第67話 呼び出し

 荒くれどもの集う街、ウェスタ。

 そんな荒くれどもや厄介ごとを取り仕切る組合、ガベージダンプ。

 今日、そのガベージダンプが運営するジョスト・エクス・マキナはいつもと違う空気と興奮に包まれていた。

 それは、長きにわたって頂点に君臨し続ける組合のトップ、キングことガルド・レドの強さと連勝によってだけ引き起こされたものではない。

 その挑戦者達による奮戦と壮絶な試合内容によってもたらされたものだ。

 今日のジョスト・エクス・マキナはひと味違う。

 その場にいる観客、出場者、運営の全てが統一の見解を胸に秘めながら、決勝の始まりを今か今かと待ち望んでいた。


 そんな中、全ての準備が整ったケビン達の前に声を上げながら駆け寄ってきたカクラムスタッフ。

 それに対応したリュネットは一瞬その内容にいぶかしんだ後で頷いた。


「ケビン、たった今スタッフから知らせが来ました」


 完全に乗り込む気でいたケビンは肩透かしを受けたような気になった。


「え、今ですか? 知らせ?」


「どうやら、キングがあなたをお呼びのようです」


「ガルドが……いったい何でしょう?」


「こういったタイミングでの呼び出しというのは、その大半が何らかの取引を持ちかけられるパターンですが、あちらが欲するものが分かりません……。 かといって、渡せるものに心当たりがあるわけでもないので、なんとも」


「ふん。存外、ただ話したいだけかもしれないぞ。 まぁ行ってみればわかることだし、さっさと出向くとしよう」


 護衛として付き添うのは当然ベルカだ。

 同行しないという選択肢はあり得ない。


「そうだね……。 じゃあ会長、すぐ戻りますので」


「はい。 ただ、それほど警戒することもないとは思います。 荒事になれば決勝戦がつぶれるのは、彼の運営しそうに反しますからね。 こちらは機体の最終調整をしておきますよ」


 リュネットへ了承の返事を返し、ケビンとベルカは並び立ってコロシアムのバックヤードを進む。

 途中の通路で合流した案内人を先頭に二人がついていくと、フィールドを一望できる一室へと通された。


「よう、来たか」


 そこには、長椅子に座りながらロックグラスを煽っていたガベージダンプのトップ、ガルドが待っていた。

 ガルドもケビン同様、次戦に備えていたため鎧下を着たままだ。


「さっきの試合、見事だったぜ。 正直あんな曲芸をこなす奴相手じゃ勝てねぇだろうと思っていたが、やるじゃねぇか」


「……どうも。 何か、用向きがあるとか?」


 ガルドに先の試合を褒められたケビンだが、この場に呼ばれた意味、空気、決勝のことを考えると、とても素直に賛辞を受け取る気になれなかった。

 ケビンはガルドの対面の名が椅子に座り、後ろにはベルカが控える形となる。


「いや、大したことじゃない。 単純に、決勝前に話しをしてみたくなっただけだ。 飛び入り参加の新人が槍一本で堅実に勝ちを拾い、しかもあのアクロバットを決めた白鴉を下して決勝まで……本当に大した奴だと思ってな」


 そう感心しながら脇に控えていた従者に飲み物を用意させ、ケビンの前にグラスが置かれる。


「……常に綱渡りのような試合でした。 ここまでこれたのも、自分の実力によったところは一戦もありません。 仲間と鎧が優秀なおかげです」


「ああ、初めに会った時から、なんとなく荒事が本業じゃないんだろうとは思っていたが……まさか、そんな奴がここまで上がってくるとはな。 まぁ、日も経たずにあんだけの機体を用意できるような奴が、只者であるわけがねぇよな」


「いえ、社会経験も搭乗経験も薄い只者ですよ。 そうでないのは後ろで支えてくれる仲間です」


「はっ! 確かにそっちのメンツはこの街には似つかわしくないくらいのビッグネームだ。 だが、それを後ろにつけられるってのも十分やべぇ。 そういえば、カクラムの会長なんて、二回戦が始まる前に金庫の買取を打診してきたな。 まぁ、それじゃあ面白くないから丁重に断ったが。 それだけのことをしてでも、お前たちはあれが欲しいのか?」


 リュネットがそのように動いていたことを初めて聞いたケビンとベルカは互いに顔を見合わせた。

 二人も当初、試合の勝者と通じて後から買い取ろうとしていたのだが、リュネットの場合は金庫を目当てにしている人間をしっかり定めてから交渉に移ったようだ。


「はい。 どうしても、僕達にはあれが必要です」


「初めはお前を焚きつけるために俺も金庫を狙ってるなんて言ったが、今となっては、俺までアレの中身に興味が出てきたぜ。 いったい何が入ってるんだ? 見当くらいはついているんだろ?」


「いえ……。 ですが、僕たち以外には何の価値もないものが入っているのは確かです」


「なら、もし俺が勝ったら改めてあの金庫を高く売りつけるとしよう。 そして、もしお前が俺に勝ったら、あの金庫が置いてあった宿屋で何があったのか、俺が知る限りを教えてやろう」


 その申し出は、ケビンにとって青天の霹靂にも等しいものだった。


「え、何か知っているんですか!?」


「おいおい、俺はこのガベージダンプのキング。 それはつまり、このウェスタのキングでもあるってことだ。 前も言ったが、そんな俺の耳には酒場でのぼる話から路地裏でつぶやく陰口までなんでも入ってくる。 当然、あの宿で起こったこともな。 だが、そんな俺にも掴めないことが最近になってゴロゴロとこのウェスタに入ってきた。 しかも、全容は見せず、尻尾だけちらつかせるような話ばかりがな」


 ガルドは手にしていたグラスを飲み干し、追加のボトルを開ける。


「あの白鴉、ヴァイスレーベンの機士が今回の試合に出場したを打診したタイミングだがな……あの金庫を景品目録として出した直後だった。 まぁ、正直そちらは深く考えてもいなかった。 だが、お前も見たろ……あれだけの実力者が、わざわざ何が入っているかも分からない物の為に出張ってきた。 そして、それを欲しているバーンウッド領からの人間。 しかも、その機士は本業でないにもかかわらず、最近ギルバート・グレイドハイドの乗っていた機体と同じようなエンジン音を響かせたリーゼ・ギアに乗っている。 まだまだ俺が知らない情報が、アレの周りにはありそうだ」

 

 ケビンは顔には出さないが内心冷や汗をかいていた。

 やはり、分かる人間には分かってしまう。

 というよりも、ガスタービンエンジンの特徴的な高回転域の音は印象に残りやすい。

 もしかしたら、会場の中でも感づいた人間がいるかもしれない。

 しかし、かと言って変に言いつくろうようなことをすれば逆に怪しまれる可能性もある。

 ここは、あくまで向こうの受け取り方にまかせるしかない。


「まぁ、ここにいるような奴らであの試合を直接見たのはそうそういないだろうから、あのエンジン音を気にかける人間はほとんどいないだろうがな。 それに、ここは匿名性を大事にしてる。 変に言いふらすようなこともしねぇから、そう警戒しなさんな」


「は、はぁ……」


 ケビンが気が気じゃないことを察したのか、ガルドが笑ってその警戒を解く。

 その時、扉がノックされ、従者の一人がガルドに耳打ちをする。


「キング、そろそろ」


「ん、もうそんな時間か。 おっし、客を待たせても仕方ねぇからな。 そろそろ行くとしようぜ、時計屋」


「はい、分かりました。 あの、最後に蒐集の蔵を見せてもらってもいいでしょうか? 一応、手に入らなかった時の為に、他の景品を再確認しておきたいんです」


「別に構わねぇが、じっくり品定めしてる時間はねぇぞ」


「大丈夫です。 それは僕じゃなく、彼女にやってもらいますから」


 そう言ってケビンはベルカに視線を送り、ベルカもそれに首肯で応える。


「……まぁいいだろう。 好きにしな」


 ガルドは一気にグラスの中を飲み干して立ち上がる。


「ガベージダンプの元締めとしちゃ、ここでお前に華を持たせるわけにはいかねぇ。 カクラムの旦那には買取の支度をさせておけ」


 そう言って、ガルドはケビン達よりも先に部屋を出ていく。


「僕たちも行こう、ベルカ」


「ああ」


 ケビンとベルカは連れだって部屋を後にし、短い遠征を経た最後の戦いへと赴くため、自分たちのパドックへと戻っていった。

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