第65話 一度きりの切り札
ヴァイスレーベンは砕けた突撃槍を交換し、打突に失敗したクロックワークはそのまま再度自陣へと戻った。
観客たちの目はヴァイスレーベンという宙を舞うリーゼ・ギアに釘付けとなっていた。
今までの歴史、常識を覆すその機動力――。
クロックワークがなすすべもなく一本目を取られた光景を見て、誰もが既にこの試合の勝者を悟っていた。
《再びスタート位置へと着いた両機! いったい次はどんなアクロバットを見せてくれるのか、注目のヴァイスレーベン! 片やこのまま、手も足も出せずにやられるしかないのか、クロックワーク! 注目の二本目だ!》
マーシャルが旗を掲げ、振り下ろす。
一本目と全く同じ立ち上がりを見せる両機。
違う点があるとすれば、ヴァイスレーベンが高めに高度を取らない点だ。
『さぁ互いに速度を上げていく! っと、ここでヴァイスレーベンが脚をついて――再加速だぁぁ!』
滞空状態からの更なる踏み込みによって更に速度を上げるヴァイスレーベン。
『滞空中の姿勢制御だけでも超絶難度のはず!、さらにそこからの踏み込みなど、普通ならバランスを崩して派手に転倒してもおかしくないねぇ! この匿名機士は難なくそれをやってのけやがったぁ!』
一瞬にして間合いを詰められたクロックワークは射突準備もままならないままヴァイスレーベンの槍を胴体に受け、何もできないまま二本目が終了する。
『これは圧倒的すぎる! クロックワークは何も出来ないままヴァイスレーベンにポイントを許してしまう! これで次の3本目に相手を行動不能にしない限り、勝利の目は無くなってしまった!』
実況の声を受けながらケビンが自陣へとクロックワークを歩かせていた時、鉄柵の向こうですれ違おうとしていたヴァイスレーベンから外部スピーカを通して声が聞こえてきた。
「あんたを気遣って、一撃で終わらせようと二回とも気合を入れたんだけどな。 やっぱり、重量級を倒そうとしてもこの軽さじゃ簡単にはいかないか。 頑丈だな、その機体も機士も」
そう気さくに話しかけてきた声をどこかで聞いたような気がしたケビンだったが、直ぐには思い出せなかった。
「なぁウォッチメーカー、小耳にはさんだんだが、あんたは別に勝つ事が目的じゃないんだろ。 どうしてそこまで頑張る? 別にリタイアしてもいいんじゃないか?」
「……どこで聞いたのかは知らないけど、そういうわけにもいかなくなったんだ」
「ほう。 しかし、このままじゃどの道敗色濃厚だが、まだやるのか? 言っちゃなんだが、そんな行儀のいい戦い方じゃ、俺にもこの先のキングにも勝つことは出来ないぞ」
「……確かに。 だけど、最後まで何があるか分からないのが、勝負の常じゃないか?」
「はは、違いない。 それじゃあ見せてくれ、その何かってやつを」
話し込むまでとはいかない会話を交わし、ヴァイスレーベンは右腕部を振ってスタート位置へと戻っていく。
その背後を見送ってから、ケビンもクロックワークを自陣へと歩かせる。
《よく辛抱してくれました、ケビン》
「いえ、そもそも相手の動きが凄すぎて、手を出す暇もありませんでした……。 まるでリーゼ・ギアではない別の何かと闘っているようでしたよ」
《まったくです。 どれだけ引き出しがあるのか、底が知れませんね》
デュエルエンジニアとして経験を積んできたリュネットをしてそこまで言わしめるヴァイスレーベンと、その機体を手足のように操る機士の実力は、もはや誰の目にも明らかだ。
《ですが――仕込みは済みました。 決めに行きましょう》
「はい。 次で、確実に相手を叩き落として見せます」
『一方的な展開が繰り広げられた二回戦第二試合! それも次の三本目で決着がつくが、ヴァイスレーベンは四ポイント! ウォッチメーカーの駆るクロックワークはポイント無し! もはや相手を戦闘不能にする以外に手は無いが、穂先を掠めることすらできない相手にどう立ち向かうのか!?』
歓声が沸き上がる中、ケビンはコックピット内の計器に視線を走らせる。
「ヴェティ、行けそうか?」
――【この一戦だけなら可能です】
ケビンは窓ガラスに表示されたパワーユニットの簡易図を見る。
そこに表示されたコンディション状況は決して良くはないことを現している。
「会長、準備完了です」
《了解しました。 出来れば奥の手は最後まで取って置きたかったのですが、現状取りえる手段がこれしかない。 切れるカードを抱えたまま負けるわけにもいきません》
《だがリュネット、パワーユニットの修繕は完全じゃないと言っていなかったか?》
《その通りですベルキスカ嬢。 ディーゼルエンジンの稼働に支障が無いよう、もう一方も最低限の補修はしてあります。 しかし、あくまで最低限。 後にも先にも使用できるのはこの一度きり。 問題はその機動性による操作難度の高さですが、前回と比べ、今回は直線のみ。 一度じゃじゃ馬を乗りこなしたケビンであれば大丈夫でしょう》
それは、先の戦いで勝敗の決定打となった、クロックワークに搭載されているエンジンの、もう一つの顔。
膨大な燃料消費と引き換えに、圧倒的出力を生み出す、この機体の要ともいえる奥の手。
「期待に応えられるよう、頑張ります」
眼前のヴァイスレーベンが両肩部のローターの回転数を上げていき、加速――もとい、離陸体勢に入る。
――【ガスタービンエンジン 起動】
ガクンと武者震いのようにクロックワークが震えると、ディーゼルエンジンとは違う高回転型エンジンから発生する甲高いタービンの回転音と同時に、ガスタービンエンジンが起動する。
その圧倒的な機動力を思い出し、以前振り回された記憶がよみがえったケビンだったが、頭を振ってそれを追い出し、恐怖を抑えるつけるようにして操縦桿を握りなおす。
「行くぞ、ヴェティ」
――【了解】
マーシャルが旗を掲げ、振り下ろす。
その瞬間、ケビンの体はシートへと強烈に押し付けられた。
徐々に加速していくという過程を吹っ飛ばして一気に最高速度へ到達する機体の動きに、実況や観客たちは言葉を失う。
しかし、正面から向かってくるヴァイスレーベンの機士は別だった。 “情報にあった高出力型のエンジン”だと直ぐに思い至る。
それでも息をのんだのは、その速度が想定をはるかに上回っていたからだ。
重量級が出していい速度じゃない――とあきれる様にして笑いながら操縦桿を握るヴァイスレーベンの機士は、しかし――それでも冷静だった。
何せ、ポイント上で上回っているのだから、無理に危ない橋を渡る必要はないのだ。
機体性能をフルに生かし、回避のみに専念すればどの様な攻撃も回避できる。 それくらいの腕前と自負は持っていた。
――しかし、だからこそ、迎えうちたいと思うのも、機士として鎧をまとっている以上無理からぬこと。
まともに付き合う必要もないのに、柄にもなく気分が高揚し、逃げたくないと思ってしまうのは、場の空気にあてられた結果というのが一番正しい分析だろう。
ただ、へたに付き合ってクロックワークの突撃槍がかすりでもした場合、速度と質量からしてそれが致命傷になるのは確実。
ならば、どうするか――。
『ロケットスタートを決めたクロックワークに対してヴァイスレーベン、ここで加速!』
2本目同様の地を蹴る再加速によって、二機の距離は一瞬にして縮まる。
「エンジンカット!」
コックピット内が警告灯で明滅する中、ガスタービンを緊急停止させ、機体を九十度左に反転させ、土煙を上げながら横向きに機体をスライドさせ、フィールドを自重で削りながら停止する。
その際、クロックワークの速度と重量は地面を大きく削りながら大量の土煙を巻き上げ、自機の姿を完全に覆い隠した。
『クロックワークは見えなくなったが、それでもヴァイスレーベンは速度を緩めない! 突っ込んでいくぞ!』
舞い上がった煙は反対のレーンにまで及んだが、視界は僅かでも見えている。
しかも、加速後にエネルギーを貯める間もなく停止したクロックワークに、もはや攻撃に使う射突力は期待できない。 ならば、脅威度は大きく低下したに等しい。
ヴァイスレーベンは高度を上げ、クロックワークが停止したポイントを目がけ突撃槍を構える。
――そこに、狙いすましたかのような鋭い射突が土煙の中から繰り出された。
それはヴァイスレーヴェンの左肩部を吹き飛ばし、制御を失った機体は、それでも全身の反動を駆使して何とか機体を脚から着地させ、崩れた機体バランスから、横たわるように倒れた。
『なんとクロックワークス! 一回戦同様、視界不良の中的確に相手を捉え、鋭い一撃を叩きこんだ! しかもその威力、疾走距離からは考えられないパワーによってヴァイスレーベンの翼をもぎ取り、見事大地へと叩き落した!』
土煙が晴れたそこに、クロックワークは槍を突き出した姿勢のまま現れ、観客たちはその姿に熱狂の声を上げた。
《よくやってくれましたケビン。 ヴァイスレーベンに再起動の様子はありません。 あなたの勝利です》
「はぁ、はぁ、ありがとうございます、会長……」
コックピット内を警告灯が明滅し、心臓が破けるほど脈打つ中、アドレナリンによって震える手を操縦桿からはなし、背もたれに体を預ける。
《二戦目に開放しなかったエネルギーと、短距離ながらガスタービンによって得られたエネルギー……。 そして、相手の速度を活かしたカウンターなら、威力も稼げると思ったのですが、狙い通りプランが運んでよかった》
「はい。 ヘムロックから寄与された新しい右腕部でなければ、この作戦は難しかったでしょうね……」
電気的に射突エネルギーを貯めこむことが可能となったクロックワークの右腕部は、従来のフライホイール以上にエネルギーを貯めこめる以外に、バッテリーに蓄電することによってエネルギーを開放するタイミングを選ぶことが出来る。
加えて、視界不良をものともしないクロックワークの特殊な目によって、相手を正確に待ち受けることが出来た。
《ええ。 それにしても、あの状況から機体を軟着陸させるとは……》
「はい……天才ってやつでしょうか」
普通ならバランスを崩して胴体着陸――墜落してもおかしくないところを、綺麗に足からランディングした。
とことん、並みの機士では無いことを伺わせる、凄まじい腕前だ。
《王都から派遣され、完熟訓練もままならなかったはず。 それをあれだけ乗りこなす機士……確かに、天才と呼ぶに相応しいでしょう》
リュネットの視線の先では、ヴァイスレーベンのコックピットから這い出てきた機士が素顔をその兜に収めたまま、観客席に手を挙げて無事をアピールしていた。
「彼の声、どこかで……」
試合の合間、兜とスピーカーを経由したことで若干の曇りを感じたその声を、ケビンはどこか引っ掛かりを覚えたまま思い返す。
しかし、即座に答えは浮かばなかった。
《どうかしましたか?》
「……いえ、大丈夫です。 何でもありません」
そう言って、ケビンはクロックワークをバックヤードに歩かせる。
窓ガラスに表示されたガスタービンエンジンの簡易図には、“使用不可”の文字が明滅していた。
ヴェティの言う通り、この一戦限りの稼働が限界だった。
次の試合では――使えない。
『次の最終戦、思いのほか荒れたフィールドを均す為、開始は三十分後にさせてもらうぜ! その間、食いもん飲みもん便所はちゃっちゃと済ませておけよ!』
――ガルドとの決勝戦まで、残り僅か。
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