第62話 二回戦第一試合
試合を終えたケビンはクロックワークをパドックに戻し、二回戦第一試合をゲートの袖から眺めていた。
次戦を直後に控えた今、観客席に設営された管制席に戻る暇がないからだ。
「次は、ガルドと中量三脚……。 そういえば、何か含みのある言い方をしていたな。 あのポールには、何か別の使い道がある……みたいな……」
「軽量四脚ならいざ知らず、重量級にたいしてあの棒切れがどれほど有効なんだ?」
ケビンのつぶやきに、近くにいたベルカが疑問を呈す。 それに、リュネットが整備作業中の商会のクルーに指示を飛ばしながら答える。
「対トニトーラに対してよほどの自信があるように見受けられましたからね。 もしかしたら、あのポールは見た目以上の何かがあるのかもしれません」
ケビン達の目の前を件の中量三脚がフィールドへ向けて進んでいく。
「よく見ておきましょう。 この試合に勝った方と、ケビンは闘うことになるかもしれませんからね」
その向こうのゲートから出てくるガルドのトニトーラ。 その左手から放たれる電撃を対処しない限り、たとえどの様な相手が来ようと勝つことはできないだろう。
加えて、右手に持ったポロ――バトルハンマーの威力と当て感はどれだけ防御力を上げても防ぎきることはできない。
「そう……ですね……」
しかし、とケビンは思う。
ガルドは長きにわたり、このガベージダンプでキングであり続けたということは、彼に挑んだ騎士たちのこと如くを退けたということだ。 その彼らが、今まで策を講じてこなかったとは思えない。
「まぁ、そんな懸念も次に僕が勝ってからの話か」
そうひとり呟くと同時に、二回戦第一試合が始まる。
『さぁ実況が解禁された今、二回戦以降は実況をつけていくぜ! 西ゲートからは我らがキング、ガルド・レドの重量級ギア、トニトーラ! 東ゲートからの中量ギアは匿名ながらも卓越した腕前で軽量四脚を下した凄腕だ!』
両機が共にスタート位置へ着き、前傾姿勢を取って加速体勢に入る。
『決め手となるのは主兵装か、副兵装か! このガベージダンプならではの戦いを見せてくれ!』
マーシャルが旗を振り下ろす。
地面を踏み出し、一気に加速したのは中量三脚。 その速度が増していく中、腕の射出機を前方に構える。
『中量三脚がポールを構えたが、まだトニトーラと距離がある! 初戦で闘った軽量四脚と違って、生半可な攻撃じゃ妨害にすらならないぞ!』
実況の懸念をよそに、ポールは三本続けて射出された。 しかしそれは、自分の直線上に、三本全て等間隔にだ。
『これはどういうことだ!? まさか自分のエリアに誤射ったのか!?』
「ポールを自陣に?」
「あのポール、まさか……」
その光景を見ていたケビンとリュネットが目を見張った瞬間、トニトーラの左手から電撃が両機を隔てる鉄柵に流れた。
『トニトーラからの電撃だ! 初戦同様、いきなり勝負はついてしまうのか!?』
紫電が鉄柵を通じて中量三脚に向かう。
初戦と全く同じ展開、同じ結末を誰もが予感した。
『――これは!?』
実況が息をのむ。
「放電が逸れた!?」
トニトーラの電撃が打ち込まれたポールに誘導され、三脚へと届く前に拡散されたのだ。
その光景に視線を鋭くするリュネット。
「やはり、その為のポールだったのか……」
『何と、数多の対戦者を無力化してきたトニトーラの電撃が射出されたポールによって防がれた! こうなると両者、純粋な主兵装によるガチンコだ!』
「これが、彼の言っていた秘密兵器……」とケビン。
「ポールを避雷器として、誘導雷のようにそらしたわけですね」
リュネットの言う様に、鉄柵以上に雷の伝導率が高い場合、放電路は容易く誘導される。
それが、このポールの真の目的だったのだ。
「ここからはサブウェポンを除いた、純粋な打撃戦か」
「……いや、それはどうかな」
ケビンの呟きにベルカが答える。
「ここはガベージダンプだ。 まだ、何かある」
互いに速度を上げていく両機、トニトーラはバトルハンマーを構え、中量三脚はランスを構える。
その時、観客席から酒のボトルが飛んできた。 ただし、飲み口に火のついた布を詰めた、火炎瓶が。
大量に――シャワーのように。
『きたぁ! トニトーラではなく、キング自身のサブ兵装! ガベージダンプからのカクテルシャワーだ!』
「想像の百倍きた!?」
ケビンの驚きと共にその火炎瓶が一斉に中量三脚へと降り注ぐ。
それ自体はギアに大したダメージを与えることはない。 しかし、頭部のペリスコープへの着弾による視界不良、そしてペリスコープが使えなくなった時用に胸部に空いている覗き穴付近が炎に包まれてしまった時、コックピット内の温度上昇、延焼による酸素濃度の低下など、機士に直接影響を及ぼす問題が発生する可能性がある。
しかし――。
『なんと、この降りしきるカクテルシャワーを巧みな操縦で躱し、払っていく!』
中量三脚は絶妙な速度の加減速、三脚特有の安定性を活かした左右への繊細な挙動によって針を通すような安全進路を速度も落とさず突き進む。
そして、両機はそのまま急接近し、交差する瞬間、バトルハンマーと突撃槍は繰り出された。
『これは!? 互いの武器が干渉して砕けた! あれだけ不利な状況の中で射突体制を乱さない中量三脚も見事だが、あの突撃槍の射突速度に劣らないスイング速度を出せるトニトーラも、電撃だけじゃないところを示したぁ!』
両機ともに勢いを殺しながら停止したところへ、観客たちからの声援が降り注ぐ。
「互いにノーポイントですが、三脚はここでポイントを取っておきたかったでしょうね」
リュネットはその実況を聞いて改めて突撃槍とポールを補充する中量三脚を見る。
「どうしてですか会長? 今の戦い、かなりいい感じだったと思いましたけど」
「確かに、三脚の機士の腕は確かです。 正規の試合であれば、数々の賞を総なめにしているでしょう。 しかし、あのポールのからくりが知れた以上、意表を突くことはかないません。 純粋な打撃戦で闘うしかない」
「でも、それはガルドも同じでは……?」
「いえ、恐らくトニトーラにはまだ何かあります」
「え?」
「少し前にも言いましたが、トニトーラの副兵装があの電撃ユニットだということは周知の事実。 そして、対戦相手は誰もが対策を講じているはずなのに、勝つことが出来ていない。 それは、トニトーラにはその対策を打ち破るだけの何かがあると思っていいでしょう。 その証拠に、これまでの戦績を調べたところ、ガルドは必ず2本目までに勝利しているのです」
「対トニトーラ対策を打ち破る、何か……」
「それは、これからはっきりするはずです」
『おおっし! お互い再配置について、やる気に満ち溢れていやがるぜ! はたして次も打撃戦にもつれ込むのか!?』
「私たちがまだ見ていない、隠し玉が」
2本目、トニトーラと中量三脚の両機は同時にスタートを切った。 やはりトニトーラの初速は重量級のお約束と言わんばかりに遅く、三脚がグングンと速度を上げていく。
1本目をなぞるようにしてポールを射出し、トニトーラの電撃に備えるが、今度は即座に電撃が飛んでこなかった。 しかし、その腕は中央の鉄柵ではなく、三脚へと向けられていた。
『互いの距離はぐんぐん縮まっていく! だがカクテルが降ってこねぇ! まぁ、確かにこれからのショーを前にしたら、それどころじゃねぇからな!』
「やっぱり、何かある!?」
ケビンが中量三脚のあとでトニトーラに視線を移したその時、紫電に包まれた左腕が――吹き飛んだ。
「な、故障!?」
「違う! 飛ばしたんです!」
ケビン驚愕に、リュネットが反応する。
トニトーラの左腕はその肘から先が大砲のように吹っ飛び、ワイヤーでつながったマニピュレーターが回避行動に移ろうとしていた中量三脚の左肩部を掴んだ。
その瞬間――紫電が中量三脚を包み込む。
そして、電撃によって機体だけでなく、機士までも無力化された中量三脚に、トニトーラの一撃を防ぐ手立てはない。
全く身動きが出来ない機体に、遠慮などみじんもない、全力全開のフルスイングは叩き込まれた。
「……っ」
ケビンはその光景に目をそらしそうになるが、しなかった。
非難される謂れなど無い。 ここにはフェアプレイなどというものは存在しないのだから。
誰もが、それを承知の上で参加し、闘っている。
そんな戦いから目をそらすことは、今目の前で闘った両者への驕りでしかない。
『決まったぁ!! キングお得意の必殺コンボ!! いまだに破られないこの連携の前に、また一機撃墜!! いったい誰がこの男を倒せるのか!?』
実況の声に先の砕けたバトルハンマーを掲げて歓声にこたえるトニトーラ。
その姿に熱狂している観客たちの目には、トニトーラが英雄に見えているに違いない。
もとい、“その鎧”をまとうキングは、間違いなく英雄なのだ。
勝ち続けるという象徴性、絶対的な強さ。
結果を残すガルドという男は、本物だ。
その男の下に辿り着くために、今は目の前の戦いを勝たなくてはならない。
ケビンは改めて決心し、踵を返してクロックワークのコックピットへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます