目の邂逅。 それが、ロイ・ロズベルグという男だったことを思い出すベルカ。


「ほう、まさか顔見知りだったとは」


「そこまでじゃない。 軽く言葉を交わした程度だ。 だが、その時は機士だったとは思わなかった」

 

 恐らく、蒐集の蔵のバウンサーというのも嘘だろうとベルカは確信する。

 自身と同様、あそこに何か目的があったのか、それとも目的の人間がそこにいたから現れたのか、あの時のことを思い返しても、答えは出ない。

 ただ一つ言えることは、これだけ接点が生まれた事を偶然で片づけてしまうのは甘い考えであり、今後は王都の連中同様、注意を払うべき対象になりえるということだ。


「そうでしたか。 これが奇妙な縁とならないことを願いますが、そのロイという男のことは、後ほど私の方でケビンと情報を共有しておきましょう。 それでは、ベルキスカ嬢は金庫をトレーラーへとお願いします。 私はもう少しやることがあるので」


「……おいリュネット、か弱いレディーに見るからに重そうな金庫を運ばせるのか? 一大商会の会長ともあろう者が――冗談が上手いな」


「またまた、あんな長弓を難なく引いて見せておきながら、か弱いという形容詞はそれこそ冗談でしょう。 それに、会長だからこそ人材の適材適所に抜かりはないのですよ」


 ケビンとベルカの小旅行ともいうべき遠出は、思いもしない展開の末に、当初の目的とは異なる形で収まることとなった。

 調査員の蒸発、ガベージダンプへの訪問、ジョストエクスマキナへの出場……。

 心身を休める為と声を上げたはずが、より心労のたたる展開となったことにケビンはため息をつくことになった。

 しかし、これで自分の過去へとつながる情報に一歩近づいたともなれば、そんな疲れも幾分緩和される。

 まずはゆっくり休んで、それから数日間触れなかった時計造りの道具を手にして、鈍らないうちに感覚を元に戻さなくては。

 そんな事を思いながら、もはや乗り慣れてきてしまった操縦席でバーンウッドへの帰還を想うケビンだった。

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