第61話 赤外線

 クロックワークが大地を蹴りだした瞬間、ケビンは先ほどヴェティから聞かされたことを思い出していた。


――【ケビン、次に視界不良となった際に、敵当該機を視認できるようにしますか?】


「え、そんなこと出来るの?」


――【戦闘状況からシステムの最適化が行われました。 敵熱源から、モニターにトレース状況を投影します。 視界不良が発生しても、ケビンには相手の動きが光学観測と同じように視認できます】


「本当に……?」


《スモーク来ます!!》


「……っ」


 半信半疑の回想中、リュネットの声で現実に引き戻され、その直後にゴーデンダッグから煙幕弾が投射され、再び視界が真っ白に覆いつくされる。


――【ディスプレイにサーモグラフィーを適応します】


 窓ガラスの色彩が反転し、相手の機体と、加えてコロシアムの観客たちまで視認できるようになった。


「な、何だ、相手の機体が変な色をしてないか?」


――【機体から発せられる赤外線を感知し、ディスプレイに表示しています。 これでスモークが発生しても、敵当該機の補足に支障ありません】


 ヴェティの報告通り、見える景色の色合いに違和感は覚えるが、相手位置は完全に把握できるようになった。

 で、あるなら――臆することは一つもない。


「分かった――決めに行くぞ!」


 先ほどよりも少し強くペダルを踏みこむ。 久々の操縦も直前の一戦でだいぶ感覚を取り戻したケビンは、緊張しながらも冷静に操縦桿を操り、正面から向かってくるゴーデンダッグに向けて疾走する。


《フレイル!》


 リュネットの声と視覚情報でケビンは相手のモーションを注視する。

 頭上でフレイルを回転させ、勢いをつけるゴーデンダッグ。

 そして最大級に威力を高めたそれをクロックワークに向けて振り下ろす。


「頭上か!」


 右でも左でも無く、真正面からですらない真上からの攻撃。 鎖につながったスパイクボールが頭上から迫る。

 リーゼ・ギアは戦闘の特性上、前面や側面のからの衝撃に強いが、機体上部や背面はその限りではない。

 それは重量級も例外ではない。 軽量、中量級よりはマシだが、現在のクロックワークは余計なところに防御力を割いていない。

 そういった場所に攻撃を受けた場合、装甲に守られていない搭乗者はどうなるか――衝撃によって意識が混濁するか、気を失う場合もあるだろう。

 そして、経験の浅い機士どころか、大抵の機士は頭上からくる攻撃の対処法に心得などない。

 

《槍を仰いで!》


 ケビンは構えていた突撃槍で間髪入れずに頭上を薙ぎ払った。

 直撃寸前だったフレイルの鎖に突撃槍の穂先が引っ掛かり、そのまま巻きつく。


《射突姿勢、目標十一時!》


 クロックワークが右腕を引き込むと、それにつられてフレイルが引っ張られ、僅かにゴーデンダッグの体勢が乱れた。

 その姿を、ケビンは明確に見ることが出来ていた。


《今!》


 ケビンはディサイドレバーを全力で突き出す。

 クロックワークが手にした突撃槍の先端は、コックピット内の窓ガラスに真っ赤に映ったゴーデンダックの胸部に叩きこまれた。


『おおっと、煙の中から突き出された突撃槍がゴーデンダックに直撃! からの転倒! それをやったのはもちろん、煙の中から飛び出した漆黒の重量二脚! 一回戦、第四試合勝者! クロックワークを身に纏うニューカマー! ウォッチメーカー!!』


 場内の歓声を聞きながら、コックピットの中で息を上げ、大きなため息をついた。 

「助かったよ、ヴェティ」


 感謝の言葉を深い深呼吸とともに口にするケビン。

 当初、フレイルよりも厄介な要素として警戒していた煙幕の効果を完全に無視して闘うことが出来た。

 相手の機士も、まさか動きを把握されているとは思いもしなかっただろう。

 戦闘支援という意味で言えば、ヴェティの貢献度は非常に高かった。


――【どういたしまして】


 そして、それは通信機の向こう側にいる者たちも同様だ。


「会長、アドバイスありがとうございました」


《いえ、デュエルエンジニアとして当然の仕事です》


「ベルカも、事前に沢山立ち回ってくれて、助かったよ」


《家族として当然の行動だ》


 ケビンは苦笑いを浮かべ、再度大きく息を吐いた。

 初戦を多くの助力をもって勝つことが出来た。

 

「……」


 改めて痛感する。

 いくら性能の高い機体に乗ろうと、大舞台で勝利をつかもうと――自分は一人の力で勝つことはできないのだと。

 そこに悔しさは無い。 むしろ、それが当然なのだと納得している。

 そして……そこに甘んじてもいられないということも――。

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