エピローグ
「さて、改めておかえりケビン。 聞いたぞ、アクティビティー満載の小旅行だったらしいじゃないか」
バーンウッドに帰還した翌日、グレイドハイド邸に招かれたケビンはギルバートに迎えられ、ベルカを含めた三人で昼食をとっていた。
「ええ、まぁ。 けど、その甲斐あって目当ての物は手に入れることが出来ました。 これも皆のおかげです。 僕一人ではどうにもなりませんでした」
「いや、よくやってくれたさ。 おかげで調査員の行方の把握も、その者が集めた情報も手にすることが出来た。 本当にありがとう、ケビン」
改まって礼を言われ、照れを隠せないケビン。
ただ、本人としてはまず確認しておきたいことがあるもの事実だった。
「それで、調査員の方が集めてくれた情報というのは……」
事の発端ともいえる、ケビンの情報を収集していた調査員の失踪。 そこから移行した、調査員が収集していた捜査情報の行方と、手に入れるための行動。
その一連の筋道が、バーンウッドを離れ、荒くれ者たちに揉まれ、リーゼ・ギアにまで乗ることとなったのだ。
思った以上の回り道だったことを想えば、一刻も早くその内容を知りたいと思うのは当然の事だった。
「うむ、中に入っていたのは案の定、ケビンが記憶を失う前の素性や動向に関する調査書だった。 だが、これまでに収集した他の資料と照らし合わせ、より確度の高い情報として精査する必要がある。 今のままでは、偏った情報として受け取ってしまうかもしれないからな。 ケビンに報告できるまでには、今しばらくかかるだろう。 悪いな。 私としても手に入れた情報を直ぐに伝えてやりたいが、裏付けが取れるまでもう少し辛抱してくれ」
ギルバートの正論に、ようやく自分の過去に指先だけでも触れることが出来ると期待していたケビンは気勢を削がれたように消沈する。
しかし、より正確な形として知らせてくれるというのだから、後は焦らず待つだけだと自分を納得させた。
「……そうですね。 分かりました。 ゆっくり待たせてもらいます」
「すまんな。 情報が固まり次第すぐに知らせる。 で、だ。 実際どうだったんだウェスタは?」
既にギルバートの耳にも入っているだろうが、改めて当事者であるケビンの口から聞きたいのだろう。
ケビンはその問いに、ウェスタで遭遇したトラブルや、ガベージダンプの事、そして、ジョスト・エクス・マキナに出ることになったこと、そいった様々な紆余曲折の果てに金庫を手に入れた事を、ギルバートから心配されない程度にオブラートに包みながら答える。
それに対してギルバートは興味深げに耳を傾けていたが、旅の話がようやく着地したところで、ケビンは正面に座るベルカに向き直る。
「本当に、ベルカには随分助けてもらいました。 もし付き添いが彼女じゃなかったら、こうしてのんびりと食事を囲っているような余裕はなかったでしょう。 本当にありがとう、ベルカ」
「私は自分の仕事を忠実にこなしたまで。 無理を通した手前、それぐらいは当然のことだ」
元々、ケビンに付き添う人間はリュネットが用意するはずだったのだが、それをベルカが横入りしたような形になったため、本人も最低限の責務を果たそうと尽力してくれた。 実際、期待以上の働きをしてくれたことに、ケビンは心の底から感謝していた。
「それでも、今回の遠出で一番助けてもらったのはベルカだよ。 イグニカの時もそうだったけど、今回も何かお礼をしたいんだ。 何か希望とかあるかな?」
「そこまで気を使われることもないが、ケビンがそんなに言うなら……」
「ああ、遠慮なんてしないでくれ。 また食事がいい? それか、欲しいものとかある?」
領主の娘に手に入らないものなどないとは思うが、あくまで感謝のしるしとして贈るのだから問題はないだろう。
「そうだな――なら、前から欲しいと思っていたものがあるんだが……」
「ほう、普段から何かに頓着しないお前が何かを欲しがるというのは珍しいな」
ギルバートが言うように、ケビンの知るベルカは何かに執着したり、興味を持ったりする気配が薄い――というより、皆無に近いような女性だ。
その彼女が何かを特別に求めるというのだから、今回の件がなくても興味が湧くというものだ。
「気が付けばガレージにガラクタが増えている父さんに比べたら誰だって控えめに見えるよ。 それに、私だって淑女だ。 当然相応の身だしなみだって気にする。 だから、もし頼めるならケビンには装身具を一つ頼みたいんだ」
「ベルカの頼みなら手を抜くつもりはないし、出来る限り応えてあげたいけど……僕、時計以外は門外漢もいいところだよ?」
簡単なアクセサリー程度なら手持ちの工具で作れるかもしれないが、それでベルカが望むようなものを作れるかどうかはケビンにしてみれば微妙なところだ。
「その点は心配していない。 それに、これはケビンにしか頼めない――と言うより、注文できないものだ」
「注文?」
「ああ。 私はケビンに、腕時計を作ってほしいんだ」
「腕時計……」
ケビンが記憶を新たに生きてきて二年余り、時計作りを生業とする彼も当然腕時計の存在は認知していた。
ただ、それは懐中時計などと違って日常で使う目的に作られたものではなく、主に戦場での装備品という位置づけて普及しているものだった。
他国との戦争において、時刻合わせによる作戦行動はいかな戦場においても重要であり、通信技術の発展した現在においてはより正確な時間把握が必要となっている。
加えて、激しい交戦のさなかに懐から取り出すという行程を省くことが出き、より傾向性を高めた腕時計は特に戦場に立つ者たちにとっては非常に重宝するアイテムの一つだ。
しかし、あくまで消耗品という域にとどまっており、その質は決して高くなく、また一般の兵士というよりは指揮官クラスにのみ支給されるのが実情だ。
「ベルカ、それって……」
故に、その要求の意味するところが、ベルカの出兵に紐づけられているのではないかと思ってしまい、思考が停止しそうになってしまうのも無理からぬこと。
だが、そんなケビンの懸念に、ベルカは笑みを返す。
「早とちりするな。 言っただろう、私はただ、装身具として腕時計が欲しいんだ。 私はこう見えても社交の場に出ることも少なくないが、その時懐中時計の大きさではドレスのラインが崩れるし、しまう場所にも難儀するからな。 その点、腕時計であればその心配はないし、着る服も選ばず常に持っていられる」
「そ、そういうことか、なるほど……。 まぁ、それなら確かにかさ張る心配のない腕時計がいいかもね。 分かった。 ベルカには僕の渾身の腕時計を送らせてもらうよ。 ただ、さっきも言ったけど初めての制作になるから、少しだけ待ってもらってもいいかな?」
「もちろんだ。 急ぎはしないから、仕事の合間にでも進めてくれ」
「任せてくれ。 軍支給の消耗品とは比べ物にならないくらい、君に相応しい逸品を作ってみせるよ」
「ああ、楽しみにしている」
そう言って頷くベルカをギルバートが満足そうに見て「それで、淑女を自称するお前は落ち着いて護衛できたのか?」という問いかけに、「もちろん」と今日一番の自信溢れる返事を返した。
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