第69話 決着

 コロシアム中の視線がフィールド上の二機、そしてマーシャルの掲げた旗に集中する。

 その大多数が、連戦連勝負け知らずでキングの座に君臨し続ける男の勝利を疑わない者たち。

 片や、オーソドックスなスタイルでありながら色物機体やガベージダンプのスタイルを物ともせず勝ち上がってきたニューカマーに期待を寄せる奇特な者たち。

 

 そして、フィールドの向かい立つ二人の男。

 操縦桿を握りしめ、エンジンを吹かし、視線の先には――。


 旗が勢いよく振り下ろされ、大歓声の中クロックワークとトニトーラは殆ど同時にスタートした。

 今度のスタートは完全に互角、加速の伸びもほとんど差がない。

 重量級が獲物ランスを片手に土煙を上げ疾走する様は幾度見ても人々を圧倒するだけの迫力がある。


――【目標 攻撃態勢に移行】


 これまでに幾度も対戦相手を沈めてきたトニトーラの左腕――電撃アームがまっすぐに正面から向かってくるクロックワークへと向けられる。

 その敵意、気迫、挙動に恐怖しそうになる体。 しかしそんな自身を叱咤するようにケビンは視線を外さず、操縦桿を強く握り、ペダルを強く踏み込む。

 互いの速度が最高に達しようとするとき、ついにそれはトニトーラから放たれた。


「ヴェティ!」


 クロックワークの左腕制御を完全にヴェティへと任せていたケビンが叫ぶのと同時に、ケビンでは到底技量の及ばない神業――高速で本機へと迫るトニトーラの電撃アームを、自立制御によって寸分違わず絶縁クロークで覆ったクロックワークのマニピュレーターが掴んだ。

 その瞬間トニトーラから紫電が放たれ、ワイヤーを伝わり、組み合った左腕同士を通して高圧電流がクロックワークを襲う。


「っぐ、うぅぅぎ――っ!」

 

――【電流は想定値の120% 機体各所に甚大な損傷  システムダウンの恐れあり】


 絶縁クロークを幾重にも巻いていても、その電撃を完全に防ぐことはできない。

 全身に今まで味わったことのない激痛が突き抜ける。

 加えて、窓ガラスの視界に激しいノイズが奔り、このままでは視界も奪われる可能性があることを示唆していた。


「が、ああっ……っべ――」

 

 それでも――電撃によって体中がのを絶えながらも決して逸らさないその視線の先。


 迫りくるトニトーラの背後、西ゲートの真上に立つ彼女に向かって、ケビンは叫んだ。


「ベルカぁ!!」


『任せろ』


 観客席最前列。 その淵に悠然と立つヘッドセットを装着した赤髪のベルカの姿に、周囲の観客たちは試合中にも関わらず視線を奪われ、どよめいていた。

 その美女の手には、身の丈ほどのロングボウ、正確には木と鉄、動物の素材が用いられたコンポジットボウが握られており、しかも、その弓は通常の物よりも弦が太く、番える矢の大きさも二倍はある。 ほとんど観賞用に近い――使かのような代物。

 それは、ケビンとベルカが蒐集の蔵に初めて入ったとき、目に入った物のうちの一つである。

 ベルカはケビンと共にいたガルドとの会席の後、一人別れ、蒐集の蔵に行き、決勝戦が始まった瞬間、警備員が静止させようとする隙を与えない速さで無力化し、弓と矢を持ち出し、コロシアムを駆け抜けて一瞬にして持ち場についたのだ。

 場違いな様相に不釣り合いな獲物、女性の腕力で引けるはずもない弦を引き絞るその姿を見て、周囲は眼前の試合そっちのけで目を見張った。 それは興味というより、何をしでかすかという驚きと警戒心からだ。

 これまでも、カクテルシャワーのように観客席からの妨害によって試合を荒らすようなことは多々あったが、ここまで直接的な手段を用いる人間は少ない。 しかもそれが、この場に似つかわしくない、場違いなほど整った顔立ちの女ともなれば初めてだ。


「――っ」


 ベルカの鋭い眼光はフィールドへと向けられ、顔色一つ変えずに弦を引いたままその姿勢を保持している。

 

『ベルカぁ!!』


「任せろ」


軋みを上げる弦から矢を解き放った瞬間、砲弾のごとき威力を有したそれは秒速1000メートル近い速度でコロシアム上空を飛翔する。

 会場中の意表を突いたその攻撃、誰もがトニトーラへと向けられたものだと思った。 少なくとも、ガベージダンプの人間ではない以上、ウォッチメーカー側の人間だろうと皆無意識に察していたからだ。

 しかし、その太矢はトニトーラを大きく外した。

 その頭上を背後から通過して、その斜め対面を疾走していたクロックワークの左肩部とコアの接合部へと直撃したのだ。 

 それと同時に、強い衝撃がコックピット内に奔った。 


――【左腕部破損 喪失 電流による機体への影響消失 機体バランス緊急修正】


《ケビン!》


「行けます!」


 二度にわたる強撃によって接合部に甚大なダメージを負っていたクロックワークの左肩部は、遠方より射撃したベルカによる極めつけの一撃によってトニトーラの電撃アームを掴んだまま、吹き飛ぶようにして落下した。

 それによってバランスを崩しそうになる機体を踏みとどまらせ、ケビンは窓ガラスの視界が回復した先にいるトニトーラを戦意を保ったまま見据える。

  

――【ディサイドユニットの充電率、外部からの電力供給により充電率最大に達しました。 現在オーバーロード中】


 加えて、フライホイール方式からバッテリー方式へと仕様変更がなされたクロックワークの右腕部は、運動エネルギーではなく電気という形でとパワー維持が変更されたことにより、トニトーラの電力を吸収する形でエネルギーを蓄えることになった今、片腕と引き換えに最高の矛を手にするに至った。


《攻撃目標は頭部へ!》


「了解――っ!」

 リュネットの指示のもと、ケビンはディサイドレバーを最大まで引き込む。

 勝つためにはポイントを上回るか、相手を行動不能にすることが試合の大原則。 しかし、相手は重量級、そして機士は強靭なフィジカルの持ち主――ヘムロックの駆るディノニクス戦のように機体を吹き飛ばして勝利することは難しい。

 故に、腕部と頭部、二点の同時破壊がポイントを上回る上でも不可欠。

 ポイントの優勢を守るため、トニトーラは手首から先を失った左腕部を頭部の前面に掲げ、ガードしながら疾走してくる。

 頭部をかばうであろうことはリュネットもあらかじめ想定していた。

 普通のリーゼ・ギアであればその打突は腕で遮られ、槍はそこで砕けるのだから、まっとうな戦法だ。

 相手に、その戦法を打ち破る力が無いときに限られるが。


「ディサイドレバー、セット!」


――【射突タイミングをモニターに表示】


 クロックワークの窓ガラスにはその腕の奥に隠された頭部を中心としたサークルが表示され、それが徐々に小さくなっていく。

 

 そして、相対距離は交差間際。 攻撃のタイミングは一瞬で、一度きり。

 トニトーラ渾身の一打が真横ではなく、正面から振り下ろされる。

 それを、最短、最速、最高の威力をもって迎え撃つ。

 

「――っ!!」


 クロックワークの突撃槍はトニトーラのバトルハンマーの攻撃が直撃する刹那、蓄積されたすべてのエネルギーを解き放った。

 その攻撃は頭部をガードしていた腕を吹き飛ばし、その奥で防御されていた頭部を容易く、粉々に吹き飛ばした。

 その衝撃によってバトルハンマーの打点はズレてクロックワークの真横を振りぬくに至る。

 二機は轍を残しながらコース上を滑走し、ほぼ同時に停止した。


『け、決着ーー!! な、な、何ということだ! キングが、連戦連勝のガベージダンプのキング、ガルド・レドが破れ、まさかまさかの初参加の新人、クロックワークの機士、ウォッチメーカーが1ポイント差で僅かにキングを上回り、勝利を勝ち取ったぁ!』

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