第68話 決勝戦 

『お集りの紳士でも淑女でもない野郎ども、そして俺たちにド派手な試合を見せてくれた勇敢で無謀な機士たち。 ガベージダンプ始まって以来の試合が繰り広げられている今日、ついに決勝の舞台が幕を開ける! 連戦連勝、圧倒的な力を誇示し続けてきたキングのトニトーラは言わずもがな、ここまで突撃槍一本で闘ってきたウォッチメーカーの駆る漆黒の重量二脚、クロックワークがここまでのし上がってくることを、一体誰が予想できただろうか? まさに読んで字のごとくダークホース、いや、ダークアーマーとはこのことだ。 今日戦ってきた奴らの誰もがその可能性を有していたが、結果、勝ち上がってきたのは真に力のある機士のみ! それが、今我々の目の前にいる、類い稀な実力を示してきた男たちだ!!』


 東ゲートからガルドのトニトーラ、西ゲートからケビンのクロックワークが同時に現れ、コロシアムが今日何度目かの歓声に包まれる。


『もはやキングも言っていたように、口上は不要! 俺たちはそんなものを聞きたいんじゃない! 結局どっちが強いのかをはっきりさせてほしいだけだ! ガベージダンプ、オールドスタンダード最終戦! 両者武器を構えろ!』


 両機ともにエンジンを吹かし、加速態勢に入る。


《ケビン、トニトーラの電撃ですが、一本目はクロークで防ぐのは既定路線。 問題の二本目は、あの発電ユニットの威力とアームの伝導率が未知数なので――電圧と電流がクロークの絶縁能力を超えた場合、大きなダメージを負うことになるでしょう》


「了解です。 勝つための必要経費として、何とか耐えて見せます」


 それは、雷における誘導雷と直撃雷の違いだ。

 間接的な経路で受けた電撃と、直接流し込まれたそれとでは威力、作用が大きく変わってくる。

 そして、鉄柵越しでも相手を機能不全にさせるだけの電流、電圧を生み出しているのであれば、クロックワークの纏う絶縁クロークで防ぐことは恐らく難しいだろう。

 それでも、有るのと無いのとでは対応として雲泥の差が出るのは間違いない。

 ケビンはリュネットの説明を受け、クロックワークの左腕でクロークを掴み、機体の左側面を覆う。


「まずは一本目、確実にポイントを取ってきます」


《その意気です。 大丈夫、直撃でない限り、そのクロークは必ず機体を守ってくれるはずです》


 マーシャルが白い旗を掲げる。

 これが最後の試合。 当初の目的に対して大きな寄り道を余儀なくされた。 それでも、仲間の助力によってこの舞台に立つことができ、果ては決勝まで進むことが出来た。

 その行為に報いるためにも、自分の過去を知るためにも――。

 この決勝戦、ケビンは落とすわけにはいかなかった。

 

『ガベージダンプ、オールド・スタンダードトーナメント決勝! パワーとタフネスが自慢の重量級同士というダイナミックなカード! 果たして、最後に勝利の槍を掲げるのはどちらなのか!』


 フィールドにいる二機だけでなく、会場中の観客たちですら、マーシャルの掲げた旗に全神経を集中させていた。


 ――そして、マーシャルが旗を振り下ろす。


『互いの威勢をぶちかませぇ!』


 二機のスタートはほとんど同時。 その後の加速は若干トニトーラに分があった。 

 重量級の扱いにはどうしても熟練したガルドに一日の長がある。

 そのガルドの駆るトニトーラが左腕の電撃ユニットを構えるのがケビンの視界に入る。

 絶縁クロークの性能を信じて、ケビンはさらに速度を上げ、突撃槍を構え、ディサイドレバーと共に右腕を射突体制へと移行させる。


「来る!」


 トニトーラのアームから紫電が奔り、それが鉄柵を一瞬で駆け抜けてクロックワークへと直撃する。


――【高電圧による干渉軽微。 機体への影響は想定値以下】


 クロークは機能している。 操縦の感覚も違和感はない。

 ケビンはクロークを後方へと流すようにはためかせ、突撃槍の狙いを定める。

 同時に、クロックワークに電撃の影響がみられないと悟ったトニトーラのハンマーが高く振り被られる。

 相対距離がゼロとなった瞬間、両機は同時に攻撃を放つ。


「――っぐ!?」


 互いに突き出し、振りぬいた攻撃は互いの左肩部に強烈な打撃を与える。 ケビンは真横からの衝撃という初めての経験に機体バランスが大きく崩れそうになるが、クロックワークの機体重量が反動と衝撃を抑え込み、両機は勢いそのままに距離を離して停止する。


『なんと、クロックワークが今まで纏っていたシートはキングの電撃に対する防御兵装だったようだ! 単純な打撃戦による一本目は致命打にならずとも、両者共に相当な衝撃を機体と機士に与えたはずだ。 果たして二本目も同様の展開となるのか、それとも俺たちの想像を超える戦いを繰り広げてくれるのか!?』


《ケビン、大丈夫ですか?》


「コックピットごと体が吹っ飛んでいくかと思いました……。 しかも横からの衝撃は正面からとは違った恐ろしさがあります。 あれを胸部に受けたくはないですね」


《数々の挑戦者を破ってきたのは、なにも電撃による攻撃だけではないということです。 しかし、クロークが役に立ってホッとしました。 ここまで出し惜しみしておいて機能しなかったら笑い話にもなりませんからね》


「はい。 トニトーラの電撃はクロックワークに対してほとんど影響はありませんでした。 凄い性能ですね」


《私も想定以上に機能していて安心しました。 しかし、次も同じ展開になるとは限りません。 むしろ、次からが本番と思っていいでしょう》


「……そうですね」


 二本目は例の飛び出してくるアームと、恐らく“あれ”が来る。

 ケビンは上がった心拍数を深呼吸で整え、再度スタートポジションへと戻っていった。


『試合が動く二本目! ここで決着となるか、それとも波乱の展開を見せてくれるのか! 両者共に種が割れた秘策をどう使っていくのか、注目だ!』


 二本目、マーシャルが高く掲げた旗を振り下ろし、一本目の焼き直しのようなスタートを切るトニトーラとクロックワーク。

 しかし、決定的に違う要素がフィールドに――クロックワークの頭上へに現れた。

 先の三脚戦で披露された、ガベージダンプのカクテルシャワーだ。


『クロックワークのレーンにはカクテルシャワーが降り注ぐ! 今度はいったい何のドリンクがぶちまけられるのか!?』


 全力疾走中のケビンの目にも、それは当然確認できた。

 しかし、今度はそのほとんどが機体にではなく、クロックワークの進路上へと投げ込まれた。


「何だ? ただの、水?」


 無色透明のそれは、火炎瓶のように燃えてもいなければ、腐食性のある化学的な溶液でもない様に見えた。

 警戒して機体に降り注ぎそうなものはクロークで振り払ったが、それ以外は全てコース上を濡らす。


《いや、まさか……》


 リュネットの懸念が口を出る前に、トニトーラの左腕が前方に突き出される。 しかし、それはクロックワークに向けてではなく、水たまりを作るほどにぶちまけられたレーンの液体に向けてだ。 クロックワークがその液体で濡れた地面へと侵入した瞬間、それは放たれた。


《超信地旋回!》


 リュネットの通信が入ると同時にトニトーラの腕が地に突き刺る。 その瞬間、トニトーラから放たれた紫電は液体を伝ってクロックワークに迫る。


「っく!」


 クロックワーク自体を軸に機体を一回転させ、その勢いで地面に撒かれた液体をフィールドの土ごと吹き飛ばす。 迫る電撃はそれによって誘導先を失い、拡散する。

 しかし、引き換えにクロックワークは完全に足が止まってしまった。 速度を得ることが出来ないということは、射突をする為のエネルギーを稼ぐことが出来ないということだ。

 加えて、トニトーラの腕は既に引き戻され、再発射可能となっており、二射目を考慮すると迂闊に動くことが出来ない。


《無防備に攻撃を受けてはいけません! 威力はなくとも、突撃槍を突き出して相手の行動に干渉を!》


「了解!」


 ケビンは目前に迫るトニトーラに対してディサイドレバーを引き絞り、迎え撃つようにして槍を突き出した。

 次いで、重い衝撃がケビンと機体に奔る。


「ぐぁっ!!」


 クロックワークの突撃槍は殆ど威力を持たないまま突き出され、それはトニトーラの右腕部を掠めるにとどまった。 返すトニトーラのバトルハンマーは再びクロックワークの左肩部を強打し、体勢を強く揺さぶる。

 飛びそうになる意識をつなぎ止め、操縦桿とペダルワーク、そして重量級という機体特性を生かしてなんとか機体を踏ん張らせる。

 “窓ガラス”にもノイズが走り、そこには左肩部のダメージ率と、胴体コアユニットとの接続異常が表示され、赤く明滅していた。

 それは、次に強い衝撃を受けた場合、甚大な被害が及ぶことを示唆している。


「はぁ、はぁ……はぁ」


 荒い呼吸を落ち着かせ、頭痛と眩暈、首の鈍痛に顔をしかめつつ、シートに体を預けるケビン。


《よく凌いでくれました、大丈夫ですか?》


「はい……会長の指示のおかげです。 あのまま進んでいたら、電撃の直撃を受けて、この二本目で終わっていました」


《なんの変哲もない液体をただフィールドに投げ込むとは思えませんでしたから、伝導率の高い液体ではないかと思いました。 ですが、それを防ぐ事ばかりに頭がいってしまい、トニトーラの本命ハンマーをしのぐ対策を咄嗟に思いつけませんでした、申し訳ない》


 リュネットは気落ちしていたが、あの状況下ではあれ以外にどうしようもなかっただろう。

 それは当然ケビンも理解していたし――結果、“狙い通り”再度左肩部を強打させることが出来た。


「大丈夫です。 それに、これで全ての布石は整いました」


《確かに、二撃目を同じところに当ててくれたおかげで、最後の三本目に挑むにあたり、私たちの作戦がより確度の高いものとなりました》


「……行きましょう。 次で、確実にガルドを倒します!」


 歓声が止まぬ中、トニトーラとクロックワークは再びスタート位置につく。


『長かった、いや長く感じた本大会本試合も、とうとう最後の最後、三本目へともつれ込んだ! ここまででキングがポイント先制しているが、この程度の差ならどう覆ってもおかしくはない! しかし、かといって我らが重量二脚、トニトーラの優位が覆ったわけじゃぁねぇ! このままだと何もしないままタコ殴りにあうだけで終わっちまうぞ! ウォッチメーカー!』

 

《ケビン、今確認しましたが、やはり観客からの投擲、カクテルシャワーは二本目限定のようです。 ざっと見まわしても、その手元には類似した瓶や投擲物は確認できません。 実況も言っていましたが、やはりここ一番の攻撃は飛び出してくるアームでこちらを掴み、直接機体に電撃を流し込むことでしょう。 正直、二本目でそれをやられていたら勝率は二割にも満たなかったでしょう……》


「そこも会長の狙い通りでしたね。 ガルドは試合を盛り上げるために、観客にも参加させるエンターテイメント性を重視して、二本目は必ずカクテルシャワーが飛んでくるって」


《事前に来場者にヒアリングしていて正解でした。 これで、準備は整ったといえるでしょう》


 ポイントは奪われ、左腕大ダメージを受けて不調。

 もはや後がなく、普通であれば焦燥感に駆られてもおかしくない状況であるにもかかわらず、ケビンもリュネットも、そのような焦りの感情とは無縁の声色で話を続ける。


「よかった。 後は、僕たち全員の息を合わせるタイミング次第……ということですか」


 ケビンは手にしていた突撃槍を地面に突き刺し、機体がまとっていたクロークをクロックワークのマニピュレータを中心に左腕部へと幾重にも巻きつけ、槍を持ち直す。


《大丈夫。 少なくとも、“彼女”の技量は十分信頼に値します。 必ずうまくいきます》


「そうですね。 僕も、ベルカの腕は信頼してます」


 ケビンはそう言って笑みをこぼし、操縦桿を握り直す。


『連勝記録を更新するか、我らがキング、ガルド・レド! 意地を見せるかニューカマー、ウォッチメーカー! 泣き叫んでも、怒り狂っても、これが本当に最後! さぁ、気持ちのいい終わり方で大会を締めくくってくれ、アウトローの機士達よ!』


 マーシャルが旗を振り上げる。

 両機ともにエンジンを吹かし、大地を蹴りだすための前傾姿勢をとる。

 ケビンも、ガルドも、相手の視線を真っ向から受け止め、覚悟を決める。  


『そして見せてくれ! 真に雄なる強者つわものをー!!』

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