第66話 対策
二回戦第二試合のすぐ後、コロシアムのバックヤードでクロックワークの整備が急ピッチで行われている中、ケビンとリュネット、ベルカの三人は機体正面でその様子を眺めていた。
「ケビン、トニトーラとの戦闘で一番警戒すべきは、やはりあの高電圧ユニットである左腕部でしょう。 そこで、このクロークですが……」
リュネットがクロックワークのクロークに目を向け、ベルカが腕を組みながら訝しむ。
「ああ、結局あの布は何の為に纏わせたんだ? まさか、単なる装飾ってわけでもないだろう」
「もちろんです。 実はこのクロークは、ウチの商会で荷運びに使う際に使用している、耐火性、絶縁性の高い素材でできたものなんです」
「ああ、なるほど。 会長が用意してくれたシート……クロークは、トニトーラの電撃を防ぐ為の物だったんですね」
ケビンは改めてクロックワークが纏うクロークを見上げる。
トニトーラ対策をしていた機体は他にもいたが、リュネットも先を見越しての対策として、ケビンからの知らせを受けた時点で用意していたのだ。
「はい。 しかし……」
「どうしました?」
「あのアームユニットが、まさか撃ちだせる機構を持っているというのは把握できていませんでした。 トニトーラとの試合中、左側面にクロークを翳しながら闘えば、あとは単純な打突戦に持ち込めると思っていたのですが……想定が甘かったようです。 まさか、腕が飛び出すとは……」
リュネットの言う通り、電撃さえ防げば何とかなるというのは安直な考えだということを、先の試合でケビン達は直に目にした。
「いや、でも会長……あれは予想外すぎますよ。 三脚は想定していたでしょうけど、あの飛び出す腕の射出速度はまるで大砲です。 だからこそあの三脚も対処しきれず捕まったわけですし」
確かに、電撃の対策を取っていたのなら、あの飛び出す腕のことだって知っていた。 しかし、あの機動力をもってしてもかわすことが出来なかった。
「ケビンの言う通りだ。 機士は試合中、あらゆることに目を向けなくてはいけない。 だがガベージダンプの試合はそれ以上に注意を払うことが多いんだ。 極限の緊張下で、本人の想定以上の速度で迫るアーム。 来ると分かっていても、かわすというのは言うほど容易くはない。 リュネットが例え知っていたとしても、同行できるという類のものじゃないだろう」
「面目次第もありませんが、そう言っていただけますとありがたい」
そうフォローしたベルカに苦笑しながら会釈するリュネット。
「しかし、あのアームがクロークの間隙を抜けて来た場合の対処はどのみち必要だ。 というか、側雷撃と直では電撃の威力も異なるだろう。 当然、強烈な方にだ。 リュネットに策はあるのか?」
ベルカの言葉を受けて考え込むように目を瞑るリュネットだったが、それも数秒程度。
「……実は、あるにはあります」
「え、あるんですか?」
頷くリュネット。 正直、打つ手がないかもしれないと思っていたケビンにとって、その言葉は驚くのに十分だった。
「それに際して、一つベルキスカ嬢にお願いしたいことがあります」
「何だ?」
「あなたには、その策の要になっていただきます」
「私が、か……?」
「はい。 このウェスタ、ガベージダンプらしいやりかたで、ガルドのトニトーラを迎え撃つ為にはただの策ではなく、奇策を用いるしかありません。 それには、貴女の力が必要となります」
それが一体何なのかはベルカ自身皆目見当もつかなかった。
しかし、自分の協力がケビンを勝利に導くための力となるのであれば、断る理由など微塵もなかった。
「ガベージダンプらしいやり方か……いいじゃないか。 管制席で椅子を温めているよりはよほどやりがいがありそうな仕事だ」
「お願いします。 それと、ケビンは
「はい、何でしょうか?」
刻一刻と試合開始へのカウントダウンが進む中、三人の作戦会議はそれほど時間も絶たず終了した。
プラン自体は簡潔なものであり、各々の役割も複雑なものでは無かった為だ。
最初、その作戦を聞いたケビンと、特にベルカは目を見開いて驚いていた。
しかし、現状でガルドを打倒する手段が少なく、また実行不可能ではなさそうという点に納得し、ベルカは二つ返事で了承した。
「確かに、これは私の責任が重大だな」
「はい。 ケビンに頑張ってもらうことはもちろんですが、最後はベルキスカ嬢の働きにかかっています。 かなり無茶を言っていることは承知していますが……」
「いや、この程度ならケビンほど大変じゃないな。 任せてもらおう」
「ベルカ……」
臆することなく自信をもった返事をするベルカに、ケビンは内心で驚きと戸惑いを覚えていた。
本人はその作戦プランを大したことがないように受け止めていたが、ケビンにとってそれはとても常人ではなしえないような難易度だった。
しかし、当の本人が少しも臆することなく、動揺すら見せない。
それは頼もしくもあったが、同時にいついかなる時もブレない彼女にとって、いったい何ならその心根を動揺させるのか、ケビンは一抹の畏怖を感じていた。
そして、短時間の話し合いが終わったタイミングでクロックワークの整備が完了し、ケビンがコックピットへと向かおうとしたとき――。
「すいません! ちょっと待ってください!」
三人のもとへと駆け寄ってきたスタッフが、それぞれの動きを止めた。
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